第4話 無課金の理由
ここ二、三日、創聖の勇者は妙な盛り上がり方をしている。
特別なイベントが開催されたわけでもなく、ガチャで何かサプライズがあったわけでもないのに……、だ。
その原因は、まったりだ。
あいつと俺のチャットを見て、創聖の勇者の腕自慢達が、
「じゃあ、ためしに倒してやるよ」
とばかりに、まったりのデッキと練習のデュエルを重ねているのだ。
しかし、結果は俺と同じで、ほとんどが引き分け。
重課金者であるスサノオさんだけが唯一倒せたらしいが、それでも三回に一回しか勝てないと言っていた。
当の本人はと言うと、
「自分、これからあっという間に強くなるっすから、そしたら皆、カモっすwww」
と傲慢なコメントを残している。
だが、なぜか誰からも文句を言われない。
……と言うか、その物言いを、文句どころか面白がっているような雰囲気さえある。
まあ、メンバーの多くは、
「俺に勝つまでになるのは、まだまだ時間がかかる」
とか、
「まったりが強くなったら、もう少し課金すればいいか」
などと思っているのだろう。
本気にしていないからこそ、ネタとして楽しんでいるように感じる。
ただ、唯一勝ったスサノオさんだけは違った。
「うーん、このまったりさんって、相当なテクニシャンだね。もう少し強くなったら勝てる気がしないよ」
なんだそうだ。
どこをどうするとそういう評価になるのか分からないが、スサノオさんは月に一度くらいはランカーになる人だ。
それほどの実力者が認めるなんて……。
どうも俺としては納得がいきかねる。
ちなみに、スサノオさんは、これまで三国志CVに70万円ほど遣っているそうだ。
なんでも、会社を経営しているそうで、遊ぶ金には不自由していないらしい。
俺もそれくらい課金すればランカーくらいには普通になれると思うが、実際にはそれは夢のまた夢だ。
「ちわっすwww。って、こんな時間に誰もいないっすよねwww」
「……、……」
「自分、さっきUR確定ガチャを回したんっすけど、関羽引いたっすよwww。全然期待してなかったんでビックリっすwww」
「……、……」
と言うか、もう午前2時過ぎだぞ。
誰もいないって当たり前だろうが。
UR確定ガチャ?
ああ、イベントの褒賞でもらったやつか。
1000位以内に入ると一枚もらえるからな。
まあ、滅多にいいカードは引けないんだけどな。
「こんばんは、まったりさん。UR関羽、おめでとうです」
「ありゃ、ジョーさん遅いっすねwww。ありっすwww」
「これでかなり強くなったんじゃないですか? ランキングが上がるのが楽しみですね」
「www、そうでもないっす。今のところ、自分のデッキにUR関羽入れても強くはならないんで、デュエルではしばらく塩漬けっすねwww」
「えっ? UR関羽って、ステの面では最強カードですよ。どうして強くならないんですか?」
またこいつは妙なことを言い出した。
だけど、俺もそろそろ馴れてきたようで、あまり驚きはない。
それに、突拍子もないことを言っているようで、意外にもこいつの言うことにはちゃんと根拠があったりする。
実は、今日、俺がこんなに遅くまでインしていたのも、ちょっとまったりに聞いてみたいことがあったからだ。
「関羽のスキルって、隣接武将の攻撃力をカウンターで上げるやつっすよね?」
「ええ……」
「自分がもし関羽をデッキに入れるとすると、前衛の真ん中にしか置けないんっすよ」
「えっ? どういうことですか?」
「他の武将は攻撃力が弱いんで、関羽のスキルで攻撃力を上げて意味のあるのが、軍団長の司馬懿しかいないからっす」
「でも、自身の攻撃力が上がるSR楽進を持ってるじゃないですか。UR関羽の隣におけば、SR楽進のスキルとあいまって劇的に攻撃力が上がりますよ」
「www、それがダメなんっすwww。楽進と関羽を両方入れると、軍団長を回復する武将か、相手の攻撃力を下げる武将を一体下げないといけないっす。そうすると、防御のどこかに隙ができるから、引き分けにならないんっすよ」
「つまり、UR関羽を入れるとSR楽進を下げないといけないってことですか?」
「そっす。関羽がいっぱい重ねてあれば話は別っすけど、一枚だけじゃどうにもならないんっすよwww。司馬懿の攻撃力も大したことないんで、ランキング上位者には通用しないっすしねwww」
「なるほど……」
そうか、UR司馬懿の攻撃力はUR諸葛亮とほぼ同じくらい。
防御力はかなり高いが、多少攻撃力を上げても突撃のときに決定的なダメージは与えられないってことか。
「ジョーさん。無課金のデッキは、幾つも戦略を練り込めないんっす」
「はあ……」
「持ってるモノが根本的にしょぼいんで、方針は一つに限られるんっすよ」
「それは何となく分かる気がします。デッキコンセプトを徹底する必要があるってことですね?」
「そっすwww」
「つまり、いくらいいカードでも、コンセプトに合わない武将は意味がないのですか」
「そう言うことっすねwww。まあ、無課金は最初からハンデがあるんで、わがままはきかないってことっすwww」
「じゃあ、せっかくUR関羽を引いても、あまり嬉しくないですね」
「www、そうでもないっすけどね。条件が揃えば使えるっすから。近い内に二周年イベントがあるっしょwww」
「ああ、そこに期待しているんですか」
なるほどね、二周年イベントか。
去年やった一周年イベントは、好きなカードを一枚もらえる超お得なイベントだった。
今年も同じイベントとは限らないが、たしかにいつもよりいいカードがもらえる可能性は高い。
だけど、さっき自分で言ってたじゃないか。
一枚くらい、いいカードが手に入ったって塩漬けにするしかない、って。
それともなにか?
一枚で新しいコンセプトを満たすほどのカードがあるとでも?
いや、そんなカードはありはしない。
そんな便利なカードがあれば、俺だってもう使っているはずだし。
「それはそうと、ちょっとまったりさんに聞きたいことがあったんですけど、いいですか?」
「聞きたいことっすか? www、いいっすよ、何でも聞いてくれっすwww」
俺は話を変えた。
このまま、まったりのペースのまま話し続けると、いつ本題に入れるか分からないから。
「その……。昨日、スサノオさんが言っていたんですが、まったりさんってかなりゲームは上手い方ですよね?」
「そっすねwww。同じ戦力を持っていたら、大抵の奴には負けないっすwww」
「そう、だから聞いてみたかったんです」
「なにをっすか?」
「なんでそんなにテクニックがあるのに、無課金でやってるんですか? ちょっと課金すればあっという間に俺くらいにはなりそうなのに」
「ああ、そのことっすかwww」
ちぇっ、別にこんなに持ち上げてやらなくてもいいんだけどさ。
まあ、でも、まったりが上手そうなのはたしかだから、ちょっと聞いてみたくなったんだよ。
だってそうだろう?
バトルがメインのゲームなんだからさ。
やってりゃ当然強くなりたいもんだ。
……で、強くなるには課金は欠かせない。
そんなの当然だろう?
なのにあいつは無課金だと公言してる。
つまり、強くなるのを放棄してるんだ。
それって矛盾してないか?
もちろん、弱いままでいいって奴もいるだろう。
だけど、まったりはもっと強くなるって言いやがる。
それができりゃあ誰だって苦労はしないし、俺だってもっと強くなってるよ。
だが、現実にはできっこない。
だから聞いてみたくなったんだ。
なんの根拠があって言ってるのか、って。
二周年イベントをあてにしているのは分かったけど、そんなの皆が恩恵をうけるんだから、まったりだけが飛び抜けて強くなる根拠にはならない。
さあ、答えろよ。
とりあえず、なぜ無課金でやっているのかを……、な。
「すぐに強くなったら、つまらないっしょwww」
「えっ?」
な、なんだと?!
こいつ、なにを言ってるんだ?
「だってそうっしょ。課金って強くなるためにするんっしょ?」
「ま、まあ、そうですが……」
「自分、できるだけ長く遊びたいんっすよ。だから課金しないんっすwww」
「はあ……。じゃあ、強くなりたいと思わないんですか? たとえば、ランカーになりたいとか」
「ランカーっすか? どうっすかね、なりたくなくはないっすけど、自分がこのゲームをやってる目的は他にあるっすから」
「他に……?」
ああ、そういうことか。
よくいるんだ、
「俺は無課金で最強だっ!」
とか言い出す奴。
課金者には敵わなくても、無課金で一番強いから自分はゲームが上手いとかって言う奴が。
そういう奴は大抵、
「課金すれば最強だって狙える」
とか、たらればで語ったりする。
だけど、そんなの俺は認めねーよ。
最強を狙えるなら、課金してなってみりゃあいいだけだろ。
だが、絶対そんなハンパ者は最強になんかなれっこない。
自信がないから、無課金で最強とか、自分ルールを設定しやがるんだ。
ふんっ、買いかぶりだったか。
まあ、その程度の奴は腐るほどいるからな。
やっぱりこいつは勘違い野郎だ。
ちぇっ、遅くまで起きてて損したよ。
「自分、神と勝負しようと思ってるんっすwww」
「……、……」
「最強はつまらないっすから、なったらゲーム辞めるっすしねwww」
「つ、つまらない?」
「そっすwww。最強が嬉しいの、ちょっとだけっす。三日もすれば飽きるっすよwww」
「……、……」
こ、こいつ、モノホンの基地か?
頭のねじが百本くらい飛んじまってる。
最強がつまらないだと?
……ってことは、最強になったことがあるってことか?
それだけ自分は上手いし課金もしてきたとでも言いたいのか?
妄想を語るのも大概にしろよっ!
それに、神ってなんだよ。
あ、重課金を通り越して、廃課金になった奴のことか?
つまり、廃課金の奴と無課金で勝負するって言いたいのか?
けっ、アホか。
そんなの勝負になるわけがねーだろっ!
「自分のこと、頭おかしいと思ってるっしょwww」
「い、いえ……」
「www。いいんっすよ、自分でも自覚あるっすからwww」
「……、……」
「でも、実証して見せてあげるっすよ。自分、2周年イベントが終わったら、デュエルランキングで1位になってみせるっすwww」
「い、1位ですか?」
「そっすwww」
「では、それでゲームを辞めるってことですか?」
「それは微妙に違うっすけど、まあ、だいたいそんなとこっすかねwww」
「違う?」
「そっすwww。自分がゲーム辞めるか、このゲームが終わるかは、今のところ自分にも分からないっすからねwww」
「ゲームが終わる?」
も、もう、なに言ってるか全然分からねーよ。
こっちまで頭がおかしくなりそうだ。
ランキング1位だと?
そんなに簡単になれるって言うのか?
おまえ、冗談でもそんなこと言ったら笑われるぞ。
……って言うか、なんでゲームが終わるんだよ。
仮に、おまえが……。
いや、万が一、億が一にもランキング1位になったとしたって、そんなことでゲームが終わるわけがない。
だいたい、ずっと最強のままいられるわけがないしな。
一瞬、奇跡が起ったからと言って、そんなのたちまち廃課金どもに対応されて終わりに決まってる。
「もう、自分の頭の中では、理想のデッキができる目処がついてるんっす。だから、必ず1位になってみせるっすよwww」
「そんなことを言って大丈夫ですか? 俺も結構色々なランカーと付き合いがありますけど、まったりさんみたいな無茶なことを言った人は初めてです」
「だと思うっすよwww。だけど、誰も使わないだけで、超強い使える武将がすでに出てるっすよ、このゲームには」
「……、……」
「なんっすけど、その武将が本当の力を発揮するには、相棒が必要なんっす」
「相棒……、ですか?」
「そっす。その相棒が、自分の観測だと二周年イベントに必ず出てくるっす」
「……、……」
「そのタイミングしか出しようがないっすからねwww」
「はあ……?」
こいつは逝っちまってる。
ここまでの基地だとは思わなかった。
まあ、でもいいか。
自分で無茶なチャレンジをしただけなんだから。
大言壮語して、恥ずかしい思いをすれば、ギルドもゲームも辞めるだろう。
それは俺の責任じゃない。
勝手に吹いて、勝手に辞めるだけなんだからさ。
いくらギルマスの俺でも、こんな奴どうにもならない。
「でも、まったりさん。長くやりたいんでしょう?」
「そっす」
「では、目的を達成しても続ければいいじゃないですか」
「www、それはしないっすwww」
「どうしてですか? そんなに強くなったのならきっとつまらなくはならないと思いますよ。勝つって気持ちがいいものですしね」
「www。勝って当たり前の勝負を続けるのって、超つまんないっすよwww」
「そういうものですか?」
「そっすwww。それはもうゲームじゃないっすwww。単なる作業っすからwww」
「作業?」
「ジョーさんは、つまらない作業をずっとやってたいと思うっすか? www」
「それは、もちろんやりたいとは思いませんが……」
「じゃあ、寝てた方がマシっしょwww。ゲーム辞めて」
「……、……」
ふんっ。
勝手に言ってろ。
だけど、世の中そんなに甘くはない。
俺は三流私大のあまり出来の良くない学生だけど、その程度のことは分かる。
「あ、それと、一つ予言しておくっすよ。自分がランキング1位になったら、多分、UR諸葛亮使いは激減するっすwww」
「どういうことですか?」
「www、それは秘密っすwww。だけど、そうなったら今、自分が言ったことを思いだしてくれっすwww」
「……、……」
ああ、もう四時か。
こんなに遅くまでまったりの妄言に付き合うなんて、俺もお人好しだな。
まあ、俺が聞いたのが悪かったんだから、仕方がないか。
神と勝負?
デュエルランキング1位?
UR諸葛亮使いの激減?
俺は人がいいからな。
もし、一つだけでも実現したら、褒めてやるよ。
いや、ランキング1位じゃなく、ランカーでも認めてやる。
だが、どれも絶対あり得ないけどな。
ランキング100位の名誉に懸けて、否定しておくよ。
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