第3話 弱者のデッキ

「あのさあ、ユイさん……」

「んっ? 何」

俺は話しかけておいて、唐突に言葉を詰まらせた。


 それまで、昨日、ランカーに勝ったことや、デュエルでの戦い方などで盛り上がっていたのに。


 今日のユイさんは、いつもより長く俺と喋っている。

 明日が土曜日だからか、それとも話題がユイさんのツボに入ったからか。

 いずれにしても、俺はユイさんと長く喋れるのが嬉しい。


 だが、嬉しさとともに、俺の心の中にもう一つの願望が湧いた。

 それは、ユイさんのことをもっと知りたいと言うことだ。


 もちろん、俺もそれがどういうことなのかは分かっている。

 ネット上で相手の素性やプライバシーに触れることはタブーだ。

 特に、ゲームの中の世界は匿名が基本。

 皆、ゲームの中でリアルな自分以外の者を演じているのだから、その世界の外を垣間見ようとするのはルール違反だ。


 しかし、そんな当然の理屈より、俺の中ではユイさんを知りたいという欲求の方が上回りだしていた。

 なぜだか分からないが、ランカーに勝ったことも一番にユイさんに報告したかったし、そのときの陶酔にも似た達成感をユイさんに分かってもらいたかったのだ。





「ちょっと聞いてもいいですか?」

「ん? だから、何?」

「ユイさんって……。二十歳くらいですか?」

「……、……」

思い切って聞いてみた。

 だが、すぐに答えは返ってこない。


 こ、このくらい聞いてもいいよな?

 べつに、不自然なことじゃないし、失礼でもないはずだ。


 俺はチャット画面を凝視する。

 キーボードの上の両手がじんわり汗ばむ感じがし、いくら大丈夫なはずだと心の中で呟いても、嫌な沈黙が俺の胸をしめつける。


 やっちまったかな?


 新しいコメントが表示されない。

 やはり女性に年齢を聞くのはまずかったか。


 だけど、俺はただ知りたかっただけだ。

 知ってどうこうするつもりもない。

 ただそれだけなのに、ユイさんの気を損ねてしまったのか?

 俺とユイさんは、いつもこんなに気軽に喋れる仲なのに……。





「それを聞いてどうするの?」

へ、返答があった。


 このまま永遠にコメントが返ってこないかもしれないとさえ考え始めた矢先に。


 どのくらい待ったのだろう?

 たっぷり三十分は待たされたような気がするが、実際は五分くらいだったのかもしれない。


 すかさず俺はキーボードを叩く。


「あ、いや……。ユイさんとはよく喋るし、会話がはずむから何となく年齢が近いのかな、って。俺は来年二十歳だからさ」

この言い訳は、あらかじめ考えておいたものだ。

 万一の時のために。


「ジョーさん。女の子に年齢を聞くなんて、マナー違反だぞ(怒)」

「あ、うん。ごめんよ。ただなんとなく聞いてみたかっただけなんだ」

「秘密だよ。ぜっっっっったい、教えてあげない」

「いや、べつに嫌ならいいんだ。気を悪くしたらゴメン」

「だけど……」

「えっ?」

「一つだけヒント」

「……、……」

「とりあえず、ジョーさんよりは年上だよ」

「あ、そうなんだ。それはちょっと意外ですねw」

俺は極力冗談っぽく受け答える。


 そっか、年上かあ……。

 でも、そんなに変らないんだろうな、この反応の感じだと。

 それに、失礼だと指摘されたけど、怒ってはないみたいだ。

 なんせ、ヒントをくれたくらいだからな。


「あのね、ジョーさん。僕、他ゲーでプライベートなことを書いて酷い目に遭ったことがあるの」

「そうなんですか」

「だから、そういうの極力話さないことにしてるんだ」

「すいません。俺、そういうつもりじゃなかったもので」

「仕事が仕事だから、興味を持ってもらえるのはありがたいんだけど、それ以上は……、ね」

「分かりました。もう聞かないので安心して下さい」

そっか。

 そんな事情があったんだ。


 女の子って大変なんだな。

 ユイさんは芸能関係の仕事なんだろうし、尚更か。


 だけど、怒ってなくてよかった。

 こんなことで、俺の大事な癒しの時間がなくなってしまわなくてさ。





「そんなことよりさあ、ジョーさん」

「はい……」

「今度新人君が入ったよね」

「ああ、まったりさんのことですか?」

「そう。僕、ずっと一番のぺーぺーだったから、早く新人が入って欲しかったんだ」

「そんなことを気にしていたんですか?」

「うん、だって、今まで誰にも敵わなかったんだもん」

「じゃあ、よかったですね。まったりさんはゲームを始めて二ヶ月しか経ってないみたいなので、色々教えてあげて下さい」

すっかり忘れていたが、さっき、まったりの加入申請に許可を出したんだった。


 なんか変な奴っぽくて迷ったけど、ユイさんがご機嫌ならそれでいいか。


「と、僕も思ってたんだ。ジョーさんに色々教えてもらって助かったし、今度は僕が教えてあげようと。だけど……」

「んっ? だけど?」

「なんて言うか、あの人のデッキ変なの」

「変? まだ始めて二ヶ月だから、調ってないってだけでは?」

「あ、うん。それは間違いなくそうなんだ。デッキにはHRが三枚も入ってるし、URは軍団長の一枚しか入ってないから」

「ユイさんと同じ無課金だそうですから、仕方がないですよ。誰だって最初は弱いものです」

「それが……。練習でデュエルをやってみたんだけど、全然勝てなくて」

「えっ?」

「三十回以上やって、一度も……」

「あはは、それはユイさんが相手をなめていたからじゃないですか? ユイさんのデッキには重ねていないとはいえUR諸葛亮がいますし、UR趙雲で攻撃力を上げられるから、全力なら初心者には負けるわけがないです」

「うん、僕もそう思ってたんだ。だけど……(汗)」

「ま、まさか、本気で勝負したんですか?」

そんなバカなことがあってたまるか。


 あいつは単なる勘違い野郎のはず。

 だいたい、ユイさんの本気のデッキは、俺が指導して調えたデッキなんだ。

 そんなに簡単に負けるわけがない。


「あ、分かりました。URは一枚しか入ってないけど、それが恐ろしく重ねてあるとかってことではないですか? たまたまガチャ運がよくて、無課金でも不相応なデッキになったとかってことでは?」

「そうなのかな? 僕にはそんなに強いデッキには見えなかったんだけど。軍団長も攻撃を受けるとHPのパラメータがそこそこ減っていたから、違うような気がする」

「……ですか」

「とにかく、一回ジョーさんもやってみて。僕が言ってることが分かるから」

「ええ、まあ、やるのはかまいませんが」

「あ、あと、やたらと引き分けが多いから、そのつもりでね」

「引き分け?」

「あっ! もう日付が変っちゃった。じゃあ、落ちるね。バイバイ」

そう言い残すと、ユイさんは俺の返答も聞かずに、慌ただしくいなくなった。

 明日も忙しいのだろうか。





 それにしても、ユイさんが全然勝てない?

 たしかに創聖の勇者ではユイさんは弱い方だけど、一応、デュエルランキングでは1000位以内に入っているのに。

 それが、たった二ヶ月しかやってない奴に全然勝てないとか、どうにも理解できない。


 ここのところ毎日2時過ぎに寝ているので、今日くらいは早く寝ようと思っていたが、どうやらそうもいかないようだ。

 まあ、俺のデッキで勝てないわけはないが、ちょっと興味がわいてきた。

 どれ、ランキング100位以内の上級者様が診てやるよ。





「……、……」

か、勝てないっ!

 だが、俺が負けることもない。


 ……と言うか、引き分けにされてしまう。

 三国志CVは、40ターン以内に軍団長を倒さないと引き分けになる。

 だけど、二年近くやってて引き分けなんて数度しかなかったのに。


 なるほど、そう言うことか。

 二、三回やって、俺にもユイさんが言っていた意味が分かった。


 まったりのデッキは、超防御特化なのだ。

 軍団長を回復するスキルの武将と、相手武将の攻撃力を下げる武将ばかりが入っていて、軍団長が決定的なダメージを受けることを防いでいる。

 それに、軍団長自身のスキルがこの超防御特化デッキを可能にしている。


 UR司馬懿……。

 この武将のスキルは、「カウンターで味方の武将を5体生き返らせる」だ。

 8体中5体が生き返るのだから、勝負がつかないのも当然だ。


 だが、UR司馬懿自体には自身のスキルが効かない。

 当然ながら、死んだらスキルは発動しないから。

 だから、四隅のカードで相手武将の攻撃力を極力下げ、辺に位置するHRのカード三枚とSR孫乾で軍団長であるUR司馬懿を直接回復しているのか。


 だけど、これじゃあ勝つこともないんじゃないか?

 デュエルは勝たなければ順位は上がらない。

 こんなことをやって何の意味があるんだろう。


 んっ?

 いや、待て。


 隅に一枚だけSR楽進が入っている。

 SR楽進のスキルは、「カウンターで自身の攻撃力を50%上げる」だ。

 つまり、長期戦になり、このカードの攻撃力が相手軍団長を倒せるほど高くなる展開のときのみ勝利が転がり込むのか。


 ただ、SR楽進自身が倒されてしまうと、攻撃力は初期値に戻ってしまう。

 と言うことは、自分より明らかに弱いデッキにしか勝てないってことか。





 俺は、しばし呆然とまったりのデッキをながめていた。

 こんな考え方があったのか、と。


 たしかにまったりのデッキは弱い。

 UR司馬懿以外のカードは、誰にでも手に入るカードばかりだし。

 SR孫乾とSR楽進はイベント報酬で配られたものだから、持っていない奴もいるはずだが、あいつにとっての急所のカードだけはちゃんと入手してある。


 そう言えば、両方とも先月のイベントだったな。


 ちょっと待て。

 このデッキを使って、まったりは一体何位なんだ? デュエルランキングは。

 そんなに勝てないはずだから、上位にはいないはず。


 俺はデュエルランキングを上からしらみつぶしに調べる。

 まあ、1000位以内にはいるかもしれないが、下の方に違いない。


 な、なんだと……。

 189位?

 うそだろう?

 あんなデッキで。


 もっと下だと思っていたら、意外なほど上位でまったりは見つかった。


 まさか、こんな上にいたなんて。

 三国志CVをやりだして二ヶ月の無課金なのに……。


 そうか。

 近い内に100位に入ると言ったのもハッタリじゃないのか。

 それだけの見通しがあるってことに違いない。





「お初っすwww」

「……、……」

「誰もいないみたいっすねwww。まあ、こんな時間っすからね」

「こんばんは、まったりさん」

「www。ジョーさん、ちわっす。遅いっすね」

「まったりさんこそ。いつもこの時間なんですか?」

時刻を見ると、もう四時近くだ。


 俺は意地になってまったりのデッキと戦い、こんな時間になってしまっていた。

 かれこれ三時間は戦っていただろうか。


「そっす。自分、仕事が忙しいときはこの時間しかインできないんで仕方がないんっすよ」

「じゃあ、あまりゲームに時間を割いているわけにはいかないってことですか」

「いや、そんなことないっすwww。寝る時間削って遊ぶっすwww」

「大丈夫ですか? 身体を壊しますよ」

「www、ありっす。でも、もう慣れっこっすから」

「ですか……」

メールの返信時間が先日もこのくらいの時間だったからそれについては意外ではないが、仕事を持ってる年齢なのか。

 この喋り方だと、まったりがどのくらいの年齢なのかサッパリ分からない。


 ユイさんみたいにプライベートな部分を隠したがる人もいれば、まったりのように大っぴらに言ってしまう奴もいる。

 たかがゲームと言えど、本当に色々な人がいることをあらためて認識する。


「さっき、過去ログをチョロっと見てきたんっすけど、自分のデッキってそんなに変っすか? www」

「すいません。変と言うか、あまり見かけない構成だったのでユイさんはそう思ったのでしょう」

「ああ、そっすね、それが普通かもっすwww。ってか、弱弱なんで、あんな感じにしか組みようがなかったんっすよ」

「さっき、俺も見てみたんですがたしかに勝てない(笑)」

「www。あれに勝つには、ランカークラスの攻撃力スキルが必要っす。デュエルは勝率で順位が決まるんで、あれが一番効率がいいみたいなんっすよ。引き分けはノーカウントっすしねwww」

「そうなんですか? 引き分けが戦績にカウントされないって初めて知りました」

「だから、すげー弱いのにだけ勝って、あと引き分けで済ませば勝率は高いんっすwww」

「なるほど……」

そうか、それであんなに順位がいいのか。


 だけど、そんなの誰が気がつくって言うんだ?

 カードゲームは強いカードをいかに効率よく組み合わせるかが技術であり戦略だ。

 それを、引き分けを狙い、弱い奴を倒して勝率を稼ぐなんて。


「だけど、これ、長くは続かないと思うっすwww」

「えっ? どういうことですか?」

「こういうセコイ戦法が蔓延すると、運営が商売にならないっすからwww」

「まあ、そうかも知れないですが……」

「きっと近い内にルールが変るっすよ。40ターンが終わった時点のHPの総量とかで判定されるようになるっす」

「そんな、たかが一人がやった戦術で運営が対応しますかね?」

「すると思うっすよ。デュエルの順位褒賞って行動力回復のアイテムじゃないっすか。あれ、課金アイテムっしょ? 無課金に貯められたら商売にならなくなるっすwww」

「ま、まあ、そうかもしれないですが……」

そんなことまで予想しているのか。


 たしかにイベントでは行動力回復アイテムの量が結果を左右する。

 だからこそ俺も、行動力回復アイテムにだけは課金するのだ。

 ……ってことは、あのデッキにしたのは、行動力回復アイテムを貯めるためってことか?


 だけど、あのデッキではイベントでポイントが稼げないはずだ。

 三国志CVのイベントは、ある程度の強さのNPC(ノンプレイヤーキャラクターの略)を一定の期間に何百と倒さなくてはならない。

 時間をかけて倒していては、ポイント取得効率が悪過ぎる。

 それではいくら行動力回復アイテムを貯めても、意味がないのではないだろうか?





「まったりさん、一つ聞いてもいいですか?」

「いいっすよwww。何でも答えるっすwww」

「そのデッキはたしかによく考えてあると思います。実際にあのカードでデュエルランキング200位以内とか、凄いと思いますし」

「www、ありっす」

「でも、あれではイベントで困らないですか? 一回勝つのに何分もかけていたら、褒賞ポイントにとどかないと思うんですけど」

俺はストレートに聞いてみた。


 多分、まったりの採っているセコイ戦術なんて、課金者の俺には一生無縁だろう。

 だが、色々な戦術を知っておくことは絶対にマイナスにはならない。

 特に、俺が思いつきもしないような特異な戦術を知ることは……。


「その通りっすwww。あれじゃ全然イベじゃ通用しないっす」

「ですよね。一戦こなすのに五分くらいかかってしまいますから」

「www。だから、イベ用には別のデッキを考えてあるっす。そっちは攻撃力重視っすから」

「えっ? そんなにいっぱいカードを持っているんですか?」

「www、持ってるわけないっしょwww。だからイベランキングの順位が低いんっすよ、自分」

「はあ……」

「だけど、最低限、イベをこなせる程度の戦力にはなってるっすから、課金者の半分くらいの効率はキープできてるっすかね」

「半分ですか?」

「そっすwww。無課金じゃこれが効率の限界っすwww」

な、なんて奴だ。

 ちゃんと自分のデッキの弱点を知っていたのか。

 しかも、そのフォローをする別デッキまで考えてあるなんて。


 俺は、デッキ構成の正解は一つだと思っている。

 もちろん、相手によって多少の入れ替えはあるだろうが、それでもデッキコンセプトは変らない。


 なのに、当然のようにまったく別のデッキを状況に応じて使い分けるなんて……。





「ジョーさん、こんな時間まで起きてて大丈夫っすか? そろそろ5時になるっすよwww」

おまえこそ大丈夫なのかよ?


 一瞬、そう思ったが、5時と聞いてちょっとビクッとする。

 やっちまった。

 早く寝ないとせっかくの土曜なのに午前中が潰れちまう。


「じゃあ、そろそろ失礼しますね、まったりさん」

「お休みっすwww。自分はもう少しイベントやってから寝るっすwww」

まったく……。

 付き合ってられない。


 なんて言うか、こいつは俺と色々と違い過ぎる。

 だけど、少し見直したかな?


 たしかに弱いし無課金だけど、勘違い野郎ではなかった。

 それに、ちょっとだけ凄いと認めてやるよ。

 まだまだ俺には敵わないだろうけどな。

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