第2話 勘違い野郎
「こんばんわ~。ジョーさんいる?」
「あらら、今日はいないのかな? せっかくお話しようと思ったのに」
「もう! 僕が何度も書き込んでるのに、いないなんてふとどきだぞ(プンプン、怒)」
いけね。
今日はバイトで帰ってくるのが遅くなった。
店長の奴、他に日本人のスタッフがいないからって、何でも俺に押しつけてきやがる。
お陰で二時間も余計に働いちゃったじゃないか。
牛丼チェーンが忙しくなるのは夕方からなんだから、しっかり人員を確保しておけよな。
次に同じようなことがあったら、こんなバイト絶対に辞めてやる。
ほら、ユイさんが何度もコメントしてるじゃないか。
ごめんよ、でも、すぐにレスをするから、着替えるまで待っててよね。
「こんばんは。リア用で遅くなってすいません。ユイさん、まだいますか?」
「遅いぞっ! でも、謝ったから許しちゃおうかな」
ほっ……。
言うほど怒ってはいないみたいだ。
ユイさんは俺が書き込むとすぐに反応した。
「あのね、ちょっと聞きたいんだけど」
「はい、どうぞ」
「UR諸葛亮を軍団長で使ってみたんだけど、全然、デュエルで勝てないの。僕のやり方が悪いのかなあ?」
「ん……。ちょっと待って下さい。ユイさんのデッキを確認しますから」
俺は急いでユイさんのデッキをチェックする。
同じギルドのメンバーだけがお互いのデッキを見たり、練習で戦ったりすることができるので、ユイさんは時折、俺にこんな依頼をしてくるのだ。
「ああ……、そういうことですか」
「何? 僕、なんか変なことしてる?」
「うーん、と。変なことと言うか、少し損な組み方をしてますね」
「ふむふむ(メモメモ)」
「左上隅にSR孫乾を入れているじゃないですか。SR孫乾は軍団長への回復スキルですよね?」
「うん。ターン終了後にSR孫乾の攻撃力分のHPが回復するよ」
「まあ、まだUR諸葛亮が弱いから不安なのは分かるんですが、UR諸葛亮の最大の長所は回復に不安のないところなんです。ですから、回復スキルを持った武将を入れると役割が被ってしまって損なんですよ」
「あっ、そういうことか」
「SR孫乾が攻撃力や防御力、HPに優れた武将なら話は別なんですが、SRの中でもステが弱い方ですしね」
「そうなの。せっかくSRで重ねてる武将なんだけど、孫乾って弱いんだよね」
「……で、この場合はSR孫乾を外して、軍団長か隣接武将、それか四つ角の武将の攻撃力を上げるスキルを持ったのを入れるんです」
「攻撃補助武将?」
「そうです。UR関羽みたいなカウンターで自身と隣接している武将の攻撃力が倍に上がるのが理想なんですけど、ユイさんは無課金なのでまだ持ってないですよね?」
「うん、ない(涙)」
「じゃあ、HRの武将でいいですから、他の武将の攻撃力を上げるのありませんか?」
「あっ、HR李傕がいるっ! だけど、ターン終了後に四隅の武将が20%しか上がらないけど」
「それでもいないよりいいじゃないですか。SRだからと言って役割が重複するよりずっといいです」
「そうなんだ。じゃあ、それでやってみるね」
「ええ、チャレンジしてみて下さい。きっと今のデッキよりは勝率が上がりますから」
「うん♪ でも、さすがだね。ちょっと見ただけですぐに何処が悪いか分かっちゃうんだから」
「まあ、一応、ギルマスですし……。それに、デュエルランキング100位はダテじゃないですよ」
「あ、じゃあ、今日はこれで落ちるね。ではでは~ッ♪」
「お休みなさい。また、明日……」
ユイさんは、自分の聞きたいことだけ聞くと、慌ただしく去っていった。
また、仕事で朝が早いのだろうか?
ああ、今日は俺が遅かったのもあるか。
だけど、もう少し話していたかったなあ。
俺にとって、このユイさんとのチャットタイムが一日の中でなによりの癒し。
退屈で面倒なだけの講義も、やたらと酷使される牛丼屋のバイトも、この癒しの時間があるからこそ耐えられるのだ。
それだけに、今日みたいな慌ただしい会話だけなのは、ちょっと寂しい。
それにしても、またユイさんに俺の優秀さが伝わったかな?
普通の奴だとレアリティに拘ってHRのカードを入れるなんて思いも付かないだろう。
UR、SR、HR、R、C、の順でレアリティが決まっている。
もちろん、URが最上で、スキル、ステ共に一番強いカードだ。
だから、上位者のほとんどはHRなんか見向きもしない。
ましてや、RやCなんかは、持てるカードが100枚しかないので、邪魔にしかならないのだ。
つまり、HRも人によっては破棄してしまうような情けないカードなのだが、それでも役割と重ね方次第ではSRより働いたりする。
この辺が三国志CVの奥の深いところだ。
やみくもに高レアリティのカードを並べたって、勝利にはたどりつかない。
そして、その奥の深いところに気がついている奴が、このゲーム内に何人いるだろう?
50人……?
いや、へたすると20人もいないかもしれない。
俺は課金額は少ないが、この戦略眼とテクニックで今の地位を維持してるんだ。
誰にでもできることではないのは、言うまでもない。
さて、そろそろ、俺自身の作業をやっつけてしまわないといけないな。
とりあえず、まずデュエルから……。
イベント中なので、普通はイベント作業からやって、デュエルをやっている内に少しでも時間で回復する行動力を使おうとするらしいが、俺はそんなみみっちい得より、戦略眼を鍛えるデュエルの方を重視している。
行動力を回復するアイテムは安いから、いざとなれば課金すればいいし。
三国志CVを制するには、まずは卓越した戦略とテクニックが大事なのだ。
一戦目……。
相手の軍団長はSR楽進。
SR楽進は攻撃力とHPがいいが、防御力に難がある。
まあ、いいと言っても、URの武将にくらべると見劣りするが。
スキルもカウンターで自身の攻撃力が50%上がるだけなので、手がつけられないほど攻撃力が上がる前に倒してしまえば問題ない。
そもそも、SR楽進は軍団長には向かない。
俺もデッキでよく使っているから、弱いカードじゃないけど。
二戦目……。
相手の軍団長はUR諸葛亮。
こいつは結構手強いか?
ちょっと緊張したが、他のカードを見るとあまり強そうではない。
特に、攻撃補助武将にいいのがいないのだ。
これはおそらく重ねてない諸葛亮なので、それほどのこともなさそうだと見極めをつける。
俺は慎重にカードを選び、UR陸遜を入れた。
UR陸遜のスキルは、相手武将全員の攻撃力を初期値に戻すこと。
これを入れれば、いくらUR諸葛亮のスキルがあっても痛烈なカウンターにならないから、力負けしなければ大丈夫だ。
結果は、3ターン目に俺の軍団長であるUR曹操が8倍の攻撃力になり、UR諸葛亮のスキルが活きる前に倒しきれた。
こうして、俺は三戦目、四戦目と勝ち続け、五戦目を迎えた。
「こ、こいつは……」
不意に言葉が音になってもれる。
五戦目……。
相手の軍団長はUR関羽。
UR関羽は前衛の武将としては頼もしいスキルだし、素晴らしいステも持っている。
ただ、回復スキルがないので軍団長には本来向かない。
しかし、この相手は、それを承知で軍団長にUR関羽を入れている。
マジかよ……。
せっかく調子よくきたのに、よりによってランカー(ランキング10位以内のプレーヤー)に当っちまった。
デュエルは、一日、五戦する。
ただ、五戦全勝だと負けるまで戦い続けられるシステムで、勝てば勝つほど勝率が上がり、ランキングも上がる。
だから、どうしても勝ちたい。
ここで負けるとまた100位以内を目指すのが難しくなるから。
でも、相手はランカー。
しかも、ランキング3位の関羽使い。
UR関羽を軍団長にしてあるのは、この関羽が何枚も重ねられてステアップされた代物だからだ。
推定、20枚ってところか。
ステは初期カードの約二倍。
それが軍団長に入っていることで三倍のステになるのだから、この関羽使いのデッキは、開始時点でのステではこの三国志CVの中で最強だろう。
画面には相手ステの詳細が出ないが、多分、UR関羽は軍団長に入れた時点で攻防共に45万超え。
HPは60万くらいになっているはずだ。
そもそも、UR関羽のステは化物じみている。
UR諸葛亮と較べると攻防、HPともに約1.5倍。
これは今出ているURの中でもトップの数値で、持っていれば誰もがデッキに配置するチートカードだったりする。
だいたい、20枚も重ねるってどういうことだよ。
重課金どころか、廃課金と言っていいほど課金してるんだろうが、チート過ぎるだろ。
だけど、戦略的には単純なんだよな。
重ねたURを配した単なる力押しの攻撃特化型。
以前、この関羽使いと当ったときは、やたらと重ねたUR関羽だと知らなかったから油断して負けたけど、そっちの戦略が分かっているのなら対処のしようもある。
俺はデッキからUR曹操を下ろし、軍団長にUR夏候惇を入れた。
ステ的にはUR曹操の方が若干上だが、この関羽使いに尋常な手段では勝ち目がないから。
それに、UR関羽はたしかにチート武将だけど、即死耐性は持っていない。
だから、もし1ターン目の突撃を凌げば……。
1ターン目。
「テクニカルフェイズ……」
お互いの武将スキルが交錯する。
俺はUR夏候惇にだけ先制攻撃をさせて、あとは相手武将の攻撃力を下げることに専念する。
とりあえず、UR関羽にUR夏候惇の先制攻撃がかわされず当った。
よしっ!
まずは第一段階クリアだ。
だけど、なんだよこの相手デッキ……。
軍団長のUR関羽以外にも、上からUR張飛、UR趙雲、UR黄忠と、前衛に置いているのは攻撃力が飛躍的に上がる武将ばかりじゃないか。
たしか、以前はUR黄忠はいなかったはず。
敵も着々とパワーアップしているってわけか。
でも、とりあえずUR陸遜のスキルが最後に発動したから、上がった攻撃力は全部元に戻った。
「カウンターフェイズ……」
くっ、UR関羽のスキルが吸収しきれない!
だけど、とりあえずUR趙雲の攻撃力アップは50%までで抑えた。
うん、SR凌統、UR黄蓋のカウンターで相手の攻撃力を下げるスキルが効いてる。
ただ、これでもギリギリのはず。
頼むぞ、UR夏候惇っ!
なんとか、耐えてくれっ!
「突撃フェイズ……」
俺の前衛武将、SR凌統、UR黄蓋、UR許褚、そして軍団長のUR夏候惇と、相手の前衛武将、UR張飛、UR趙雲、UR黄忠、そして軍団長のUR関羽が直接戦う。
バリバリっ……、というイナズマみたいな突撃の効果音が響き、画面上でお互いの8武将が激突した。
なっ、なんだと?
俺の前衛武将が一瞬で全滅だと?
しかも、相手の前衛武将はHPのパラメータが半分も減ってない。
軍団長のUR関羽にいたっては、ほとんど無傷のまま……。
こ、こいつ、前衛の武将は全部重ねまくってるってことか?
まったく、なんてデッキなんだよ。
だが、俺の軍団長、UR夏候惇は辛うじて生きている。
HPを削られまくって、パラメータが赤く点滅しているが。
た、耐えたっ!
だけど、ここから更に二分の一の確率だ。
突撃で相手武将のカウンタースキルが発動し、敵の攻撃力が上がりまくっている。
もし、UR夏候惇のスキルが発動しなかったら、いくらUR陸遜のスキルを駆使しても、次のターンの突撃は凌げないっ!
頼むっ、スキルよ発動してくれっ!
二ターン目。
「テクニカルフェイズ」
ズンっ……。
鈍い効果音と共に、UR関羽の頭上に暗雲がたれ込めた。
そして、暗雲の中からドクロのマークが徐々に浮かび上がる。
い、行けっ!
そのままドクロが関羽に落ちちまえっ!
俺が心の中で叫んだ刹那、暗雲の中のドクロが関羽に落ちた。
やったぁぁぁぁぁっ!
胸中で絶叫する俺。
思わず、手にしたマウスを握りしめる。
見たかっ!
ランカーだって、俺の戦略がうまく行けばこんなもんだ。
これぞ三国志CVの醍醐味。
そして、戦略性で上回った俺の勝利。
「ふふっ……」
思わず、笑いがもれる。
笑いもするだろう?
何十万……、いや、百万単位で課金してると思しき奴に勝ったんだからな。
まあ、勝敗はこっちの戦績に関係するだけで相手には反映しないけど、それでも気分爽快じゃないか。
なんて言っても、ランカーだからな、相手は。
ランカーに勝った俺は、その後も連勝を伸ばし、11勝1敗で今日のデュエルを終えた。
ランキングは、現時点で87位。
このままの調子なら、今週は無事100位以内に入れる。
ちなみに……。
負けた相手は、UR諸葛亮が軍団長のランキング38位の奴。
なんだかんだ言っても、やはり諸葛亮使いは強い。
まあ、でも、今日は気持ちよくゲームを終われそうだ。
デュエル、イベント作業と続けて終え、これで今日のやることは全部終了かな。
イベント作業は単調で飽きがくるけど、今日はそれもノリノリで片付けた。
んっ?
いや、もう一つやることがある。
まだメールボックスを開いてなかったなあ。
郵便受けのマークが点滅しているから、誰かからメールが届いているはずだ。
あ、そうか。
昨日、勧誘した奴に違いない。
「まったり」?
なんだよ、このやる気のなさそうなハンドルネームは……。
でも、勧誘したのはこっちだし、仕方がないか。
……で、中身は?
「お初っす。
勧誘、ありっす。
自分、まだこのゲーム始めて二ヶ月経ってないんで、デッキが弱弱なんっすよ。
それでかまわないなら入れて下さいっす。
そっちのギルド、ギルド対抗戦で6位だったんっしょ?
今の自分じゃ足手まといっすけど、良いっすかね?
まあ、でも、あと一ヶ月もすれば、デュエルランキングで100位くらいにはなる予定っすけどwww。
自分、こういうゲーム得意なんっすよね。
無課金っすけど、もう少ししたらそこらの奴には負けないっすからwww。」
……、……。
まったく……。
たまにいるんだよなあ、こういう勘違いした奴。
まあ、やり始めて二ヶ月経ってないのにイベントランキングに入ってるんだからやる気は認めるけどさ。
でも、あと一ヶ月でデュエルランキング100位くらいだと?
ふざけるのも大概にしろよ。
俺みたいな長くやってる上級者だって100位が精一杯だって言うのに。
それに、無課金だと?
俺はメールを読み終え、呆れてしまった。
思わず苦笑ももれる。
一体、どんなアホなんだろう?
この、まったりってやる気のないハンドルネームの図々しい奴は。
失敗したかな?
こんなの入れたら、創聖の勇者の品位が落ちかねない。
だけど、勧誘したのはこっちだからなあ……。
仕方がないから入れてやるか。
どうせ自分が言っていることがとてつもなく恥ずかしいことだって分かれば、ギルドも辞めるだろうし。
俺は、パソコン画面から目を離し、大きく伸びをした。
そして、まったりのマイページを開け、ギルドに入ることを許可するメールを送る。
本当はこんな奴、入れたくないけど……。
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