無課金の修羅

てめえ

第1話 スカウト

「やった! 諸葛亮をツモっちゃった」

「おお、やりましたね。ユイさん、前から欲しいって言っていましたものね」

ゲーム内のチャットで、俺はいつものようにユイさんと喋っている。


「この諸葛亮に今まで何度泣かされてきたことか(涙)。でも、これからは僕が泣かす番だからね」

「まあ、今のランキング上位は皆、軍団長を諸葛亮にしてますのでね。カウンターで四回も攻撃する上に、与えたダメージ分を自身に回復するってチートキャラだから」

ユイさんの言っている諸葛亮とは、UR諸葛亮のことだ。


 現在、この三国志CVに於いて、UR諸葛亮を持っていないと言うことは、初心者か無課金の底辺であることに等しく、実際、レア度が高いにもかかわらずかなりのプレーヤーが重ねて軍団長にしている。


「諸葛亮は、やはり軍団長にするべきなのかな?」

「ええ、その方がスキルが活きますから」

「でも、重ねてないから、まだHPがヨワヨワなの」

「うーん。それでも軍団長にすべきかな。軍団長は他のカードの3倍のステ(ステータスの略)になりますから、それほど気にならないはずです。一撃で死なない限りはカウンターで回復しますしね」

ユイさんはこうやっていつも俺に質問してくる。

 まだゲームを始めて間もないので、たまにとんでもないことを言い出したりするが、その辺はギルマス(ギルドマスターの略)である俺がちゃんと指導しているから大丈夫だ。


「せっかく一枚ツモったんだから、続けてツモれないかな? ……って、無課金が贅沢言っちゃいけない?」

「あはは(笑)。そりゃあ、皆、諸葛亮なら合成するために何枚でも欲しいですよ。だけど、運営も商売でやってるからそう簡単には手に入れさせないですよね」

「あ、ごめんね。僕、明日撮影で朝が早いんだ。だから、今晩はもう寝るね」

「お疲れ様でした。じゃあ、また……」

ユイさんは、たまに撮影がどうの、イベントがどうのと言っている。

 よくは知らないが、もしかすると芸能関係の仕事をしているのかもしれない。


 俺も、ゲームで知り合っただけだから、プライベートなことを根ほり葉ほり聞いたりはしない。

 だけど、何度も話している内に、彼女との距離が急速に近くなっている気がするのだ。

 ネット上の文字だけでする会話なのに……。





 俺がこの三国志CVをやりだしたのは、約二年前のことだ。

 正確に言うと、一年と十カ月前。

 ちょうど三国志CVのサービスが開始され、その宣伝が何となく目に入ってゲーム画面を開けたのだった。


 大学受験の合間に息抜きのつもりで始めたが、無事、大学に合格すると、急速にハマった。

 当初はこれほど長くやるとも思っていなかったのに……。


 俺が三国志CVにハマった理由は、正直、よく分からない。


 ただ、三国志に由来する武将カード9枚を戦わせるシステムが、シンプルなのに意外と奥深いからなのはあるかもしれない。

 同じカードを持っていても、配置の仕方次第で勝敗が変わってくるし、3×3に配置された武将カードが読み筋通りに活躍して勝ったときの嬉しさは他のゲームにはない無上のものがある。

 対戦相手に応じて配置やカード自体を変える戦略性も、このゲームならではのものだ。


 それに、150種類もある手持ちのカードから、最善の9枚を導き出したと言う満足感も大きい。

 まあ、レアリティによってカードの強さは決まっているので、実際に選択肢として考えうるのは30種ほどの高レアリティ武将だけであるが、それでも、その選択如何で勝敗が変わってくる。

 つまり、ただ単に強いカードを集めれば勝てると言う単純なゲームではないところが俺を魅了してきたのだ。


 しかし……。

 その熱も、最近では冷めはじめていた。

 いくらやっても、ランキング上位者にはなかなか敵わないから。


 イベントは、そもそも課金した者勝ちのところがある。

 回復アイテムをふんだんに課金して買い、イベントポイントが数倍になるカードを手に入れれば、ランキング上位に入れる。

 そして、ランキング上位になると、褒賞の特別な武将カードを複数重ねられるので、ますます有利になる。

 つまり、課金量が勝負を決めるから、俺の卓越した戦略性も意味がなくなってしまうのだ。


 イベントに対し、毎日、週単位で行われるデュエルは違う。

 こちらは獲得ポイントを争うイベントと違って、プレーヤー同士が直接戦って勝率を競うものだ。

 だから、こちらは武将カードの差を戦略性で補う余地がある。


 俺のイベント順位は、大抵500位くらい。

 しかし、デュエルでは100位以内にギリギリ入れたりする。


 ただ、それも最近ではなかなか厳しい。

 イベントの度に武将カードに差が出るので、じりじりとデュエルの順位も下がっているのだ。


 先週は、最近では珍しく100位以下に落ちた。

 徹底して工夫を重ねたデッキ構成だったのに……。





 俺も課金はしている。

 そうでなくては、ランキング上位者と戦えないからだ。

 イベントでどうしても欲しい武将カードの時のみ、回復アイテムに課金する。


 先日のイベントでも、どうしても褒賞のUR夏侯惇を手に入れたくて、俺としては目一杯の課金をし、単調なポイントを重ねるだけのイベント作業を長々とこなした。


 UR夏侯惇のスキルは、相手軍団長の即死。

 攻撃が当たれば、即死耐性のない武将カードが軍団長だと、二分の一の確率で二ターン目の開始時に絶命する。

 軍団長を倒せば勝ちだから、これほど優秀な武将カードはないと考えたのだ。


 しかし、俺のもくろみはあまりうまくいかなかった。


 たしかにスキルが発動し、軍団長を倒すことはある。

 そういうときは、重課金の奴にだって勝てる場合もあるし、速戦即決で気持ちがいい。

 だが、その率が悪いのだ。

 そもそも、他のプレーヤーが軍団長に指名する武将カードの半分くらいには即死耐性があり、攻撃が当ってもスキル自体が発生しない。

 大体、3割くらいだろうか、スキルが発生して勝つのは。


 そして、一番の問題点は、強いプレーヤーが軍団長にするUR諸葛亮にも、即死耐性があるのだ。

 だから、こちらが中途半端に攻撃すると、攻撃補助武将のスキルによって攻撃力の上がったUR諸葛亮がカウンター攻撃を仕掛けてきて、自軍に甚大な被害が及んでしまったりする。

 ときにはそのままこちらの軍団長が倒されてしまうこともあるのだ。

 さらに、UR諸葛亮は与えたダメージ分を自身の回復にあててしまう。

 長期戦になれば、他の武将がUR諸葛亮をますます強くするし。


 こうなると、まず俺には勝ち目がない。

 何故なら、俺はUR諸葛亮を持っていないから……。

 目一杯、攻撃力の上がった対戦相手のUR諸葛亮に、蹂躙されるしかないのだ。





 俺の熱が冷め始めた理由は、もうUR諸葛亮を手に入れるくらいしか、これ以上は強くはなれないからだ。

 ありとあらゆる可能性を試したつもりだし、他のデュエルランキング上位のプレーヤーと戦った際に、強いと思った布陣を参考にしたりもした。

 だが、上位プレーヤーのほとんどがUR諸葛亮をデッキに入れている。

 つまり、参考になるような布陣そのものも、ほぼなかったりするのだ。


 ただ、俺だって強くなるために努力しなかったわけではない。

 UR諸葛亮入手のために、その排出確率が高いガチャに課金したりもしたのだ。


 しかし、一回400円のガチャでUR諸葛亮の排出確率は大抵0.2%。

 500回回して一回来るか来ないかって感じのガチャに、大枚を投じるにしても限界がある。

 ガチャは他のUR武将も出るので著しく低確率と言うわけではないが、俺はしがない大学生……。

 アルバイトで遊ぶ金を捻出している関係で、月に課金できる金額は精一杯出しても2万円までだ。


 そんななけなしの金で、何ヶ月かガチャを回してみたりもしたのだが、無情にも俺のもとにUR諸葛亮は舞い降りなかった。

 総額、10万円を超えていると言うのに……、だ。

 確率的には来てもおかしくないのに……。


 結局、俺はガチャに課金することを止めた。

 そう、UR諸葛亮を諦めたのだ。


 来る奴には、無課金にだって来ている。

 そんな事実が、

「しょせんは運次第か……」

と、あきらめの情を誘ったのだった。





 課金を止めてから、俺はギルドを強くすることに力を注いだ。

 熱は冷めてきたが、これだけ頑張ってきたゲームなので、どうにか自身の存在意義を何とか見つけ出したかったから。


 ギルドに所属できるのは20人まで。

 精鋭を集めれば、この三国志CVで最大のイベント「ギルド対抗戦」で上位に入ることだって可能だ。

 半年に一度行われるギルド対抗戦こそが、真の強者を決める。


 前回のギルド対抗戦では、俺がギルマスをしている「創聖の勇者」ギルドは6位に入った。

 300以上のギルドが参加するイベントで……、だ。

 そして、見事覇者たる優勝ギルドに唯一土を付けたのも、創聖の勇者なのだ。


 これが俺の力を注いだ成果。

 ふんだんに課金するだけでは絶対に得られない、卓越した頭脳と情熱がない者には訪れない強者の証し。

 ユイさんのような初心者から重課金のメンバーまで、その何れとも懇切丁寧に接してきたから、創聖の勇者は強くなったのだ。


 だから、今、創生の勇者でギルマスをしている「ジョー」と言えば、三国志CVでは一目置かれる存在だったりする。


 俺の本名は、高田譲。

 譲は、ゆずると読む。

 だが、それをそのままハンドルネームにしたのでは味気ないので、音読みのジョーにしたのだ。





「ふうっ……」

パソコン画面から目を上げ、独りため息を吐く。


 時刻はすでに深夜2時を回っている。

 今日のやることは全部終わった。


 あ、いや、まだ新人の勧誘をしなくては。


 先日、創聖の勇者を抜けた、「タゴサク」さんの穴を埋めなくてはならない。

 タゴサクさんはとぼけたハンドルネームではあるけど、重課金でとても頼もしかった。

 なんでも、仕事が忙しくなったので一時ゲームを辞めるとのこと。

 アカウントは残すらしいから、復帰したらまた創聖の勇者に入ってくれるに伝えておいた。


 それにしても、タゴサクさんの8枚も重ねたUR諸葛亮が戦力から抜けるのは痛い。

 元々UR諸葛亮はそれほどステのいいカードではないが、合成を重ねるとステの悪さが気にならなくなり、スキルと相まって無敵の武将カードとなるのだ。


 俺にタゴサクさんの半分もUR諸葛亮が来ていればなあ……。

 思ってもせんないことだけど、どうしてもそんなことを考えてしまう。





 イベントランキングを上から確認する。

 確認と言っても難しい作業ではない。

 順位の横にある所属ギルドの欄が空欄になっている人を捜すだけだ。


 だが、1000位以内にはまずギルドに未所属の奴はいない。

 どのギルドも新人勧誘には力を入れているからだ。

 それに、プレーヤーとしてもボッチは寂しいし損だ。

 だから、大抵はとりあえずどこかのギルドに入ってしまう。


 しかし、だからこそボッチでランキングに載るような奴には見所があるのだ。

 ランキングは1000位まで表示されるが、1000位と言うのはイベント褒賞をギリギリもらえるので、ゲームに対する熱意や手間の掛け方が水準以上であることを意味する。

 俺も1000位ギリギリの争いをしたことがあるが、前後2、30人がイベント終了ギリギリまでしのぎを削る、ある意味限界バトルだったりする。


 まあ、たまにはユイさんのようにまったくの初心者が引っ掛かる場合もあったりするが、それでもやる気があれば俺がいかようにも指導して強くしてあげられるから問題ない。


「カチッ、カチッ……」

俺はひたすらランキング表をマウスでクリックしめくり続ける。


 今回はタゴサクさんの穴を埋めたい。

 だから、重課金とは言わないまでも、課金者ではあって欲しい。


 しかし、俺の願いも虚しく、ランキング表は900位を超えた。


 いないか……、そんな都合のいい新人は……。


 課金者なら、7、800位台にはいる。

 900位以下じゃあ、ゲームに張り付いている無課金ってところだろう。


「いた……」

思わずつぶやく。


 ランキング表の終わるギリギリ、999位に一人だけ。

 俺はハンドルネームも見ず、そいつのマイページを開けた。

 そして、いつもしているように、勧誘の定型文をそいつに送りつける。


「ふう……」

今度こそ、本当に作業終了だ。


 スカウトが断られたらまたランキングで物色すればいい。

 とにかく、もう疲れたので早く寝たい。

 明日は午前中から講義が詰まっているから、これ以上遊んではいられない。


 そう言えば、ユイさんも朝が早いって言っていたな。

 ユイさんって、俺と同じ大学生くらいか?

 いや、結構、言葉遣いが幼いから高校生かも知れない。

 高校生で仕事をしているなんて、もしかすると、売れっ子のアイドルかなんかかな?


 そんなことを考えつつ、俺はベッドに引っ繰り返った。

 そして、適当に掛け布団に身体を突っ込むと、瞬く間に強烈な睡魔に襲われるのであった。

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