第3話 脱走の代償
改めて慎重に、旧校舎の壁からそっと顔だけを出し、周囲を見渡す。誰も居ないことを確認すると、また先ほどの場所に戻り、フェンスの網に手をかけた。
「登れそうか?」
「もっちろん」
そう言うと悠月は軽やかな体使いで、難なくフェンスをよじ登って行った。
悠月の運動神経がいいことは知っていたので、特に心配はしていなかったのだが、一人では登り切れずに、自分が体を支えてフェンスを越えさせるのも面白かっただろうなと、光一は少しだけ残念に思った。
悠月の後、光一自身もフェンスを乗り越え、学校の外の世界に足を踏み入れる。それと同時に、何とも言えぬ緊張感が波のように胸に広がった。
ついに、ついに学校の外に出た。ここは、文野学園の敷地内ではない。外の世界なのだ。
まだほんの数歩だが、これは偉大なる第一歩だ。
外の地に足を踏み入れることによって、光一の胸は高鳴った。
周りはもうだいぶ暗い。もう少し時間が経てば、完全な闇が訪れるだろう。
「いくぞ」
「うん」
二人は、町のある南側の方面へ、足を進めた。
一歩ずつ進むたびに、期待感と緊張感の混じったような、味わったことのない感情が湧き出た。歩く間、二人の足音と、どこからか聞こえる夏の虫たちの声だけが、二人の世界に響いた。視線の先にある闇のかかった景色は、いつも学校内から見ているはずなのに、全てが新鮮に見えた。
こううして、舗装された道を、二人並んでしばらく進むと、フェンス越しにこの学校の入り口である金色の立派な門が遠くに見えた。それは、この薄暗い闇の中で、こことはだいぶ離れていながらも、寮の窓から出る光に照らされ、その荘厳さを微塵も欠くことなく、堂々と存在感を発揮していた。今のように、門の周囲に何もない状況だと、よりその豪壮さが際立つ。
それを見た光一が、ため息まじりにつぶやいた。
「相変わらず無駄に立派な門だな」
「そうだね……あんなのにお金かけるなんて、ほんと、ばかみたい。国からもお金もらってるはずなのに……貧乏人の税金がどれだけ重いか、金持ちは知らないんだよ」
悠月はどこか恨めしそうな目で、あの遠くにある門をじっと見ていた。光一は、その悠月の普段発しないような、かすかな怒りがこもった声に驚くのと同時に、彼女のこれまでの人生での苦労が、少し見て取れたような気がした。
二人は視線を前へ戻し、また歩みを進める。そして数歩歩いた後。
「もう私、おなかペコペコだよ」
悠月が、雰囲気を明るくするように、陽気な声でつぶやいた。
「ああ、まったくだ」
なるべく考えないようにしていたが、悠月と同様に、光一もかなりの空腹状態まできていた。なにせ朝から何も口にしていないし、田岡からの暴行や校長挨拶に放課後活動と、体力を使う事ばかりしていたのだ。
「しかもこれからだいぶ歩くからな」
「ひー」
「だがその分、何倍も旨くなるさ」
「そうだね。うん。楽しみ」
そんな会話を交わしながら、ちょうどフェンスが横に並ぶ道を超えた。
――その時だった。
背筋に、何とも言えぬ嫌な視線を光一は感じた。反射的に後ろを振り返る。すると、先ほどまで光一たちがいた旧校舎の入り口付近に、暗いながらもぼんやりと人影をとらえた。
まずい!
瞬時に焦りを覚え、光一は本能で察した。おそらく向こうも、こちらを窺っている!
光一は無理やり悠月の手を取って、死角となりそうな近くの木の陰へ移動した。
「ど、どうしたの?」
その質問には答えず、光一は手で悠月の口を塞ぎ、体を隠しながら、じっと向こうの様子を窺った。
まだ人影が見える。
……しかも一つではなく、二つ。つまりは二人いる。
いったい誰だ? こちらの存在がばれただろうか?
光一の額に、嫌な汗が流れた。
視覚に神経を集中させ、じっと見つめると、暗がりでよく見えないが、何かを話し合っているように見える。
しかし、しばらくするとその人影二つは、そのまま旧校舎の入口へと消えていった。
「まさか、人がいたの?」
「ああ……多分二人。でもこっちに気付いたかは分からない……が、旧校舎に入っていったから多分、大丈夫だ」
だが、もし旧校舎の二階の窓などから、こちら側を見られでもしたら、発見される恐れがある。とにかく急がねば。光一は悠月を連れて早足でその場を離れた。
あれはいったい、誰だったのだろう。追ってこなかったということは、こちらの存在に気付かなかったのだろうか。もしあれが教官でこちらに気付いていたとしたら、それが誰であれ、間違いなく怒声を上げて追いかけてきたはずだ。
なにより一番の気がかりは、旧校舎へ入っていったという事だ。あの時間あんな場所へ行く意味が、光一にはわからなかった。
まあ、追ってこなかった以上、大事にはなるまい。
それからは、なるべく学校側から見えにくい角度を選んで進むと、しばらくして、学校からの光もなくなり、完全なる闇に包まれた。学校の寮が十階まであるので光が届きそうなものだが、すでに上の階の部屋はほとんどカーテンが閉められていた。
「うわー真っ暗だー。それに道もよく分からないし。大丈夫?」
「ああ。これがある」
光一は、ポケットに入れていた小型ライトと、腐りかけのパンを取り出し、ライトの光をかざした。
「おおっ、準備がいいね! でもそのグシャグシャのパンは?」
「これはな、こうするんだ」
光一はパンを小さくちぎって、そのまま地面に落とした。
「あっ、なるほど! 浦島太郎だね!」
「ヘンゼルとグレーテルな」
「そ、そうそう、それそれ」と悠月は恥ずかしそうに訂正した。
おなじみ、有名な童話の『ヘンゼルとグレーテル』に出てくるように、パンをちぎって、道順を示す目印にしようというわけだ。しかし、町に着くまで、どのぐらいの距離があるか、光一も正確な距離が分からないので、あまりこまめに置くことは出来ない。
ふと、悠月が自分の手の方ばかりを凝視しているのに気づいた。
「ねえ、ちょ、ちょっとだけ食べていい?」
「ダメだ! 腹壊すぞ」
「ううう。もう死にそうなのに。ていうか、寮があんなにでっかいんだから、帰りは大丈夫でしょ」
悠月の言う通り、振り返ると、十階建ての寮が充分、目印となるように高くそびえていた。
「う……も、もしものためだ!」
光一と悠月は、空腹に耐えながらその後も、ライトの光で前方を確認しつつ、肩を並べて、歩みを進めた。
暗闇は視覚を奪うため、人間の恐怖を駆り立てる性質を持つが、男女二人っきりというシチュエーションだと、逆にロマンチックな演出を見せる。光一も今まさに、それにとらわれていた。先ほどから、胸の高鳴りが抑えられない。心臓の音が悠月に聞こえてしまうのではないかと不安になるほどに。
こういう時こそ、距離を縮める好機だろう。心の距離を縮めるには物理的距離から。光一はギュッと勇気を振り絞った。
「な、なあ悠月、手つながないか? 暗闇でちょっと危ないからな」
「う、うん」
光一が控えめに差し伸べた手に、そっと悠月はその小さな手を重ねた。悠月の手は思ったよりも小さく、暖かい。
手が触れ合った瞬間、鼓動が普段の倍のスピードで胸打つのが自分でも分かった。それと同時に、悠月がうつむく。
「ご、ごめん。ちょっと手汗かいてるかも」
「あ、ああ、俺もだから……」
普段は強気で少し男勝りなところもある悠月だが、こういう時に見せる女の子らしい仕草は、とても魅力的だった。暗がりで表情が見えにくいのが非常に残念だ。
この時すでに光一は、自分の空腹などとっくに忘れ去ってしまっていた。悠月とこうして手をつなぎ、行動を共にすることに、最上の幸せを感じていた。
こういう脱走は今回だけではなく、今後も間隔をおきつつやっていこう。回数を重ねるごとに要領も覚えて、よりスムーズにいけるはずだ。その度に悠月を喜ばせてあげることが出来るなら、それ相応のリスクを冒したってかまわない。
「パン、私がもっとくよ」
「ああ」
言われて気付いたが、手をつないでからパンはずっとポケットに入れっぱなしだった。
「……食べるなよ?」
「わかってるよ!」
もう、失礼だなと、付け足してから悠月はそっぽを向いた。その後は、パンをちぎろうとする度に手を離して、また手をつないでという面倒な作業の繰り返しだったが、互いにやめようとはしなかった。
周囲は田んぼや畑ばかりで、道はほとんど一本道だった。こうして見渡してみるとやはり田舎である。しかし、こういった地域でひっそりと過ごすのも、悪くはなさそうだな。と、光一はひっそりと思った。
手をつなぎなおす度、光一の心は弾んだ。おそらく、悠月もそうだったと思う。パンを持ってきたのも決して無駄ではなかったなと、光一は密かに思った。
「あ、明かりだ!」
学校を抜け出して一時間ほど歩いた頃だろうか。ついに、小さな光が見えた。二人はスピードを上げて進むと、光の数は増え、数件の民家が見えてきた。
いよいよシャバの飯が食えるのか。さっきまでとはまた違った興奮が、光一の中に湧いてきた。
二人は思わずつないでいた手を離して、全速力で光の方へ走った。すると、決して栄えているとは言えないまでも、小さな民家や店などが立ち並ぶ、町と呼べる場所に入った。
「うわあ、コンビニだ!」
悠月など、コンビニを見ただけでこの有様だ。しかし光一も、内心では心躍らせていた。
「おおお、落ち着け。とりあえず、飯屋を探すんだ」
二人はぐるぐると首を回しながらしばらく町を回った。久しぶりに来た外の町は新鮮で、学校の中では決して吸えない空気を二人は味わった。
そこで飲食店自体はいくつか発見したものの、このような田舎だと、遅い時間帯は営業しておらず、二人は焦りながら町中を右往左往した。そしてなんとか、一軒のさびれたラーメン屋を見つけることができた。
店が閉まる前になんとか入らねばと、見つけた瞬間に二人は猛烈な勢いで駆け込んで席に着いた。テーブル席はなく、六人分の椅子がおいてあるカウンター席だけの、こぢんまりとした店で、とても愛想のよいとは言えない年配の男性店主が一人で気だるげに厨房の椅子に座っていた。
その店主は光一たちを軽く一瞥すると、本当に言ったのか分からないくらいの声で「らっしゃい」とだけ言い、すぐさま支度に入る。
光一も悠月も普通のラーメンを注文すると、店主はすぐに調理を始めた。出来上がるのを待つ間、終始二人はそわそわしていた。空腹はすでに頂点に達していて、店主の調理過程をただただ食い入るように見ていた。
そしてそうもかからない内に、それは二人の前に出された。どんぶりから発する湯気が、二人の前で踊り、宙を舞う。九州特有の豚骨ラーメンの臭いが、二人の嗅覚を刺激した。
それに釣られ、光一も悠月も体を震わせ、乱雑に箸を掴みあげると、香りを楽しむ暇もなく、急ぐように麺を口に放り込む。
「うまいっ」
「うんっ、おいしい!」
それだけ言った後、二人は一切会話を挟まず、ラーメンを食すことだけに集中した。
……うまい、うますぎる! 学食の質素な飯とは、比べ物にならない!
麺を口に入れ、スープを飲むたびに、光一は生きる事の意義を知った気がした。この世にはまだ希望がある。自然と涙も溢れた。
しかし詰め込むような勢いで食べたため、数分もしない内に、非情にも麺と具は空になってしまった。光一は周りを見渡し、『替え玉百円』という古びた張り紙を見つける。
「すいません! 替え玉!」
「わたしも替え玉おねが……あっ」
悠月も光一と同じように威勢よく替え玉を注文しようとすると、急に言葉を詰まらせ、気まずそうに、横目でチラッと光一の方を見た。
光一は一瞬、その様子を怪訝に思ったが、すぐにその意味するところを察した。今日は光一のおごりであるため、替え玉を頼むのに抵抗があるのだろう。この時の気まずげな悠月の表情も、どこか可愛げがあった。
「せっかく来たんだ。遠慮せずに頼め」
悠月の目が潤む。
「ううっ、ありがとう。この恩は一生忘れないから……」
結局、二人はその後さらにもう一杯替え玉を頼んで、食事を終えた。
店を出ると、夜の風が光一と悠月の身を包んだ。今日味わったあのラーメンの味は、永遠に記憶に残るだろう。隣を見ると、悠月も満足げな顔をしていた。
「いやーおいしかった。ねえねえ、また来れるかな?」
悠月は物をねだる無邪気な子供のような顔で、光一に目をむける。
「ああ。だがちゃんと勉強しろよ。毎回おごるわけじゃないからな」
「はぁーい」
その後の帰り道も、悠月と手をつないで帰った。道順は想定していた以上に単純であったため、迷う心配もなかった。それに何より、文野学園の寮が高いだけあり、ここからでもよく見える。
ライトで地を照らしながら進む中、落としたパンを見つけると、二人で感動の声を挙げた。あのパンは道しるべというより、もはや宝探しという一種のレクリエーションのようなものになっていた。
そんな帰り道を歩いている途中にふと、光一は空に広がる星々を見上げる。
真っ黒の闇を背に、煌々と自我を主張している星々。その夜景は、疲れ切った十七歳の青年の心を充分に癒した。
やはり、田舎の夜空はとても美しい。都会では味わえない絶景。あの学校の中からでも見えるはずなのに、今ここで見るこの空は格別だ。なぜだろうか。
今度は隣を見てみると、悠月が同じようにして空を見上げていた。なるほど、と光一は一人頷く。
すさんだ環境、荒れた心境ではどんな絶景を見ても何も思わない。今こうして、悠月と二人で外の世界にいるからこそ、この美しい夜景は真の価値を発揮するのだろう。
帰る道中で、悠月と色々な事を話した。育った施設での出来事。好きな映画や音楽の話。彼女は自分の好きなことを話すとき、本当に無邪気な顔をする。
だが、こんな悠月でも、懲罰室では涙を見せた。悠月の涙を知る人間はこの世に自分一人だけだ。彼女を守れるのは俺しかいない。
必ず、幸せにしてあげたい。光一は再び胸に誓った。
歩いて一時間ほどが過ぎたぐらいだろうか、いよいよ、帰らなければならない悪の牙城が近くなってきた。そこへと向かう舗装された緩やかな坂を、悠月と進む。
寮の窓から見られないよう、極力、端の方に寄りながら、脱出してきた時と同じ、旧校舎裏への道へと進んだ。寮の裏のフェンスから入れば、かなり時間を短縮できるのだが、物音を立て、窓から様子を覗かれては絶体絶命だ。
二人はぐるっと西側に回り、脱走した時と同じく、旧校舎の裏からフェンスを登って、難なく学校内へと帰還した。
さあ、ここからが正念場だ。この脱走作戦で最も危険なのは、寮に戻るときである。
気を引き締めた光一が暗闇の中、静かに悠月の手を掴むと、何も言わずに応じてくれた。
「よし、いこう」
旧校舎を離れ、目的地の寮まで進む。
こうして慎重にゆっくりと進んでいると、本当に寮までの道は長い。大して生徒数が多いわけでないのに、なぜこんなに広く作ったのか、甚だ謎である。
周囲はほとんど真っ暗で、唯一見える光は、寮の窓から射す光だけ。まだ起きている人間が何人かいるのだろう。しかしその中でも特に注意すべきは八階から最上階だ。ここから覗かれることだけは絶対にあってはならない。生徒から見られるのはまだ何とかなるが、教官に見つかったら一貫の終わりだ。すぐさま駆けつけて、自分たちを半殺しにするだろう。
しかし学校へ戻ってくる道中、何度か外から寮の様子を見ていたが、教官たちのフロアはほとんどカーテンが閉められていた。おそらく大半はもう眠っているのだろう。しかし、油断はできない。
気を引き締めながら、敷地を進むと、何事も無く寮の入り口までたどり着けた。扉のガラス越しにロビーを見ても、教官が出てくる気配はない。
そっとその大きな扉をあけて、寮のロビーに入る。
もちろんここも真っ暗だったが、唯一、非常出口の案内板の光だけは灯されていたので、なんとかなりそうだった。
ここからはそれぞれ男子寮の東側の階段、女子寮の西側の階段に分かれて自分の部屋まで戻る事になる。
その別れ際だった。
「光一くん。ほんとに、今日はありがとね」
急に名前を呼ばれて、光一は驚いた。悠月から名前で呼ばれることは滅多にない。悠月の二人称は、どんな相手に対してもたいてい「きみ」なのだ。
悠月にとってどこか特別な存在になれた気がして、少し嬉しかった。
「ああ。慎重にな。ばれるなよ」
そう言って、照れを隠すように光一はくるりと背を向け、男子側の階段に向かう。
その時、突然後ろから、小さく「待って」と声が聞こえ、ギュッと腕を掴まれた。光一は反射的に後ろを振り返る。
唇に柔らかい感触があった。すぐ近くには、暗闇でも分かるほど真っ赤になった悠月の顔があり、自分の肩には彼女の手が置かれている。
状況を認識するのに、時間はかからなかった。しかし、破裂しそうなほどの胸の高鳴りは隠せなかった。
まるで、この世から時間という概念が消え去ったかのようだった。鼻と鼻がこすれ合う度に、悠月の熱を感じる。自分だけでなく、悠月の胸の鼓動さえ聞こえ、二人だけの空間に共鳴していた。そのリズムはあまりにも自然で、まるで、生まれる前から共鳴していたかのような錯覚を覚えた。
そっと、顔を離した後、お互いに目が合わせられなかった。今思うと、あたりが暗くてよかったと思う。
気まずい沈黙が続いた後、悠月が慌てながら言葉を拾った。
「じゃ、じゃあ、おやすみ。また、明日ね」
そのまま一度も振り向くことなく、速足で階段を駆け上って行った。それを見送って、自分の部屋に向かう最中、光一は地に足がつかない状態だった。
キスとはあんなに柔らかく、情熱的なものなのか。
……初めてだった。おそらく、悠月もそうだったのだろうと思う。彼女からしてきたものではあったが、決して慣れている風ではなかった。
あの一瞬の出来事で、光一の中に溜まりに溜まっていた今日一日の疲労が吹き飛んでしまった。未だに心臓は、バクバクと音を立て、顔は炎のように熱い。
完全に有頂天になり、浮かれきった光一の足取りは軽く、あまり音をたててはいけないと分かっていながらも、ついつい軽快なステップになってしまう。
そんな内に気付いたら、光一と畑の部屋である、408号室についていた。
ああ。今日の出来事を畑に話したくて仕方がない。しかしさすがに、彼ももうとっくに寝てしまっているだろう。
悶々としたじれったさが光一の中で踊った。
ああ。今日は眠れないに違いない。未だ胸に残る興奮で、完全に目が覚めてしまっている。明日の授業は相当辛いだろうが、今の俺にとって、そんなものは苦にもならない。明日も同じ教室に悠月がいるのだ。またあの可愛らしい顔で、俺におはようと言ってくれる。悠月さえいれば、どんな地獄だって耐えられる。一生この学校にいたっていい。
光一は今まさに、本当の幸せをかみしめていた。
胸に広がる幸福感を堪能しながら、ゆっくりと408号室の扉を開く。
開くと部屋は真っ暗だった。
ちっ、残念。やっぱりもう寝ているか。
少しがっかりした光一が、ドア横のスイッチで電気をつけようとした瞬間、部屋の中央、二段ベッドと机の間のスペースに、何やらひときわ大きな輪郭が目に入った。暗くてよく見えないが、二段ベッドの上部から何かがぶら下がっているようだった。
光一はそれを怪訝に思いながら、明かりをつけた。
もう一度その輪郭のあった部分を見る。
するとそこには、首を吊ってぶら下がっている畑の死体があった。
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