モーフィンタイム
地球のピンチにはいつだってヒーローがかけつける。
そんなヒーローに憧れていた。いつかなりたいと思っていた。いつかなれると、信じていた。
住宅展示場のイベントスペースにスピーカーから大音量で声が響く。
『烈火爆発! 俺達は! 爆発戦隊! ドンドンジャー!』
『ヒィ!ヒィ!』
『出たなケムーリ! お前たちの好きにはさせないぜ』
『ヒィ! ヒィ!』
「頑張れぇー! ドンドンジャー!」
『みんなの声が聞こえる! これで俺たちのパワーは一千万倍だ! 行くぞ! ドンドンバズーカ! ターゲットロック! ゴー! ドンドン!』
『ヒィィィィィィ!!』
鳴り響く爆発音。
怪人達は舞台の脇から退場していく。
『最強だぜ! ドンドンジャー!』
五人のカラフルなヒーローがポーズを取ると、かん高い声の影ナレが最後を締める。
「大活躍のドンドンジャーに大きな拍手ー!」
沸き起こる歓声。
ドンドンジャーが手を振りながらステージからはけていく。
私はマイクを握って、ステージの上に飛び出した。
「みんなー! 今日はドンドンジャーショーに来てくれてどうもありがとう! ドンドンジャーカッコ良かったね! このあとはみんなが楽しみにしている握手会があるよ! 前のお友達から順番に並んで待っててね!」
ぴちぴちのシャツに短いタイトスカート。誰でも着られる、どこにでも売っている爽やかな色の服で、私は司会のお姉さんとしてヒーローと子供達とを繋ぐ仕事に汗を流していた。
私は地元のアクションチームでバイトをしている。
魔法少女やアイドルには目もくれず、私は男の子向けの変身ヒーローに熱中した。
ヒーローになる。それが私の夢だ。
ただ、面接の日。
「君、身長幾つ?」
恐れていた質問だった。
「百四十五、です」
「だよねぇ。小さいよねぇ」
アクションチームのリーダーは野太く低い声で言った。
「うーん。ヒロインにしても小さすぎるし、戦闘員にしてもスーツがぶかぶか。いや、別にスーツは個々人が裁縫してサイズ調節するんだけど、さすがにねぇ。小さい戦闘員って、見栄えがねぇ」
「で、すよね」
私は苦笑した。
地方のヒーローショーは手作りだ。スーツは本家本元から届くが、脚本演出は毎回リーダーが、ヒーローや悪役の声はチーム所属のスーツアクターが務める。うちのチームはかなりこだわっていて、武器や悪役のスーツもリーダーが毎年手作りする。殺陣も趣向を凝らしていてファンの間で評価されているらしい。
だからこそ、私はそこに似合わなかった。
出役としては向かなかった私だが、声は人より少し幼かったからかヒロインの声を担当することが多かった。
バイトを始めて二年。MCとヒロインの声が、私がヒーローに関わることができる数少ないチャンスだ。声だけでもヒーローになれた。それだけでも充分。と、言えたら良いんだけど、やっぱりスーツは着たかった。だからこの仕事を始めたのだ。女だてらにアクションなんてと言われたこともあったけど、周りの声なんて気にならないほど好きな道がここにはあるから。
アクションの練習は欠かさず参加した。活かせる場面はなかったけど、それでも欠かさず参加した。
「スーツ着たらそんなに動けないぞ」と先輩はからかうように私を脅したが、「体感してみたいくらいです」と返して笑っていた。言ったそばから、心は泣いていたのかも知れないけれど。
ある日、練習終わりにリーダーが私を呼び出した。給料上げてくれるのかななんて少し期待をした。
事務所で、リーダーは言った。
「さっき、来年のヒーローが発表された。で、一足先にこっちにも資料が届いたんだけど、どうも今度のブルーに変身するのは子供らしくてさ」
「はあ」
「男の子なんだけど、設定上は身長百五十センチ。男のアクターが入るとちょっと身長が大きすぎるんだ」
「よくある、変身すると身体が大きくなる、的な奴じゃないんですか」
「そうじゃないんだ。寧ろ縮む」
「また随分と奇抜な……」
「だろ? それで、まあショーとしては別にそこまで身長設定を守る必要はないらしいんだけど、どうだ、お前、入ってみるか」
返答を求められるような間が空いた。私は答えられなかった。
「ブルーのスーツ入るか。ヒロインじゃなくて男役だが」
「私が、ブルー」
「ああ。……いや、別にアレだぞ、小さいってだけで選んだわけじゃないぞ。二年近く腐らず練習来てたことを評価しただけだ、それがなかったらやらせないよ。どうだ。やってみるか、念願のヒーロー」
「私が、ヒーロー……」
ぎゅーっと胸が痛んだ。
嫌な痛みじゃない。込み上げてくる喜びが心のキャパシティをオーバーして、痛みを司る神経を圧迫する感じだ。
なるべく表情に出さないよう、でも隠せないことも重々分かった上で、私はリーダーに頭を下げた。
「やらせてください!」
リーダーはふっと笑う。
「だよな。よし! 最初のショーまで三ヶ月。死にものぐるいで練習しろよ」
「はい! めっちゃ頑張ります!」
これ以上ない幸福だった。
夢が、すぐそこで手を差し伸べてくれているみたいだった。
真っ新なスーツはあまりに美しかった。白い部分も全く汚れていない。新番組が始まったこの時期にしか見られないものだ。
青。
これが私にとっての、初めてのヒーロー。もしかしたら、唯一になるかもしれないヒーロー。
司会のお姉さんの、誰でも着られる服じゃない。今この瞬間、私だけが着られるスーツ。私だけの、ヒーロー。
ステージに音楽が流れる。テレビと同じ変身音が流れて、密着したスーツが私の胸を締め付ける。
まずヒロインのピンクが出る。声は私。でも中は私じゃない。
次にブラック。次にイエロー。大トリのレッドに前に、小さな身体のブルーが可愛らしい男の子ボイスと共に登場する。
心臓が鳴った。ものすごく鳴った。面を付けた真っ暗に近い視界からは何も見えないと言ってもいい。
薄暗いステージ裏から、燦々に光る太陽の下、私は何度も繰り返しテレビで見たヒーローを演じる。
ヒーローデビューだ。
『君の心をジャックする、小さくたって無敵のヒーロー、アオジャッカー!』
光が目に飛び込んできた。
子供達の笑顔。歓声。拍手。まともに見えやしないのに、それはどんな光よりも眩しく見えた。
なれたんだ。ヒーローに。
強張った身体から余計な緊張が抜けていく。
ここからの私は、私であって私じゃない。
誰かにとってのヒーローになるのだ。
ていた。
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