01-9 光

 操作室を出て通路成りに進むと、訪問時に状況を伺った事務所へたどり着いた。

 いつの間にかすっかり日が落ちてしまっていた。


 事務所には、事務員さんが何人か残っていて、PCを使わないでできる仕事を行っていた。

 インシデントが発生したために、社内のネットワークが一時停止状態にあるためだ。


 現代では、コンピュータを使わずに業務を行うことが難しいほどに、社会とコンピュータが密接につながってしまっている。そのためインシデントで業務が止まると、企業は経済活動が行えなくなる。製造自体の停止だけでなく、取引先とのメールなどでの連絡もできなくなる。電話ですらできない場合だってある。すなわち、業務の停止に追い込まれる。

 被害が数台規模と言えども、それほどまでに従業員の方々や取引先の会社などを含む関係者ステークホルダーに影響が出ていることを目の当たりにして、インシデント発生の恐ろしさ、会社を傾けさせてしまいかねない出来事の大きさを実感してしまった。


「綾瀬さん、良かったらお茶でもどうです?」

 と事務員のお姉さんに声を掛けられる。

「え、いや、そういうわけにも・・・」

 と言ったものの、お姉さんは私の遠慮などお構いなしに、さぁどうぞと湯呑を差し出す。

 差し出されてしまっては引くに引けず、せっかくなので、と一杯いただく。


「そこの機器も動かなくなってしまったんですけど、元に戻るのかしら?」

 とお姉さんが指差した先にあったのは、件のファイルサーバ。

「まだ時間はかかるのですが、現在復旧に向けて解析中です」

 と答えつつ、そのサーバの筐体を見て気が付いたことがあった。

「あれ、これ、見たことある気がする。でもちょっと筐体のデザインが違うなぁ。もしかして『v8』かな?」

 小規模の業務用のサーバとしてはよく見かける、PCメーカーが生産しているサーバ『WRX-2000』の第8世代のものだった。現行機種としては最新で、客先常駐していた頃に『v6』と『v7』が間近にあったため、その外観にちょっとだけ見覚えがあった。


「このサーバ、いつ頃から使用しているんですか?」

「正確には覚えてないけど、2年位前からだったかな」

「その前はどうしてたんですか?」

「その前は、似たような別の機器を使ったかな」

 とお姉さんは記憶を探るように答えてくれる。

 もしかして、PCのほうはファイルサーバと同じタイミングで更新しているわけではなく、ずっと使ってるのかなと思えてきた。

「事務や製造ラインで使用しているPCは、ここ2年くらいで買い替えたりしました?」

「ずっと使っているので、特に買い替えたりはしてないかな」

 なるほど。

 もしかすると奇跡が起こせるかもしれない。


 そんな心のざわめきを感じながら事務所を出ようとしたところで、思いがけない人に遭遇する。


「京さん…なんでここに」

「状況どうかなと思って様子を見に来た。って、なに涙ぐんでるんだよ」

「涙ぐんでなんかいません。ただの汗です」

「そ、そう・・・」

「反撃のチャンス到来かもしれません」

「え?」

 困惑のリーダーを置いて、私は操作室向かって駆け出した。



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