第11話 温もり

 彼女に散々振り回され、夏休み初日はみすずさん家に泊まる流れになった。

 あのカフェを出た頃には空もすっかり夕暮れに染まり、時間が経つのが早い気もした。

 彼女の指示で春山病院まで歩いて戻ると、みすずさんが道の脇に車を止め待っていてくれた。事前にメールで連絡はいっていたのだろう。

 二人で車の後部座席に乗り込むのを一瞥して、みすずさんはいつも明る通り彼女と、いつも通り根暗な僕に「楽しかった?」と「おつかれさま」を笑って言った。その笑顔には微かに疲れも見え、看護師という仕事が大変そうに思えた。

 目的地であるみすずさん家に着いた時には、お利口なミミが玄関先で出迎えてくれた。愛猫の背中を嬉しそうに撫でる彼女。それに続いて僕も頭を撫でてやる。

 クリーム色の毛並はサラサラでほのかに暖かく、最高の手触りだった。

 ミミを抱えリビングに向かう途中、みすずさんがタイミングよく、「親友くんは包丁使える?」と囁いたので、僕は「多少は‥‥」と弱く答えた。その時はなぜか聞かれてもない彼女が一番やる気で、正直それが一番不安だった。

 

 調理に取り掛かったのはそれからすぐで、みすずさんが冷蔵庫から白菜、鶏肉、長ネギを取り出して鍋を提案した。それで僕と彼女は包丁を使うことになったのだけど、彼女が切った野菜と鶏肉がやっぱりぎこちなくて少し笑いそうになった。

 

 ダイニングテーブルの真ん中でぐつぐつと煮立つ鍋を三人で囲みながら、みすずさんが「久しぶりに鍋を食べた」と流し気味に言った。さらっと後味良く溶けた言葉。それには一人と一匹の暮らしが滲んでると思った。

 

 微笑んだみすずさんを一瞥する。脈絡もなく脳裏に母の姿が浮かんだ。

 

 あの家族で最後に鍋を囲んだのはいつだっただろう?

 

「東雲くん。ちゃんと食べないとダメだよ! いっぱい食べないと、もやしみたいになっちゃうよ。ほら、よそってあげる」

 

 そんな些細な疑問を打つ消すかのように彼女は僕のお椀に鍋の具をよそう。野菜の割合に対し鶏肉が多めだった。

 

「ありがと」

「どういたしまして」

 

 辛気臭いことを考えるのはやめよう。悪い癖だ。

 二人にぎこちなくも笑って見せる。

 すると優しそうな顔つきでみすずさんが僕の目を見る。引っ込んでしまいそうな気持ちを抑えて、僕も視線を落とすのを拒否した。

 みすずさん家に泊まりに来た回数はこれで三度目。

 やっと、それができた自分が嬉しかった。

 

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