第7話 レモンの匂い

 彼女が部屋に戻ってくると、次は僕が湯船に身体を沈めにいった。浴室からは柑橘系の甘い香りがしたけど、それはおそらくシャンプーのせいだと思った。

 

 長風呂せずに彼女のいる部屋に戻ると、「東雲くんはドライヤーしないの?」「しないよ」「やってあげようか?」「‥‥いいよ」「やっていいってことだね」というやりとりをし、その流れでベッドに座らされドライヤーで髪をとかされた。長い髪の彼女はドライヤーの使い方を熟知している感があり、「痒いとこない?」とか美容院の人みたいなことを言っていた。もしかしたら彼女の夢はそっちだったのかな、とか少しだけ考えたけど口にはしなかった。

 

 ドライヤーをあて終えると彼女は僕の隣に座った。会話の種はどれも彼女からで『お風呂で私の香りを堪能した?』から始まって、最終的に『両親を早くに亡くしたみすずさんとその兄が、しばらく彼女の家族と一緒に生活をしていたこと』を懐かしそうに話してくれた。

 

 それからはしばらく自由時間みたいな余韻があって、僕は学生鞄に忍ばせておいた新作の小説を読み進めた。彼女はその間、僕の頭を何発も殴ったあの花柄のノートになにかを書き込んでいた。少しだけ彼女が書く内容は気になったけど、「東雲くん、たまに見ようとしてるでしょ? むっつりさんなの?」と嘲笑気味に言われ、「‥‥興味ないから」と返したので、それについてはもう触れないことにした。みすずさんが一階から夕食に呼んでくれたのもちょうどその頃で、久々にコンビニで買った物以外を口にしたら、なんともいえない気持ちになった。

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