課題4 女子とラブホで一夜を過ごせ
課題4 「女子とラブホで一夜を過ごせ」
土曜日休日の朝、僕は自然な目覚めで清々しい気持ちで起き上がった。
上半身だけで伸びをし、「んんんん!」と喉から声を出す。
僕はまだ昨日の出来事に腑に落ちていなかった。
なんで慎二は僕が女子更衣室にいると分かったんだろう。
しかと、慎二は、僕が何故女子更衣室にいた理由も聞いてこない。もしかしてそれすらも知っている?だから助けてくれたの?
僕は昨日の帰り道、それを慎二に聞こうか迷ったが、結局怖くてできなかった。
「加世堂 真人、今日の課題を発表する」
僕が考え事をしている最中だというのに、疫病神はお構い無しに鬼畜課題を出してくるつもりらしい。
まあでも考えたからといって僕は慎二の考えていることなんか分からないんだろうけど。
「今日は学校休みだけど、まさか学校に行けとは言わないよね?」
今までの課題は全て舞台が学校だったので、もしかしたら課題は全て学校で行われるのではないかと不安に思っていた。
「いいや違う」
疫病神が太い首を横に振る。
「じゃあ今日の課題は?」
僕は心の中でイージーであってほしいと神様に祈願した。
「女子とラブホで一夜を過ごせ」
神様は僕を裏切った。
1階のリビングに降りると、妹の真美(まさみ)が女子とは思えないだらしない格好でソファにてくつろいでいた。
「あ、お兄ちゃんおはよ〜」
真美は僕の方ではなく、スマホの画面を見て話しかけた。
「おはよう、お母さんは?」
見たところによると、リビングには真美しかいなかった。
いつも土曜日のこの時間は、韓ドラに出てくるキム・スヒョンに釘付けになっているのだが、今日はそうではないらしい。
「友達と食事だってさ」
そう言うと、ゲームのガチャでレアキャラが当たったのか「やった!」とガッツポーズを決めていた。
「そうなんだ」
台所の冷蔵庫から麦茶の角ポットを取り出し、コップに注ぎそのまま一気飲みした。
食卓に座ると、早速今回の課題の攻略法について考えた。
女子とラブホテルなんて...僕はまだ16歳だしそんな所には行けないんじゃないのか?...そもそも誘う女の子もいない。
一瞬頭の中に夏川さんの顔が思い浮かんだが、すぐに払い消した。
僕の一方的な片思いでそんな卑猥な場所に誘うわけにも行かないし、それに夏川さんには好きな人がいる。
夏川さんは疫病神がまだ彼女にとりついていない時、好きな男子に擦り付けられたのだ。
その男子に僕は思い当たる節がなかった。
「って嘘!?ちょ、まじ!?」
突然真美がソファから立ち上がり、声を荒らげた。
「ど、どうしたの?」
何事かと思い、そう訊いた。
「明が出会い系で知り合ったおっさんからお金もらったって...」
須藤 明(すどう あかり)ちゃんとは真美の昔からの友人で、僕とも顔見知りだった。
「え!?明ちゃんが!?でも出会い系って18歳未満禁止じゃなかった?」
真美は今中学2年の14歳で、多分明ちゃんも同じだ。
「そんなもん偽ったらどうとでもなるよ、問題なのはおっさんからお金もらってること!」
真美が怒りと心配が混じりあった顔で声を上げた。
「それってつまり卑猥なことをしてお金を貰ってるってことだよね...?」
「そうとは書いてなかったけど...」
真美のそうでないと信じたい気持ちが伝わって来る。
「明、そう言えば欲しい服があるって言ってた、お小遣い少ないしまだバイトも無理だから...でも明はそんな体を売るような子じゃない!」
真美の言う通り僕の知る明ちゃんは、ほしい服なんかのために体を売るような子ではなかった。
大人しくて誰にでも敬語を使う大和撫子代表のような子だ。
もしかしたら思春期を迎えて変わってしまったのか。僕が最後に明ちゃんと会ったのは2年前、彼女がまだ小学六年生の頃だった。
もしそうだったとしても、僕はとても信じられなかった。
「きっと何か別の理由があるはずだよ、じゃなかったらおかしいよ」
慰めの意味も込めて僕はそう言った。
真美が「うん」と小さな声で頷く。
そして僕は出会い系サイトを使うことにした。
僕は心臓をバクバクいわせながら、夜の繁華街を歩いていた。
周りには見慣れない水商売の女性やホスト、柄の悪い男達がいて少し怖かった。
でも、この心臓のバクバクはそれが原因ではない。
今僕は出会い系サイトで知りあった女の子とある場所で待ち合わせをし、そこに向かっていた。
出会い系を使おうと思ったのは真美の話がきっかけである。
明ちゃんが使っていると聞いて心配し、かつ僕はその手しかないと思い、真美に申し訳ない気持ちがありながらも渋々使うことにした。
もちろん18歳未満禁止なので、僕は18歳の大学生という設定で通っている。
今から会う女性の年齢は、18歳の2つ年上の方で紫の髪だという。
紫と聞いて頭の中でまた夏川さんを思い浮かんだが、すぐに抹消した。
待ち合わせの午後9時の10分前、待ち合わせ場所の広場につき、緊張がピークに達する。
その女性は紫色の髪だからすぐ見つかると言っていたが。
僕は辺りを見渡した。
紫...紫...紫...
心の中でそう唱えながら、周りの人の頭を一瞥していく。
あっ、い、いた!
後ろ姿で夜だったが、髪色が紫だということは見て分かった。
そして、その女性の美しさは後ろだけでも醸し出ていた。
丁度いい細さに、僕のドストライクなナチュラルな服装。髪型は名前は分からないが後ろにまとめられ、両サイドに数本の髪がひらりといい感じにたれている。
僕はぎこちない歩き方でそこまで行くと。
「あ、あのー...」
かなり間抜けな声が出てしまった。
そんな声でも女性は反応してくれて、こちらを振り返った。
同時に目が飛び出すと思った。これがギャグ漫画だったら絶対飛び出していたと思う。
なぜならそこには...
「なななななななななななな夏川さん!?!?!?!?!?」
そう夏川さんがいたのだ。
夏川さんも驚いたようで目が宇宙人のように見開いた。
「え、え!?加世堂くん!?!?」
僕には勝らないが、かなり動揺しているようだ。
紫色の髪...僕が出会い系で話していたのは夏川さんだった。確かに一瞬夏川さんを思い浮かべたが、それは紫色の髪という関連性で結びついただけで、一切相手が夏川さんだとは思っていなかった。
こ、こんな偶然あるの?
それに僕と同じ年齢を偽ってまで出会い系をしていたのだ。名前は山本だったが偽名だろう。僕も偽名を使って登録していた。
背中が痒くなるような沈黙が数秒訪れた。
「あ、歩こうか」
僕は何か言わないと焦り、悩んだ挙句結果はこんなことしか言えなかった。
「うん」
夏川さんが頬を赤らめながら頷いた。
そうして僕が歩き始めようと振り返った時、丁度歩行人と肩がぶつかってしまった。
「あ、すみません」
50代くらいの肥えたおばさんだった。
僕は謝罪したが、おばさんとは目が合うだけで何も無かったように歩いていった。
か、感じ悪いおばさんだな...
僕は歩き去っていくおばさんの後ろ頭を見据えた。
おばさんの髪は、美しい紫髪の夏川さんとは違って、猛毒のような紫色だった。
数分間、お互いなにも口を開かないまま目的地のない散歩していて、沈黙が続いていた。
そして僕は緊張しながら考えていた。
なんで夏川さんは出会い系をしたんだろう。
夏川さんには好きな人もいるはずだし、年齢を偽ってまでこんなことをする必要があるのだろうか...
その時、今朝の明ちゃんの話を思い出した。
そんなことは考えたくもないけれど。
お金のため?
でも夏川さんも明ちゃんと一緒でお金のために体を売るような真似はしないはず...
僕は夏川さんになぜ出会い系をしたのか聞こうか迷っていたが、先に夏川さんが口を開けた。
「そ、その...いつから私を好きだったの?」
僕は思わず足を止めた。
「へ?」
夏川さんの出会い系の動機しか考えていなかったので、僕は意表をつかれた。
なななな、なんで今その話を!?てか夏川さん、僕が夏川さんのことが好きなこと覚えていたの?疫病神が離れて、その記憶は消えているとおもっていたけど、そこは消えていなかったの?
僕はそれについて詳しく聞こうと、後ろを歩く疫病神を振り返り見るが、今夏川さんも人もいるので聞けないことを思い出した。
「え、私のこと好きなんでしょ?」
夏川さんが僕の少し前で止まり、こちらを振り返って首を傾げた。
彼女の顔がまたリンゴのように赤く染まっている。
「す...す...」
きっとこれは、今まで好きでも告白できなかった臆病な僕に神様が最後のチャンスをくれているのだと思った。
僕はついに大きな壁をぶち破った。
「す、好きです...入学式の時から」
僕の告白に、夏川さんはさらに顔を赤くした。
でも多分今の僕の顔は夏川さん以上に赤いと思う。
夏川さんが視線を斜め下にしながら口をごもごもとしているようだった。
その様子を見て僕は思い出した。
そう言えば、夏川さんには好きな人いるんだっけ
夏川さんと二人きりで浮かれていたので忘れていたけど、彼女には好きな人がいるのだ。
現実に引き戻され、急に地獄に落とされた気分だったが、僕は天国に瞬間移動した。
「私も加世堂くんのことが好きです」
誰か時間を止める特殊能力発動したの?
っと思うくらい世界が止まっているように感じた。
僕が困惑と幸福でなにも言葉がでないでいると、夏川さんが代わりに口を開いた。
「私は最近、加世堂くんのことが好きになったんだけどね」
夏川さんが赤い顔と心臓が貫かれる笑顔で言った。
「さ、最近僕のことを...?」
ようやく僕の金縛りが解除された。
夏川さんが頷く。
「ほんとに最近、三日前くらいからかな」
思った以上に最近すぎて僕は驚かずにはいられなかった。
しかも三日前と言えば、夏川さんが僕に疫病神を押し付けてきた日でもある。
その日から夏川さんが僕のことを好きになったというの?
「で、でもなんで僕を好きになったの?」
僕は理由を聞かずにはいられなかった。夏川さんはまだてっきり好きな人がいると思っていたし、それに誰だって自分を好きになった理由は知りたいはずだ。
夏川さんは恥ずかしいのであろう、すぐには話そうとしなかった。
「な、なんかね?別のクラスの友達が私と加世堂くんが屋上でキスをしてる所を校舎の窓から見たっていうの、私はその時、見間違えだって言ったんだけど、その子は絶対に見間違えじゃないって言ってたし、私もそう言えばなんでか忘れたんだけど、加世堂くんと屋上にいたことは覚えてるし、もしかしたらキスの衝撃で記憶が吹っ飛んじゃったのかとか馬鹿みたいなことおもったりしてね?それでずっと加世堂くんの事考えていると、その...だんだん好きになっていったといいますか...」
僕はその友達に全力で感謝した。
そして、ようやく今まできくことが出来なかった疑問を教えてもらう時がきた。
「でも夏川さんって好きな人いたよね?」
夏川さんに疫病神を押し付けた相手のことである。もちろん夏川さんもその男子も疫病神のことを覚えていないだろうけど。
「え?いないよ?高校に入って初めて恋した相手は加世堂くんだよ?」
え、いない?もう好きではなくなったのではなくて?
でも実質、夏川さんは好きだったはずの男子から疫病神を貰ったはず。
疫病神を擦り付ける方法は自分のことを恋愛の意味で好きである人にキスをすることだから、必ず好きな人はいたはず。
記憶がその部分も無くなっているの?僕に疫病神を押し付けると同時にその男子のことを想う気持ちを忘れてしまったの?
僕はそれを確かめるために疫病神に聞きたいのは山々だが、今はできない。
「あ、そ、そーなんだ!夏川さん可愛いからモテるし、好きな人もいるかと思ってた」
僕が可愛いと言ったからか、またまた夏川さんの顔が紅潮する。
「か、加世堂くんはなんで私のことを好きになったの?」
今度は夏川さんが僕にきいてきた。
言葉にするのは恥ずかしいけど、告白した後ならなんでもさらけ出せる気がした。
「一目惚れだった、夏川さんを見れば見るほど好きになって」
自分でも言ってて段々恥ずかしくなってくる。
「も、もうっ...恥ずかしい...」
夏川さんが両手を両頬に当て、恥ずかしそうにする。
や、やばい...可愛いすぎるよ...
こんな可愛い子が僕と両想いなんて今でも信じられない。
これってもう僕達は恋人同士なの?
お互い好きって分かれば恋人ってことになるのかな...でもよく小説では付き合ってくださいってちゃんと言ってるし、言った方がいいよね?
「ぼ、僕と付き合ってくれますか?」
今思った事だけど、告白する時に敬語になるのってありがちなのかな?
そんなどうでもいいことを思い浮かべとかないと、恥ずかしすぎて死んでしまいそうだった。
「はい」
夏川さんは世界で1番素敵な笑顔を見せてくれた。
そして僕は思い出した。
課題のことを...
もうすぐ夜の10時だ。あと2時間以内にラブホテルに行かないと、せっかく付き合うことになったのに死んでしまう。
そうなったら絶対僕は世に未練を残し、霊体化するだろう。
出会い系サイトを始めた時はこうなるとは全くも予想をしていなかったが、こうなった以上もう夏川さんをラブホテルに誘うしかなかった。
「夏川さん」
「どうしたの?加世堂くん」
「ラブホテルに行こう」
夏川さんはもう男梅になっていた。
「かか、加世堂くん?ほ、ほんとにら...ラブホテルに行くの...?」
夏川さんが『ラブホテル』と口にしようとするだけで、恥ずかしがるのが可愛かった。
「うん」
「でも私たちまだ付き合い初めて10分も経ってないんだよ?いくらなんでも順番ってものが..
.」
夏川さんの言うことは正論だ、間違いない。本当のお付き合いなら、いきなりラブホテルなんかは行かない。デートから始まって手を繋ぐようになり、キスをする。ラブホテルはそれからだと思う。
それなのに僕達恋人はまだデートも手も繋いでいない。これがデートかどうかは分からないけど、たまたま好きな女の子と出会い系を通して会ってデートなんてデートと言えるのかわからなかった。
でも、僕はそんな正論を真に受けていては死んでしまう。僕は今、喜びと死の狭間にいるのだ。
「確かに夏川さんの言う通り物事には順序がある。でも僕はどうしてもラブホテルに行かなくちゃならないんだ」
僕は真剣に言った。
「ど、どうして?」
また僕は理由を考えていなかった。ここで狼狽えてしまっては下心丸見えとバレてしまう。いや下心は本当にない、そう思われてしまう。
なにか、なにか理由!!!
「じ、実はさ、お母さんと喧嘩して家追い出されちゃって...泊まるとこ探してたんだけど、普通のホテルはお金が高いから無理だし、ネットカフェは規律が厳しいから深夜までいれないし、そこで安いラブホテルしかないと思ったんだけど、ラブホテルって1人じゃ入れないみたいなんだ、だからお願い、今日は僕に付き合ってくれる?」
僕はお願いポーズを決めてみせた。
「そ、そうなんだお母さんと喧嘩しちゃったんだ...ならしょうがないよね」
どうやら納得してくれたみたいで胸を撫でたくなるが、その欲望を抑える。
「ありがとう夏川さん」
「ほ、ほんとに下心とかはないんだよね?」
夏川さんが不安なのか最終確認をしてくる。
「当たり前だよ!僕は夏川さんには一生いやらしいことはしないつもりだよ!」
周りに人はたくさんいて、視線を感じるが今更恥ずかしさなんてなかった。
「そ、それもやだ...」
夏川さんが頬を赤らめながら小さな声で何かを言った。
「え?なんて?聞こえなかったよ」
「な、なんでもない!」
何故か夏川さんは怒っていたようだが、僕はそれすらも可愛いとしか思えなかった。
数分後、地図で確認したラブホテルが見えてきた。
入り口の前のピンクの看板に「LOVEピース」とキラキラとした白い文字で書かれていた。
「あれだね」
僕はスマホのMAPを閉じ画面を消して、スマホをポケットに入れた。
「な、なんかドキドキしちゃう」
夏川さんが自分の胸に手を置きながら言った。
僕は何もしないと言ったが、ラブホテルに入るということ事態がドキドキするのは確かだ。僕もラブホテル、ましてや初めてが好きな女子ということもあってかなり緊張している。
僕も心を落ち着かせようとすると、数メートル先の左角から腕を組んだカップルが出てきた。
僕はそのカップルの手前の女性のおばさんに見覚えがあった。
猛毒の髪色、ヒョウ柄の服に肥えた体。さっき広場でぶつかったマナーの悪いおばさんだった。
パートナーの方は何故か変な歩き方で、躓いた拍子に顔がちらっと見えた。
僕はその顔にも見覚えがあった。
同時に驚いた勢いで鼻水が出そうになった。
同じクラスの男子かつ同じ読書部、秋山 魁斗(あきやま かいと)くんだった。
秋山くんとは結構仲が良く部室やクラスでもよく喋るのだが、彼はかなりのイケメンで、そして厨二病である。
厨二病を知らない女子が秋山くんと実際に喋りかけに行くと、10秒も経たないうちに離れていくのを見たことがある。
言わゆる、秋山くんは黙っているとモテるタイプの男子である。
そんな秋山くんがなぜあのおばさんと...
僕は一瞬胸に引っかかることを思い出した。
僕は偽名を使い出会い系サイトに登録したわけだが、その偽名が秋山なのだ。
なぜ偽名を秋山にしたかは、ぱっと思い浮かんだ顔が秋山くんだったので、そのまま秋山にしたのだ。
これって偶然だよね?
うん、偶然だ偶然。
そう思っていると、なんと2人はそのまま僕達が泊まるラブホテルに入っていくではないか。
嘘でしょ...?
「私たちの前に先客が来たね」
どうやら夏川さんはあれが秋山くんだったことに気づいていないみたいだ。
「なんで止まってるの?」
僕は変人と野獣のカップルを見てしまった衝撃で足が止まっていたので、ラブホテルに入ることを今更怖気付いたと思われたかもしれない。
「あーいや、なんでもないよ?それじゃあ行こっか」
他人の恋愛事情なんか気にしてもしょうがないか...
そう思うようにして僕達はラブホテルに入った。
店内に入ると、そこらのビジネスホテルよりロビーは小さく壁紙が薄いピンクになっている。
右奥のエレベーターを見ると、誰かが上に上がっていくようで、多分先程の2人だろうと思う。
「いらっしゃいませ、どうなさいますか?」
若い男性の従業員がカウンターに立っていた。
「え、えーと...明日の10時にはここを出たいのですが」
ラブホテル、そもそもホテルというものに家族以外で来たのは初めてで、なんと言えばいいのか分からなかったので、適当に言った。
「かしこまりたした、では明日の朝10時には部屋の鍵を返してくるようにしてください、お会計は後払いでお願いします」
慣れた口調で、部屋の鍵を渡してきた。
それを受け取り、そこにキーホルダーとして付けられたプラスチックの中の紙に101 と書かれている。
「そ、それじゃあ行こっか」
「う、うん」
背が小さくて未成年だともバレバレで止められると心配だったが、なん楽と部屋の鍵を渡してくれた。
急に安心すると、今からラブホテルに夏川さんと2人きりで一夜を過ごすということに、心臓がドキドキしてきた。
「すごい!ベッドふかふか!」
ベッドにダイブする夏川さんを見て、僕は少し安心した。
どうやら夏川さんの不安も少しは晴れたようだった。
「ごめんね、急にラブホテルになんか誘っちゃって」
「全然大丈夫だよ、お母さんにもお友達の家に泊まるって言ってお昼までには帰るって連絡入れたし」
夏川さんがベッドの上でゴロゴロと転がる。
「ならよかった」
本当によかった。これでなんとか今日の課題はクリアだ。
初めはハードな課題と思ったが、実際やってみて今日は比較的簡単な課題だったかもしれない。今までは絶対に警察に捕まるような状況に陥ってたし、生きてる心地があまりしなかった。
それに比べ今日は最高だった。まさか出会い系をしたら夏川さんと出会ってそのまま付き合うことになり、2人で泊まることになるなんて。
僕は初めて疫病神に感謝した。その疫病神は今部屋の角っ子で横になりぐーたらしている。
「なら私お風呂入ってくるね」
夏川さんはベッドから立ち上がり、お風呂場に向かった。
「あ、うんわかった」
夏川さんがお風呂に入ると、僕は一気に疲れが込み上げてきて、そのまま大きなベッドに倒れた。ちなみにベッドはこの1台しかなく、僕はソファで寝る予定でいる。
さっきも思ったことだけど、なんで夏川さん出会い系なんかやってたんだろう。
それを聞きたいが、逆に僕が何故してたのかも聞かれそうで、なんて答えればいいのか分からなかった。
さすがに僕にも得意の言い訳が思いつかなかった。
あ、僕もお母さんに連絡しなくちゃ
メールで『慎二の家に泊まる』と打ちお母さんに送信した。
スマホの画面にメール送信完了とでると、ベッドからなにか落ちる音が聞こえた。
ベッドから起き上がり見てみると、夏川さんの鞄で、中からいろいろ飛び出していた。
僕は直そうとしゃがみこみ、化粧品やらなんやら鞄に入れ直すと、最後のひとつ気になるものを見つけた。
それは2つ折りにされた紙で、僕は悪いと思いながらも恐る恐る広げた。
そこにはこう書かれていた。
『夏川、お前は太陽だ。お前はいつも光となって影である俺を照らし導いてくれる。そんなお前に俺は惚れた。影には光が必要なんだ。だからこれからも俺の光となって照らし続けてくれ (つまりお前のことが好きだ、俺と付き合ってくれ)
午後9時、○○の○○広場でお前を待っている
暗黒の影の騎士ブラックナイト』
な、なんだこれ?
ラブレター...だよね?
最後は丁寧に()つきでどういうことか説明されてあるし...
誰のだろう、と一瞬思ったがすぐに思い当たる人物が頭に思い浮かんだ。こんな文を書くのは一人しかいない...
その時だった。
「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁ!!」
男の低い悲鳴声が、ベッドの反対側の壁の向こうからうっすらと聞こえてきた。
確か向こうの部屋は100号室だったはず。
なにかあったんだろうか...
僕はあまり良くないと分かっていても、欲を抑えきれず、ベッドの向こう側の隣の100号室を隔てる壁に耳を当てた。
『ほらほら、はやく秋山くんも脱いでよぉぉぉ』
かなり猛獣のようなおばさんの声が聞こえてきた。
思わず鳥肌が立つ。
そして秋山くんの名前が出てきて、さっきの変人と野獣カップルだと気づく。
どうやら部屋は来たもの順からと決めているらしい。
100号室がその2人なら、先程の悲鳴は秋山くんだということになる。
『や、やめろぉぉぉぉ!!!なんで俺がこんな目に!!ただ俺は夏川に告白しようとしただけなのに!!!!』
やっぱりそうだ、さっきの厨二病ラブレター、ブラックナイトの正体は秋山くんだった。
僕は続けて盗み聞きをする。
『何意味わかんないこと言ってるのよおん〜出会い系で会うって約束したじゃないん〜、紫色の髪を見つけたら話しかけてきてって、秋山くん私に話しかけてきたじゃない〜』
『で、出会い系!?俺はそんなものはしていない!!それに話しかけたのだって、紫髪だからもしかしたら夏川だと一瞬思って、太ったのかな?って思ってそうしただけでぇぇ!!!しかもなんで俺が秋山ってことしってんだよぉぉぉ!!』
秋山くんは壁の向こうで泣いていた。
『さっきから秋山くん何言ってるのかしらぁ〜、なんでわかったのってさっきも言ったじゃないん〜出会い系で私は秋山くんと会う約束をしていたからよ、それより本当にイケメンね秋山くん、私の想像以上だわ』
「人ちげぇぇぇだぁぁぁ!!!!!あっおい!やめろ!服をそんな無理やり脱がすなぁぁぁ!!!力強すぎだろぉぉぉ!!!!」
僕はゆっくりと壁から耳を離した。
そのまま僕は反対側のベッドにゆっくりと腰掛けた。
ごめん...秋山くん...
本気で彼に謝った。
やはりさっき偶然だと勝手に決めつけたあれは偶然なんかじゃなかった。
僕は事情を知らずに夏川さんの前に現れて、夏川さんは僕がブラックナイトだと思いこんだ。僕は知らない間にそれを利用してしまって、2人でそこから離れるが、タイミング悪く、そこであのおばさんが広場に到着。少し遅れてきた秋山くんが、紫髪という特徴だけで話しかけてしまって、おばさんはきっと「秋山くん?」ときいて頷いたのだろう。
僕が本当に出会い系で話していたのはそのおばさんだったのだ。18歳と言っていたが、200%嘘だろう。
本当に秋山くんはついていなかった。
そのおかげで僕は強運だったが、今となっては罪悪感でしかなかった。
しかも、秋山くんは友達で、秋山くんも夏川さんのことが好きということを知らなかったので余計にだ。
僕はそれを利用して告白して付き合うことになり、挙句の果てに2人でラブホテルにいる...
本当は秋山くんが夏川さんに告白するはずだったのに...
でも夏川さんは僕が好きだと言っていた。なら結局は振られていたので不幸には変わらないのか?いや、間違いなく今の方が不幸だ。
ごめんね...秋山くん...
僕はもう一度謝った
「お風呂出たよー」
夏川さんが濡れた髪をバスタオルで拭きながら現れた。
服装はもちろんさっきと変わっていない。
「う、うん」
真実を知ってしまい、言葉に動揺を隠しきれなかった。
「なんか、普通のホテルとお風呂が違うかったからなんか新鮮だった!加世堂くんも早く入りなよ」
「そうだね、僕も入るとするよ」
とりあえずお風呂に入って頭を落ち着かせよう。今までの疲れがまだ取れていないせいか、今日は体も重い。
僕は洗面所で服を脱ぎ、そのままお風呂に入った。
確かにお風呂場には何に使うのか全くわからない物で溢れていた。
湯船を入れるのは時間がかかるので、僕は頭と体だけを洗ってシャワーを浴び、お風呂場から出た。
バスタオルを取り出し体を拭いていると、秋山くんと思われる声が聞こえてくる。
しかし、聞こえてくるのは100号室の方からではない。夏川さんがいる目の前の扉の先の部屋から聞こえてくるのだ。
僕はなにかあったのかと思い、体も頭もじゃっかん濡れたまま、バスタオルを下半身に巻き、急かされるような気分で扉を開けた。
「どうしたの!?なにかあったの!?」
そこには、パンツ一丁の秋山くんが半泣き状態で夏川さんに怒りをぶつけているようで、さらに驚いたのは、下着姿の明ちゃんが地面に座っていたのだ。
「え、ちょ、どういう状況なの?」
せっかく落ち着いた頭の中が再び混乱した。その1番の原因はやはり明ちゃんである。
なんで明ちゃんがいるの?
「お、おい真人!!!お前一体何してくれてんだよ!!」
秋山くんが半泣き激おこ状態で僕に叫んだ。
「落ち着いて秋山くん!とりあえず加世堂くん、なんでこうなったか説明するね?」
「う、うん、是非お願いするよ」
僕は全く頭がついて行けなかった。
夏川さんは僕がシャワーを浴びている間の経緯を全て説明してくれた。
夏川 有紗 目線
加世堂くんがお風呂に入ると、私は鞄からあの手紙をすかさず取り出した
もう一度私はそこに綴られた文章を読み上げると、やっぱり違和感しかなかった。
本当にあの加世堂くんがこんな厨二病爆裂のラブレターを書いたの?あの大人しい加世堂くんが...?
んーーと手を顎に当て考えていると、なんだか外が騒がしい事に気づく。
「おい!おい!このドアを開けてくれ!頼む!早くしてくれ!」
ここの部屋のドアを激しく叩かれたもんだから、私は思わず肩がビクッとなった。
え、な、なに!?
私はかなり戸惑いながらも、ベッドから移動して、鍵を開け扉を開けた。
その途端、勢いよく1人の男性と女性が部屋にダイブするかのように突っ込んできた。
「早く閉めろ!」
「え?」
私は何事かと、外の廊下の左右を確かめると心臓が飛び出しそうになった。
左からは、私と同じ紫髪の大阪のおばちゃん風の人が、右からは明らかにカタギではないいかつい男の人が両サイドから猛ダッシュでこちらに走ってきたのだ。
私は怖すぎるあまり、扉を勢いよく閉めドアに鍵を開けた。
間一髪間に合ったようで、外からイカつい男の声で「おい!開けろ!ぶっ殺すぞ!ゴラァ!!」と聞こえてさっきよりも激しく扉が叩かれた。
音が激しすぎるもんだから、壊れるんじゃないかと心配したくらいだ。
声がしたのはイカつい男だけじゃなかった。
「秋山くん!逃げんじゃないわよ!こらぁ!開けなさい!!」
先程のドスの効いた大阪のおばちゃんだ。
「おいババア!てめぇ邪魔だ!どけぇ!」
「あん?なにあんたヤクザ?そんなもんで私がビビるとでも思ってんのかい?」
「あ?てめぇ舐めた口聞いてると日本海に沈めるぞぉぉ!!」
「やってみなさいよ!」
ドアの前で、まさかのおばちゃんとヤクザらしい男が喧嘩をし始めた。
まだ外は騒がしいが、ようやく扉を壊されずにすんだ。
「助かったぜ、サンキューな...ってお前...」
安堵の息を漏らしながら、私が2人の方を振り向いた。1人は上下、下着姿の中学生くらいの女の子、もう1人はパンツ一丁の男が汗だくの顔でこちらを指さしていた。
私はその男の人の顔をしっかり見て、思い出した。毎日見てるはずなのに、今の状況のせいで顔がわからなかったのだ。
「あ、秋山くん!?どうしてここに!?しかもその格好...」
「それはこっちのセリフだ!なんでお前がラブホテルなんかに!」
「そ、それはちょっと...色々あってね」
加世堂くんとラブホテルにいることがバレると色々問題になると思い真実を隠した。
「それになんでお前広場に来てくれなかったんだよ!そのおかげで俺すげぇひでーめにあったんだぜ!?」
秋山くんが目と鼻から滝のように水を流しながら言った。余程のことがあったんだろう。
「ちょっと待って、広場に来てくれなかったってどういうこと?」
広場にはいた。加世堂くんから貰ったラブレターにそこで午後9時に待つよう言われていたからだ。
しかし、秋山くんからそうは言われていない。でもさっきの言い草じゃ、まるで秋山くんも広場で私を待っているかのようだった。
「俺からの愛のメッセージ受け取っただろ!?!?そこに午後9時広場で待つようも書いていた!!でもそこに夏川はいなくて代わりにいたのはさっきのババアだぁ!!」
私は混乱した頭を精一杯フル回転させて思考を巡らせた。
愛のメッセージ?ラブレター?秋山くんが私にラブレターを送ったってこと?じゃ、じゃああれは加世堂くんのラブレターではない?
私はさっきのラブレターの文章を思い出した。あんな読むだけで恥ずかしい厨二病のラブレターを加世堂くんが書くわけがないと、どこがで思っていた。
「あ、あれ秋山くんだったの?ブラックナイトって...」
「俺だよ!ブラックナイトは俺しかいねぇぇだろぉぉ!?なんで気づいてくれないんだよぉぉ!」
秋山くんはブラックナイトが自分だと気づいてくれなかったことにひどく悲しんでいた。同時に、最後にしっかりと秋山 魁斗と書いておくべきだったと後悔しているようにも見えた。
「ご、ごめんね...秋山くんが先に私のところに来てたらわかったんだけど、それより先に加世堂くんが来たからついブラックナイトは加世堂くんだと...」
「か、加世堂...?真人のことか?え、じゃあもしかして今シャワー浴びているのは真人なのか...?」
つい加世堂くんの名前を出してしまい、しまった、と思ったがどうせバレることだった。
それに気づかれていないと思っていたが、どうやら秋山くんにはシャワーの音が筒抜けだったみたいだ。
同じ読書部の友達の名前が出てくるとは思っていなかったみたいで、ポカンとしている。
「うん...加世堂くんが来て告白もされたから...余計ブラックナイトが加世堂くんって思っちゃって」
「へ、へ?告白?いやまてまて...落ち着け俺、考えろ...」
秋山くんは困惑した面持ちで頭を抱えベッドに座り込んだ。
「あ、あの...その加世堂 真人さんって大人しそうな男の人のことですよね?」
さっきから私たちの会話をしゃがみこみ黙って聞いていた女の子が、初めて口を開いた。
「え、君加世堂くんを知っているの?」
女の子は下着姿の自分を両手で隠しながら、コクリと頷いた。
「私の友達のお兄さんです、最近会っていないのですが、小学生の時はよく私と遊んでくれました」
まさかラブホテルで出会った中学生くらいの女の子が加世堂くんの知り合いだとは思わなかった。
なんという偶然だろう。
「ま、待て!そうか...多分そうだ...」
さっきから頭を悩ませて何かを考えていた秋山くんが、閃いたように口を開いた。
「どうしたの?」
「多分真人は出会い系サイトを使っていた...そのサイトで登録した名前が多分秋山だったんだ、俺が広場に行った時、紫髪のババアがいて、話しかけたら俺が『秋山くん?』と確認してきた。それでそのおばさんが紫髪の人を見つけたら話しかけてきてと言っていたみたいだから、多分真人はそれを夏川だと思い込んで話しかけて、おばさんは俺を出会い系の秋山だと思い込んでこんな最悪な食い違いが起こってしまったんだ」
私はすぐに秋山くんの言うことを理解出来なかった。一番分からなかったのは加世堂くんが出会い系サイトを使っていたことについてだ。本当にそうだとすれば何故出会い系を...?でも私が「いつから私のことを好きなの?」と聞いた時、顔を真っ赤にして私のことをずっと前から好きだと言っていた。あれが嘘だとは思わない。もし嘘だとしたらペテン師だろう。考えれば考えるだけ頭が迷宮に迷いんでいく。
「か、加世堂さんは出会い系サイトを使うような人ではありません、多分きっともっと理由があるはずです」
私もこの女の子と同じ考えだった。あの大人しい加世堂くんが女に飢えていると思う方が難しいくらいだ。
「そ、それでもなんで夏川が真人とラブホにいるんだよ!!!」
「そ、それは...」
私がなんて言えばいいのか困っている時に、タイミングが悪いのか良いのか、お風呂から急ぐように加世堂くんがバスタオルを下半身に巻いて飛び出してきた。
加世堂 真人 目線
「そ、そんなことが...」
顛末を聞かされ、まるで小説みたいな展開だとおもってしまった。
「か、加世堂さん、私...」
夏川さんにせめてにとベッドのシーツを体に巻かれた明ちゃんが、何か言いたそうに訥々とした。
「明ちゃんは何があったの?真美から聞いたよ、出会い系を使ってお金をもらったって...」
明ちゃんはゆっくりと口開けて事情を説明してくれた。
「私の家には父が残した莫大な借金があるんです...でもその父は首吊り自殺をしてしまって...闇金の人達は代わりに私とお母さんからお金を返してもらうよう言ってきました。それでお母さんは水商売...私は援助交際をしてお金を稼げって言われて...お母さんは闇金の方に私だけ働くから娘には何もさせないでと言いましたが、闇金はそれを聞きませんでした。それで私も出会い系を使って援助交際を初めました。...先日はコスプレとかさせられるだけでお金をもらったんですが...でも今日は闇金の人自身が私をホテルに連れ込んで無理やり変なことをしようとしてきました...私はそれで怖くなって部屋を飛び出しました。そしたら丁度向こう側からパンツ1枚の秋山さんが走ってきて、何故かなにも話していないのに意思疎通しあって、隣のこの101号室に助けてもらおうとしたんです」
明ちゃんの瞳から涙がこぼれ落ちた。
明ちゃんにそんな多額の借金があるのは初めてしった。多分今朝の様子では真美はそのことを知らないだろう。明ちゃんは真美に心配をかけたくなかったからだ。
いや、でもそれなら今朝のような連絡はしてこない。
「ねぇ明ちゃん、どうしておじさんからお金を貰ったことだけを真美に伝えたの?」
「実はそうやれと闇金の方に言われたんです、真美ちゃんも参加させたらもっと稼げるからって。でも私はそこまで送信した後、闇金の人がどっか行ったので、そこからのことは言いませんでした」
僕はこれでやっと理解できた。やはり明ちゃんは自分の欲望だけのためなんかで体を売ってはいなかった。ちゃんとした理由があった。借金があって素直には喜べないけど、明ちゃんが2年前の明ちゃんでいてくれただけで嬉しかった。
「おい真人、今度はお前が出会い系をしていた理由を答える番だぜ?」
秋山くんが不機嫌な様子で僕に問い詰めてくる。夏川さんも明ちゃんも不安そうで知りたそうな面持ちで待ち構えている。
「そ、それは...」
正直に疫病神の課題だとも言えず、的確な言い訳を考えていると、不意にベランダの窓扉から鈍い音が聞こえて、ビクッとなった。
4人が一斉に目線をそこにやる。
「ば、ババア!?」
「ど、どうやってそこに?」
一番驚いていたのは秋山くんと明ちゃんだった。無理もない、窓の外にはいつの間に協力し合ったのか、鬼の面でもつけているのかと思うくらいの形相でおばさんとヤクザが扉を強く殴っていたのだ。
「や、やべぇ...逃げねーと俺の童貞がババアに盗まれる!!」
きっと秋山くんにはそれが死ぬのと同じレベルくらいの恐怖なんだろう。
「た、多分隣の部屋のベランダからこっちのベランダに飛び移ったんだ、窓を突破される前に外に逃げよう!」
僕が先陣をきって、走り出し廊下に出たところで、それを止めてきたのは疫病神だった。
「加世堂 真人、ここから出ると課題クリアにはならないぞ」
僕は金縛りをかけられたみたいに足を止めた。
急に立ち止まったことに、3人は僕の前を少し走り去った後で、それに気づいた。
「おい真人!急に止まってどうしたんだよ!?」
「早く逃げないと捕まっちゃう!」
「加世堂さん?」
「ダメだ、外には逃げない...」
僕は下に俯き次の一手を考えながら言った。
「は!?外には逃げねーってじゃあどこに逃げんだよ!?」
秋山くんがバンツ一丁で声を荒らげる。周りがこの光景を見たら通報されるに違いないだろう。
「外に逃げるのは敵の思う壺だよ。あえて3人は100号室のベッドの下にでも隠れていてくれないか?」
「か、加世堂さんはどこに?」
明ちゃんが心配そうな顔で胸の前に両手を組む。まだシーツを体に包んでいる。
「僕はあの2人をここから追い出すよ」
「追い出すってどうやって...」
秋山くんが自信なさげに声を漏らす。
「加世堂くんを信じよ!」
夏川さんは明ちゃんと秋山くんを促せるように100号室に入れさせる。
「絶対帰ってきてね?」
「うん!」
僕に心配をかける夏川さんにできるだけ不安にさせないよう僕はむずと頷いた。
夏川さんが100号室に入るのを確認すると、廊下の天井に吊るされた時計を見る。11時50分、10分後僕がラブホテルの外にいたら死んでしまう。
深呼吸をして、僕は廊下の突き当たりにあるエレベーターまで走った。
下ボタンを押し扉が開き、中に入ると直ぐには閉ボタンを押さなかった。
今すぐ押すのは得策ではない。今下に降りたとすると、僕の存在に気付かず、夏川さん達が見つかるリスクが高まるからだ。
なので僕の存在を気づかせ、かつ全員がこのエレベーターに乗っていると思わせなくちゃいけない。
そのためには、閉ボタンを押すタイミングが全てにかかっている。
僕は指を閉ボタンに添えながら、100〜103番号室当たりの廊下らへんを凝視しづけた。
30秒後くらい、扉が勢いよく開いたのが見えた。コンマ0.3秒くらいの差で僕は閉ボタンを押す。
視界の両サイドからエレベーターの扉が中央に向かって閉まっていく。
その隙間から紫髪のおばさんとヤクザがおっかない顔で出てきて、僕と目が合った。
その瞬間に扉は完全に閉まった。
自分でも惚れ惚れするくらいナイスタイミングだった。これなら全員がこのラブホテルから逃げようとしているという考えを敵に植え付けれる。
階数が4階から1階に到着すると『チン』と合図が鳴って扉が開いた。
僕はカウンターまで急いで行くと、さっきの若い店員さんが僕のバスタオルだけの姿をみて、目を少し見開いてた。
「ど、どうなさいましたか?」
「お、お願いします、後で紫髪のおばさんとヤクザ顔の男の人がここにやってきます。多分2人はあなたに4人はどこ行ったと聞いてくると思うので、もう既にお会計を済ませ出ていかれましたと伝えてください!」
若い店員さんは少し無表情で、何を考えているか読むことができなかった。ここで断られたらもう終わりだ...お願い...
「はい、いいですよ」
若い店員さんは無表情から優しい笑を浮かべた。
「え、いいんですか?」
僕はこうもあっさり承諾してくれるとは思ってなかったので、少し呆気に取られた。
「ええ、早く隠れないと、ほら、もう下に降りてきてますよ?」
店員さんが指でエレベーターの階数を指した。僕はその指を辿ってエレベーターの階数を見るともう2階まで来ていた。
僕は急いで「すみません」と一言かけ、カウンターの裏にしゃがみ隠れさせてもらった。
同時に『チン』と合図が鳴って扉が開くのが音でわかった。
慌てた足音が近づいてくる。
「おい!ここに4人来たはずだ!どこいった!?」
「秋山くんはどこ!?!?」
ヤクザとおばさんの声がミックスして聞こえた。
「え、えーと...先程の4人のお客様なら既にお会計を済ませ出ていかれましたよ?」
困惑した演技も完璧だった。もしかしたら演劇部でも入っていたんじゃないかと思うほどだった。
「ちっ!もう逃げやがったか!須藤の餓鬼...借金から逃げれると思ったら大間違いだからな...」
「絶対に秋山くん逃がさないんだから」
2人がラブホテルの出口から飛び出していくようだった。
「もう行かれましたよ?」
僕はカウンターから姿を出し、胸を手でなでおろした。
「あ、ありがとうございます、お会計はちゃんと明日の朝払うので」
「はい」
若い店員さんが落ち着くスマイルを見せた。これが大人の雰囲気というやつなのか。
「でもどうして匿ってくれたんですか?」
助けてくれとこっちが頼んだが、初対面の客に、後で自分にも危害が起きるかもしれないというのにそうしてくれたことに疑問に思った。
「私この仕事してもう5年くらいなるんですが、様々なお客さんを見てきました。今日訪れたさっきのおばさんとヤクザと一緒にいた人が、無理やり連れてこられたってことくらいは顔を見たら分かりましたので」
人間観察力に優れたこの紳士のような男の人に、僕はどこかの誰かに似てるなとおもってしまい、思わず笑がこぼれた。
100号室のドアを最後の力を振り絞り開ける。
「加世堂くん!」
部屋の中にいた夏川さんと明ちゃん、そして秋山くんが僕の元に駆けてきてくれた。
「おい真人!大丈夫だったのか?」
「加世堂さん、戻ってきてくれてよかったです」
秋山くんと明ちゃんは、自分の部屋に戻って服を取りに帰ったのか、もう下着姿ではなかった。
「なんとか2人をホテルから出してきたよ...」
ちょうど時計を見ると、短い針と長い針が12で重なった。
「加世堂 真人、四つめの課題クリアだ」
後ろの廊下で佇む疫病神がそういった途端、一気に疲れがこみ上げてきて倒れそうになった。
「ふっ、さ、さすが俺のライバルでホワイトナイトだな...でも一体どんな魔法をつかったんだ?」
秋山くんが手を顔に持ってきて、厨二病独特のポーズを決めた。
「ご、ごめん秋山くん、その話はまた明日...僕ちょっと疲れたからもう寝るよ...」
僕はそのまま大きなベッドに倒れ込んでしまった。
魔法のように、僕は一瞬で眠りについた。
疫病神 池田蕉陽 @haruya5370
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