第4話 至高の味噌汁

 ――一体どれくらいの日にちが経過しただろうか。


 あの宣言以降、俺の日常に少し変化が起きた。


 それは――放課後に味噌汁を自作し、試行錯誤をしながら自分なりの〝至高の味噌汁〟作りを始めたという事だ。

 帰りにスーパーで出汁に使う具材や味噌汁にいれる具、そして足りなくなったら味噌を買い足し、家で味噌汁を作るという学生ではよほどな事が無い限りやらないようなことを俺は日々やり続けた。

 味噌汁を作っては、あれほど毛嫌いをしていた自分の右腕から出す味噌汁を飲み、自分の作った味噌汁がお粗末なものだと嘆きながら毎日を過ごした。

 

 正直俺の日常の大半が〝味噌汁〟という単語で染め上げられていた。

 その弊害なのだろうかどうかは知らないが、気づかないうちに俺の語尾が「~味噌汁」になっており、たびたび思いつめた顔で「鰹節、昆布、煮干し」と出汁に使う具材を小声で連呼しまくっていたらしい。

 そのことを蓮人から聞き、その蓮人から肩をポンと叩かれ「お前大変そうだな」と可哀そうな人を見るような眼で見られた。

 ――まあ、そのあとに思いっきり蹴りを入れてやったが。



 そんな日々が過ぎ――――――



「という事で俺なりの〝至高の味噌汁〟ができたから食べてみてくれ」

「ついに作り上げたか! 和太よ!」


 いつもの屋上で俺たちはいつものように昼食を広げ始めた。

 俺は持ってきた弁当と共に、作り上げた〝至高の味噌汁〟の入った水筒も弁当の前に置く。

 蓮人は毎度のごとく紙コップを取り出し「今日もよろしく」と俺の前に差し出した。


「だから今日はお前に味噌汁の飲み比べをしてほしい」

「ああ、分かった」


 俺は持参してきた水筒の蓋を開け、二つ用意された紙コップのうち一つにいつも通り右手から味噌汁を注ぎ、もう一方に俺が作り上げた〝至高の味噌汁〟を注ぐ。

 右手で注いだ味噌汁はいつものごとく温かく、もう一方の〝至高の味噌汁〟も保温性抜群の水筒にしたので温かい。

 やっぱり味噌汁は温かいものじゃないとな。


「おおっ! これが和太命名の〝至高の味噌汁〟か……」


 紙コップに注がれた二つの味噌汁を見比べた蓮人は、まず匂いを嗅いでから二つの紙コップを片手で持ち、飲み比べをする。

 その様子を俺は冷静に見守る。

 やがて一口ずつ飲み終わった蓮人が、


「――美味い。だけどお前の作った〝至高の味噌汁〟なんだけどさ、お前がいっつも右手から出す味噌汁よりこうなにか――突出したものが無いんだよな」

「……ああ、そういわれるのは分かっていた。だがな蓮人よ――」


 これが〝至高の味噌汁〟の完成形だ!


 俺は大声で蓮人にそう告げる。

 蓮人は訳も分からないような顔つきでこちらを向き、目を瞬きさせていた。


「俺はごく無難な味噌汁を望んでたんだ。インスタント味噌汁のように単調な味噌汁でもなく、俺の右手から出るこの他の味噌汁より突出した味噌汁よりもだ」


 出る杭は打たれる。

 この右手から出る味噌汁も例外ではない。

 いくら旨く、味が他の味噌汁よりも数段美味い味噌汁でもいずれか味に『飽き』が来る。 

 だからこそ俺はこの味噌汁を作り上げた時、歓喜したのだ。

 普通で、平凡で、無難な味のその味噌汁に。


 俺はこんな味噌汁を望んでいたのかもしれない。


「そうか、お前の〝至高の味噌汁〟を見つけたんだな」

「ああ」

「味噌汁の悩みは解決したな」

「ああ、正直お前のヒントが無ければずっと味噌汁に対してしこりという名の悩みを抱えていたのかもな」


 蓮人は何も言わず俺に新品の紙コップを差し出す。

 俺はそんな蓮人の意図を汲み取り、水筒に入っている〝至高の味噌汁〟を注ぐ。

 

 そして俺はその味噌汁を飲み、蓮人に振り向きこう言った。


「うん! 美味いっ!」

 


 



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