青春ブタ野郎は命懸け幼馴染の夢を見ない

光田光

序章 声のない幼馴染

 夏休みのある日、梓川咲太は一人江ノ島の海に来ていた。夏休みと言うこともありカップルで海に来ているのを脇目に咲太はため息をついた。

「本当は麻衣さんと一緒に来たかったんだけどな」

 今、咲太の隣には麻衣はいない。別に別れたというわけではなく、ただ単に麻衣は今日仕事があるためいないのだ。彼女がいるにも関わらず孤独に夏の砂浜を歩く咲太はある意味では世界で一番不幸な彼氏かもしれないと、そんな気分になる。

「ま、でも麻衣さん明日は仕事休みだって言ってたから久しぶりにデートが出来るな」

 歩きながら麻衣とのデートの事を考えると心がウキウキしてくるので、やはり咲太は世界で一番幸せな彼氏だと思った。

 特にすることもないので引き続き麻衣とのデートの事を考えていると、咲太は少し遠くの方で言い争いをしている男女を見かけた。少し気になったので相手に気づかれない程度に近づいていき、その横を通り過ぎた。男の方はかなりのイケメンであり身体も鍛えられていながらも細く、女の方は長い髪をツインテールにしていた。2人ともかなりの美形で大人っぽさはあるものの高校生くらいに見えた。

 その二人の前を通り過ぎて少し行ったところに咲太は腰をかけ再び遠目からその二人を見ていた。しばらく見ていると、ツインテールの女の子は言いたい事を言い切ったのか何処かへ行ってしまった。

「何というか、兄妹喧嘩みたいだったな」

 咲太はかえでと滅多に喧嘩はする事がないので詳しくわからないが、あれは兄妹喧嘩に近いと思った。近くにいるからこそ言えることがあるのと同時に近くにいるからこそ言えないことがある、そんな感想を咲太は抱いた。

「ま、でも僕には関係ない。それより麻衣さんとのデートの事考えとかないと」

 明日は麻衣に何をしてもらおうか、流石に何日も会えていないのだから少しくらいわがままを言っても良いだろうと、咲太は考えながら再び砂浜を歩き始めた。



 一人江ノ島の海で過ごしていた咲太は、流石に飽きてきたのでそろそろ帰ろうとしていた。今日江ノ島の海に来てした事といえば、砂浜を歩き回り高校生の言い争いを見て、お腹が空いたので海の家で焼きそばを買って食べた後、海で泳いだ程度の時間の無駄遣いなのではと言われるくらいの一日を過ごした。

咲太は最後に飲み物を買ってから帰ろうと思っていた時ある事に気がついた。

「あれ、財布がない…」

どうやら財布を落としてしまったらしい。しかし、咲太は今日一日を振り返りどこで落としたかの予想をしてみた。

「おそらく、海の家あたりだろうな」

他に財布を使うようなところがないので、それしか思いつかない。もしかしたら違うかもしれないが第一候補として探すのはありだろう。

咲太は海の家の近くまで行き、自分の財布を探す。

「やっぱりないか」

昼食をとったのは昼の一時、そして現在は午後の五時だ。見つからないのは妥当な気がする。それでも咲太は店員に聞いてみたりしたのだが、どこにもなかった。

「あなたが探しているのはもしかしてこれかしら」

咲太が海の家の近くで立っていると後ろから少女に声をかけられる。

「あ、そうです、ありがとうございます。 えっと、あ…」

咲太に声をかけてくれた少女は今朝、言い争いをしていたツインテールの少女だった。咲太は彼女から財布を受け取りお礼を言おうとすると、突然彼女が驚いたような声をあげ尋ねてきた。

「あなた、もしかして私の声が聞こえるの?」

咲太は質問の意図が全く理解は出来なかった。

「それは勿論、聞こえますけど…」

咲太は漠然とだが嫌な予感がした。よくわからないが何となく嫌な予感だ。

彼女は1人でブツブツ言っていたようだが、こちらをみてこう言った。


「どうやら私の声、あなた以外の人には聞こえなくなっちゃったらしいの」

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