3周目。『ポンコツ修道女は法則に気付く』
■異世界、その三■
「ぐぅぅッ!」
魔王が突然呻く。コロンと銃弾が転がった。
「何だ、この一発は……?」
勇者は、戦士と魔法使いの顔を見るが、二人はぶんぶんと首を振る。思い当たる節がない。
シスターがオベリスクの瓦礫跡から姿を消し、パーティは身も心もぼろぼろ。こんなイレギュラーにも思考がついてこなかった。
「我輩に、一撃当てるとは、今までの人間と確かに違うようだな」
魔王は青筋を立てる。
「本気を出そうじゃないか……」
いや、まじで知らねぇし。とは、誰も言い出せない。
■未来、その三■
幹太と私とシスターで、三人はベンチに座っていた。シスターは、私達が害の無い存在だと分かると、すぐ警戒を解いた。
「ねぇ、コスプレのお姉さんは、普段何してるの?」
私は、他人にずけずけと質問するタイプだ。
「こすぷれとは初耳な言葉だけど、普段はシスターをしています」
「へぇー、ほんとに役に成りきってる」
幹太君は驚きの表情を作る。少しずつ話していて分かるのは、典型的な天然系ポンコツ女子ということだけだった。
「こんな呑気な話は、してられないの。幻術解除ッ!」
先程からずっと同じ事をやっているようだが、何度も失敗だと叫び、落胆する。
「早く戻らればならないの。それとも私は夢を見ているのか。由衣様、ひっぱたいて痛いか確認したい」
「いやいや、初対面でそれはちょっと……」
幹太君は頭をかく。
「でも、自分でやったら痛いに決まってますよね?」
確かに、と頷いた私はおもむろに立ち上がる。
「分かった。えいッ!」
思いの外容赦なく振り抜く私に、シスターは驚きながら、河川敷の階段下へ、弾かれた。
■裏社会、その三■
廃ビルの最上階、空のオフィス。フィンとイーサンは椅子に縛り付けられている。
「あれ、たぶん、本物だよな」
目の前には、赤く点滅してカウントダウンする時計がある。残り15分。
「いかにも過ぎるけどな」
イーサンはため息を吐く。宝石の在処を吐けば助けてやるという言葉を残し、時限爆弾と監視カメラだけ置いて、リュウは出ていった。
「あそこで、殺されなかっただけマシだ。ヤツの銃弾が空砲になってたのは謎だが、ロスタイムが出来た」
椅子に括られた腕を外そうと、必死にイーサンは体を捩る。
「というか、フィン。そのロスタイムをその本読むのに使うか、普通?」
フィンは裸足で器用に、床の文庫を開き読んでいる。
「死ぬ前に読もうかなって」
「諦めんなよ」
イーサンのツッコミに、フィンは首を傾げながら言う。
「て言うか、なんか本の描写変わってるのが気になって読み返してんだ──」
──天井を突き破り、何か物体が落ちてきた。
「痛いッ!?」
よく見ると修道女風の人だった。イーサンは訝しむが、フィンは一目で驚愕の表情に替わり、声をあげた。
「お、お前まさか、『読みかけ転生』のシスターじゃないか?!」
「え?」
シスターは埃を払いながら答えに窮する。
「完璧なコスプレだ……ゲーム画面や背表紙で見た印象とまるっきり一緒だ」
感心するフィンに対して、怪訝な顔を続けるイーサン。
「こんなところで何してんの?」
「えーと、強いて言えば、魔王討伐中?」
フィンがその言葉に反応する。
「ラスボス戦のことか」
「まぁ、たぶんそう。でも全然攻略法が分からないの」
「なんだよ、それなら先に言えよ。俺もうクリアしたからさ」
「どういうこと?」
「だーかーらー、魔王はもう攻略したこと、あるんだって」
フィンは得意気に続ける。
イーサンから見たら、話が噛み合っているのか微妙な所だったが、シスターの瞳がぱっと明るく輝き、フィンの肩を振る。
「教えて欲しいの、どうしたら救える?」
「じゃあ縄をほどいてくれ」
「わ、分かった。すぐ解くから、ちょっと待って」
シスターが急いで落ちていたガラス片で、フィンの縄を解く。
「まず、パーティを教えてくれよ」
「勇者、魔法使い、戦士、シスターです」
「火属性は居る?」
「……居ないです」
その言葉に、フィンは苦虫を噛み締めたような面になる。
「バカか、駄目じゃねえか。アイツは植物の化身だぞ。火属性をパーティにいれなきゃ」
シスターはあのときの描写を思い出す。
──本当に支配してるのは植物でさ。それを理解しないで、本当に生き残れるのかな。
「どうしよう」
「なんか火を付けれるアイテムないのか」
「ないよ。全然」
ましてや、魔法使いの水属性魔法でアイテム全部、水浸しだ。
イーサンが椅子に縛られたまま、ぽつりと呟く。
「なぁ、それより爆弾があるから早く逃げようぜ」
「……それだ」
シスターは、ポンと手を打った。
「爆弾を、異世界に飛ばそう」
「はぁ? 何言ってんだ」
シスターは既に、この変な世界の法則についてピンと来ていた。
「私たちは弾かれる描写によって、作中作の物語世界へ、飛んでいくの」
作中作? と、繰り返すフィンの小説を、シスターはぶん取る。
「この本、中身変わってないですか?」
フィンは少し考えてから頷いた。
「確かに、銃弾の描写が、唐突に差し込まれている」
「たぶん、それはこの物語世界から、弾かれているはず」
「どういう理屈で?」
「理屈など関係ない。回復魔法の原理を知らずとも私は使える。私を弾いてくれ」
シスターの言動は、強引かつ熱がこもっていた。
それを見て、フィンとイーサンは目配せをする。
「にわかには、信じられないけどな」
「だけど、意味不明だが、爆弾ごと消えてくれんだろ? ならやれよ」
椅子に括られたままのイーサンが投げやりに言う。
「確かに。えいやッ!」
フィンの唐突なヒップアタックに、シスターは弾かれた。
■『異世界、その四』に、つづく■
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