2周目。『物語の領域侵犯が始まった』
■異世界、その二■
戦士が肩で息をしながら、声を張る。
「シスター、何か分かったか?」
魔王の攻撃を持ちこたえるのに、戦士は精一杯だった。
「ごめん、まだダメです」
悲痛な面持ちで、文章を読むシスター。
佇む魔王が、口を開く。
「歓談中に申し訳ない。新たに遊戯を加えた方が楽しめるのではないかと思うんだ」
魔王の掌の上で浮遊する魔導書に気付き、魔法使いが驚愕した。
「それは、エイボンの書ッ!?」
この異世界で最高峰の魔導書だ。
「コレを手に入れてから研究が捗ったよ。『術者が指定する任意の物を消し去る魔法』が、ついこの前に完成したのだ。喰らうがよい」
魔王が力を込めると、エイボンの書が、禍々しく輝く。
「究極魔法、隔世創造ッ!」
神殿の上空、空間を裂くように一つ目の瞳が、現れた。そして禍々しい声が轟く。
──汝、何を滅却したいのか……。
ヒトならざる声に、魔王は応える。
「無論、ヒトという種族だ」
勇者達の絶句をよそに、魔王はのんびりと語る。
「少し時間が掛かるのでな、1時間。1時間でヒト種族は滅びる」
そして、一枚の札を取り出した。
「この『解術の札』を我輩から奪い、あの化物に貼れば、この魔法は止められる。さぁ、どうだ。楽しめそうだろ?」
「魔王ォオ!」
勇者は怒りに身を焦がし、叫んだ。
魔王は歪んだ笑みを浮かべ、大きく踏み出す。
「さぁ、楽しませてくれ勇者共。喰らえ、魔斬撃ッ!?──」
──魔王は、唐突に体勢を崩す。
「え?」
シスターは、ある物体に気付く。
「何で……バナナ?」
シスターは、魔王の足下に突然現れ、体勢を崩させたバナナに目を奪われた──。
「──危ないッ!」
シスターは背中を強く弾かれた。勇者が助けてくれたのだ。明後日の方へ飛んだ斬撃は、神殿のオベリスクを破壊し、瓦礫を落としていた。
シスターの一瞬の釘付けが、瓦礫を避ける反応を遅らせた。
──また、足を引っ張っている。
弾かれたシスターは、自分の不甲斐なさを呪った。
──私なんか、『回復魔法』と『最弱のヒップアタック』しかできないのに。
それでも、他の修道女達にポンコツと笑われながらも、この冒険にお供できたのは、『希望の書』からヒントを得ることに、全力を傾けていたからだ。
──なのに……、なのに私は最終決戦の役に立たないのだろうか?
もう一度、シスターは深く記憶を探る。
──どうすれば勝てるの……あの小説のどの一節が、私達を勝利に導くの……?
■未来、その二■
B-2居住区の河川敷に付く。ここにも居ない。幹太君と私の想い出の場所だけど。
その頃のことを思い出す。
幹太は人工河川を眺めながら猫と戯れていた。
幹太君は私の存在に気づいて酷く曇った顔をした。
「由衣、来たんだ……」
「うん。ノア・プロジェクトの訓練生に、選ばれたんだってね」
幹太は、私の言葉を無視して、話題を代えた。
「ほら、ぶち模様の猫、可愛くない? 首輪してるから飼い猫だと思うけど、なぜか今俺になついていてさ……」
これから出る話題を反らそうとする意図が分かる。幹太の常套手段だ。先回りして暗い話題を避ける。
これでは埒があかないから、今回ばかりは大切なことを伝えようと思う。努めて笑顔で。
「ねぇ、私の分もしっかり生きてね」
遠くを見据えた幹太の瞳が揺れ、口を開いた。
「……必死こいて地球から逃げ出す俺達を、皆は『地球の希望』だって言うんだ」
「え?」
「人間はさ、地球のピラミッドの頂点にいるつもりの癖に、逃げ出すんだよ。本当に支配してるのは植物でさ。それを理解しないで、本当に生き残れるのかな」
幹太は、愛嬌があって、外向的で、時に不思議なことを言い出す。
「植物も宇宙船に持っていくことは、持っていくでしょ」
「旅のお供くらいにしか、思ってないよ。自分達本意の理由でさ」
私はイライラした。何でそんなに消極的なんだって。
「あのさ──」
──どさっと何かが落ちる。
私と幹太君の間に、修道女と思わしき、可憐で何処かポンコツそうな女性が倒れていた。
「え?」
「え?」
「え?」
明らかにRPGのコスプレに身を包んだ女性、そして警戒する私達。沈黙が流れるが、最初に口を開いたのは倒れたシスターだった。
「ココは……何処だ、何が起きている……?」
迫真の表情に、随分と役に成りきっていると私は理解する。とりあえず倒れたシスターを起こそうと手を差し伸べる。
「大丈夫ですか……」
「触らないでッ!」
シスターは俊敏に立ち上がり、手で制止する。
「魔王の幻術ですね。優しい顔で近付いても、騙されないですよ」
「いや……私は助けようと──」
「──嘘を付くなッ!」
シスターの一喝。それに驚いたぶち模様の猫が、弾かれたように飛び退いた。
■裏社会、その三■
疾走する車の前方に、ぶち模様の野良猫がひょいッと着地した。フィンが叫ぶ。
「前を見ろッ!」
「分かってらァ!」
急ハンドルを切る車は、ブレーキ痕を残しながらスピンして止まる。交差点の真ん中で、マフィアの車が五台、すぐさま二人の車を包囲した。
「ほら、言わんこっちゃねぇ、これで死ぬ」
「これは俺のせいじゃないだろ。イレギュラーだ」
イーサンの指差す方に、野良猫が呑気にけずくろいしている。
「お二人さん、まだまだ余裕あるようじゃないでですか」
痩せこけた男が一台の車から、出てきた。
中国系マフィア、紫園会の殺し屋のリュウだ。
「さぁ、宝石を渡してくれないか」
紫園会に追われていた理由は、彼等から盗んだ宝石だった。
イーサンとフィンは、車から手を挙げて出てくる。
「なんのことだか、さっぱりで」
フィンは飄々と言いのける。
「こいつがどうなってもいいのか」
リュウはおもむろに拳銃を取り出し、イーサンに向ける。
その拳銃は至近距離で、イーサンの頭を狙っていた。それを見たフィンは──。
「まぁな」
──銃声が轟く。
フィンの言葉に、リュウは躊躇なく引き金を引いた。
撃鉄が撃針を叩き、撃針は雷管を叩く。そして発火した火薬が一気に爆発し、小さな金属の塊を、弾いた。
■『異世界、その三』に、つづく■
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