第16話解放されたボスと白昼の殺戮
「さっきから何してるの?」
「イベントの進捗見てるー」
「仕事でもないのに大変だね…、手伝おっか?」
肩を寄せてきた楓に、満貴は説明する。
海塚市に放たれ、啓介の死を確かめる実体のないモンスター「邪神の影」の視界が、空中に浮かぶウィンドウに映されている。
精神を決定的に作り変えられている為、彼女は目の前の光景に疑問を抱かない。
自分の邪魔をしない限り、他人がどう振舞おうと興味はないが、思考力が落ちた人間を見ると少々ゾッとする。
(ま、どうでもいいけど。見た目で選んだだけだし)
満貴は弓坂に経験値10万ポイントとマグマソードを贈る。
弓坂のバディがレベル44に達した事でレベル20ボス、レベル40ボスが海塚市内に解き放たれた。
それを全プレイヤーに通達した後、満貴は楓にゆっくりと覆いかぶさった。
午後11時を回ってすぐの海塚市中区の大通りを、アフロヘア―の野性的な顔立ちの男性が女を連れて歩いていた。
肩を並べているのは、ストレートの黒い長髪を胸のあたりまで伸ばした女性。くびれるべきところはくびれ、出るべき部分は出ている均整の取れた肢体。
肉感豊かな唇に、黒いルージュを引いているのはデリラ。survivors yardレベル40ボスである。
隣を歩く男はカラドボルグ。レベル20ボスだ。彼らは人間の姿とバディの姿を、自由に行き来する事が出来る。また、プレイヤーを見ただけで判別する機能を備えている。
「知識としては頭に入っているが、実際に目で見ると驚くな…」
「ああ。私は今夜は物見遊山にあてるつもりだが、ついてくるか?」
「俺はプレイヤーを探しに行く。堪え切れずに通行人を始末しそうだ」
男女は別れ、それぞれ歩き出す。
カラドボルグは西に向かい、海塚のランドマークであるレムリア21の大屋根を眺める。
すでに午後11時過ぎ、多くの施設が営業を終了している。捜索の効率を考えると、今日は引き上げた方がいいだろう。
デリラにああいった手前、戻りづらい。
息を吐いたカラドボルグは、ボス達に与えられた城に帰還。
翌日の朝、中区の新白池駅近くに現れると、補足したプレイヤーに足早に近づく。一方、通勤途中の上園浩也は突如立ちはだかったアフロヘアーに眉を顰めた。
こんな時間からカツアゲかと思われたが、次の一言で考えを改める羽目になった。
「貴様、プレイヤーだな?出せ」
「…こんなところで出せるわけないでしょう。退社するまで待ってください」
「貴様の都合など聞いていない」
カラドボルグの身体に白く輝く亀裂が走る。
亀裂はあっという間に全身を覆い、眩い光を放った。光が収まると、アフロヘアーの男と入れ替わりで草色の騎士が現れた。
鶏冠を頭から生やし、顔をスリットの入った面甲で覆った姿は西洋騎士。両手に両刃剣と盾を装備している。
浩也は慌ててバディを呼び出し、逃亡。
彼のバディは後方型、装備している武器はミサイルランチャーのみ。突如現れた怪人は近接型らしい、殿に使うしかないだろう。
逃げ去る間際、浩也は己の能力を叩き込んだ。
彼は自分に敵意を向けてきた相手を、強制的に嘔吐させるカウンター能力を持っている。
モンスター化、プレイヤーかは不明だが、足止めくらいにはなるだろう。浩也は体力を無視して疾走する。
黒い甲冑に身を包んだ浩也のバディは、徒手で組み付きを試みる。
カラドボルグは伸びてきた腕を袈裟懸けに斬り払うと、流れるように敵バディの胸に剣を突き込んだ。
刃は背中を貫き、瞬く間にHPはゼロになる。瞬間、浩也は心臓を一打ちされたような痛みに襲われた。
呼吸が浅くなり、視界が翳る。
プレイヤーの経験値は、バディが稼いだ累計によって決まる。
つまり、両者の間にはある種の経絡が結ばれている。バディが倒れると同時に、プレイヤーがダメージを負うのも当然。
HPが0になるまでは影響が及ばないようにしてあるのは、参加者に安心して操ってもらうためだ。
浩也の嘔吐させる能力は届いていたが、人間態の間に撃たねば意味が無かった。
バディの身体は人体より人形と呼ぶに相応しい構造をしており、戦闘に不必要な器官は備わっていない。
草色の騎士が黒い甲冑を蹂躙する様を、通行人が見ていた。
物見高い者はスマホを構えて動画を撮影している。浩也が倒れた時点で、彼らの映像はネットの海に乗った。
もっとも、カラドボルグにとってはどうでもいい事だが。
草色の騎士がその場で剣を振るう。
突如始まった演舞に観衆は困惑する――身体が音も無く両断された結果、それが最後の思考となった。
通りかかった乗用車が斜めに斬り裂かれたまま、歩道の植え込みに突っ込む。危機を悟って逃げ出した女が、下半身を切り離して宙に舞う。
悲鳴が上がると同時に、通りに面したビルのミラーウィンドウに亀裂が走った。
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