第13話運営による悪趣味な暇潰し

 3人と3体が第1回目のダンジョン探索に出た翌日、満貴はタブレットにペンを走らせていた。

新しいモンスターのデザインについて考えているのだ。人型にするか、獣型にするか?

下書きを書き上げると早かった。腕の代わりに触手を生やし、蛙状の頭をした女の魔物。


(あんまりオリジナルやりすぎてもついてこないんだけど、少しくらいはね?)


 名前は惨めさを意味するミザリーとした。

無論、元ネタはそちらではなく有名なホラー小説だ。

こうやってデスゲームを盛り上げる方法を考え、気分転換に楓達の相手をするのは楽しいが、慣れてくるにつれ単調さが目に付くようになる。

満貴は燃料を投下する事にした。別人の顔で一暴れして来る事にする。


 満貴の姿が変わる。

束を幾つも作った弾けるような頭髪、唇が厚く、笑うとエクボが浮き出る。

高校生の頃、自分をからかってきた男子生徒である。柔道の授業で組み付き、肩を脱臼させてからはまともに口を利かなくなったが、遠巻きに罵倒された事は何度かあった。

記憶ではなく、蓄積された「記録」から引き出しただけあって、その再現度は正確無比。


(あ~、ヤバい。なんかイライラしてきた)


 血が沸き立つのがわかる。

記憶がフラッシュバックすると同時に、思い出したくもない名前まで思い出してしまった。


(イライラするからぁ~ww満貴行きまーすww)


 正午前、海塚市中区に置かれたNDD西日本海塚支店。

社内ミーティングを終え、自身のデスクに戻った海野の背後に、ストリート系の装いの青年が現れた。

青年は手に防火斧を持っており、それを躊躇無く海野の後頭部に打ち降ろした。

顔面がデスクに叩きつけられ、耳障りな音が響く。視線を集めた青年は吼えた。


「お仕事お疲れ様です!!河合啓介っす!!河合啓介が皆様に無期限休暇をあげます!!イェエエェェ――!!」


 啓介は口を裂けそうなほど吊り上げて、手近にいた社員に斧を叩きつける。

ホラー映画の殺人鬼の如き剛腕で、頭蓋骨を真っ二つにし、首を一振りで両断していく。

不幸にも第一のターゲットと同じ課にいた面々は、目の前の光景が悪夢でないと悟ると、口々に悲鳴を上げて逃げ出した。


 海塚支店に警官がやってくる頃、啓介は姿を消していた。

自宅と霜月家の間に広がる空間を経由して瞬間移動、血塗れの姿で海塚市中心部にある1軒のコンビニに出現。


「いやー、運動したからお腹空いた!!店員さん、サンドイッチ頂戴!!」


 凍り付いた客と店員を尻目に、啓介は悠々と冷蔵コーナーに向かい、サンドイッチをポケットに突っ込んでいく。


「お、おい。そんな…」


 商品補充を行っていた若い店員が見咎め、声を掛ける。


「ちょっと、やめて!!」

「あぁww!!気安く声かけんじゃねぇよ!!」


 啓介は猿のように飛び掛かり、右手に持っていた防火斧を一振り。

その顔は怒りではなく、優越感をたっぷりと滲ませた禍々しい笑みで歪んでいる。


「なんだなんだ、気安く見てんじゃねぇよ!!河合啓介様をよォww!!」


 啓介……に擬態した満貴は唾を飛ばして、硬直していた客や店員に襲い掛かった。

ただし、逃げる者は追わない。無人になった店舗で、満貴はサンドイッチを下品に頬張り、カップ飲料のミルクティーを飲み干す。

しかも飲み切ることなく、半分ほどで床に投げ捨てた。


 十数分後、通報を受けた警官達は、店舗の惨状に息を呑んだ。

通りに面した一面のガラス窓は叩き割られ、血の絨毯が店の前にまで広がっている。

店内で動いているものはただ一人。レジカウンターに尻を乗せている、20台半ばほどの男一人。

この少し前、通信業者のオフィスでもほぼ同様の事件が起こっていた為、かなりの速さで急行できたが、間に合わなかったのだ。


「やっと来た!おっそーいww!」


 店内にいた男が警官に気付いた。

啓介はひらりと身を翻し、バックヤードに姿を消す。

警官達が突入した頃には既に姿を消している。啓介の皮を被った満貴は瞬間移動で人でごった返す地下街に現れ、通行人を薙ぎ倒していく。

捕まりそうな気配を感じると、また瞬間移動。海塚市中で名乗りながら、満貴は1時間以上凶行を働いた。


「くそ…!!冗談じゃねぇ、たった一人にこんな…」

「おい、ホシは名前言ってたらしいな」

「はい、カワイケイスケと…顔は現場に残されていた監視カメラにばっちり――」

「よし、市内にいる『カワイケイスケ』の勤務先・現住所、全て洗いざらい調べあげろ!絶対逃がすな!」


 義憤に身体を震わせる刑事が怒鳴り散らし、部下達はグンタイアリのごとく警察署を出て行く。

立て続けに発進していく警察車両の群れを、桐野満貴は眺めていた。無論、ミラージュストーカ―から借りた透明化によって、その姿は警察官たちには見えない。

擬態していた為か、身体に血糊はついていない。口は三日月型に歪めたまま、スキップして警察署を離れる。


 河合啓介はまもなく捕まるだろう。

しかし、すぐに釈放されるはず。なにせ関係ないのだ。

連絡は当然取っていないが、真っ当な職に就いていれば昼休みといったところか。アリバイは固いだろう――しかしどうでもいい。

確実に嫌がらせになる。物見高い連中が住所や勤務先を晒してくれれば御の字だ。

まさか10年近く前のとるに足らない因縁が、このような結果を招くとは夢にも思っていまい。


「へ…へへへ…」


 瞬間移動で姿を消す。


「啓介ちゃぁ~ん!!僕のプレゼント、受け取ってくださいねぇwwww!!」


 自宅に戻り、満貴は玄関先で嘲りの絶叫。

今後の展開を想像すると、面白過ぎて頭がおかしくなる。

満貴は靴を脱ぎ捨て、踊りながらシャワーを浴びに行った。

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