第12話ダンジョンは狩場となるか?
深夜、彼らは今沼駅地下通路から小池ビルに足を踏み入れた。
地階の通路から一歩入った所でアプリを起動すると、ダンジョンへの侵入が可能になったメッセージが表示されていた。
侵入を承諾すると、周囲の雰囲気が一変した。景色は変わらないが、全身の皮膚をささくれで刺されたような威圧感を受ける。
「おぉっ!これがダンジョン……」
「おい、独りで―!?」
走り去る香奈枝を追いかけた信二は、彼女の姿がふっと消えたのを見て言葉を失った。
後ろで晃が唖然として見つめていると、香奈枝が飛び出してくる。いつの間に方向転換したのか、顔がこちらを向いていた。
「お、おい、怪我は…!?」
「あぁ、平気平気。やっぱり出られなかったよ」
香奈枝は気楽な様子で語る。
ある地点から先に進んだ瞬間、風景が伸び、どこまでも走っても果てが見えなかったそうだ。
しかし、戻るのは一瞬。
「モンスターが潜んでるとかじゃなくて良かったよ~」
「石津…、あまり冷や冷やさせるな」
3人はばらばらとビルに向かって歩く。
しばらくビル内をうろつき、モンスターを狩るのだ。
それぞれバディを呼び出し、一行は総勢6名になった。スマホの画面に目を落とす信二が、動く者の存在を2人に教える。
「それ、報酬のレーダーっすか?」
「あぁ。人間とバディの区別がつけられるらしい。それと平面にしか表示されないそうだ」
地下1階には飲食店街の廃墟が広がっていた。
明りが点いているが、それがかえって荒廃と薄暗さを浮かび上がらせる。
香奈枝はシャッターをバディにこじ開けさせ、一番乗りで部屋に入っていく。
「ちょ、勇敢っすね…」
「そう?でもちょっとわくわくしない、こういうの」
「燥ぐな、敵がいるかもしれないのに」
「いいじゃん。ちょっとくらいー、3人固まってればそうそう狙われないでしょ」
そう口にした直後、モンスターが襲ってきた。
晃の考えとは違い、遭遇するモンスターの中には人間型が混じっていた。
派手な服装に身を包み、ナイフやヌンチャク、鉄パイプで武装したチンピラ。
野犬や巨大なタランチュラも悍ましいが、人間の姿をしたモンスターはそれとは異なる嫌悪感がある。
豚頭のオークが隊列を組んで廊下の向こうからやってきた時、晃は初めて気分を落ちつける事が出来た。
しかし、晃には気になる事があった。香奈枝が全く戦闘に参加しないのだ。
香奈枝のバディはマゼンタ色の甲冑に身を包んでおり、武器を装備していない。盾にはなるかも知れないが、バディ同士の戦闘では役に立たないだろう。
「あの、戦わないんですか?」
「…アタシのバディってさ、武器がミサイルランチャーでさ、すごーく場所とるの。こんな所で狭い所で広げられないよ…」
「そんなにデカいんすか?」
「デカいよー、見る?」
晃は首を左右に振る。
香奈枝は気を悪くした様子を見せず、そのまま愚痴り出した。
近づかれたら手も足も出ないんだから拳銃くらい持たせろだの、街中でミサイルなんか撃てるわけがないだの。
気の利かない運営への不満を垂れる姿は、出来の悪いソフトに苦言を呈するゲーマーそのものだ。
「まー、願いとか無いからさ。シンジと東君にくっついて生き残らせてもらうから、ね?」
「あ、はい。それは勿論」
「頼むよ~。サポートは任せろ!」
道すがら、香奈枝が不意に訊ねてくる。
「ところでさ、東君ってバディに名前を付けた?」
「名前?」
「そう。名前つけると、バディの姿がちょっと変わるんだよ。ステータスもちょっと上がるし、気が向いたらやってみ?」
晃は気のない返事をした。
ついでと言わんばかりに、彼女は自分達のバディの名前を口にする。香奈枝のバディはブラックキャット、信二のバディはリベンジ。
2階に進み、がらんどうのテナントを探索。
そこで劇場跡でアイテムを発見。白い段ボール箱から出てきたのは、格闘武器によるダメージを半減させるカード。
アイテムはプレイヤーは直接触れられず、バディでのみ入手可能のようだ。入手すると同時にストックされ、説明を読む事が出来る。
「これって受け渡しとかできるのかな~?」
「俺はいい。戦闘しないんなら、持ってろ」
「俺もいいかなー」
「本当?悪いねー、2人とも☆」
人間と蠅を掛け合わせたような化け物に、信二のバディが熱弾を浴びせる。
彼のバディは同調のスキルにより、火炎を飛び道具として扱えるようになったのだ。
それを見やりつつ、晃は尋ねる。
「東さん、プレイヤーとは戦うんですか?」
「…やる気になってる奴はな」
ぎょっとした晃は二の句を継げなかった。
「俺はこのゲームを停止させるつもりだが、正義感とかで動いているんじゃない。悠一…幼馴染の意趣返しがしたいだけだ。やらなきゃならないときはやるぞ」
「あ、俺は別に…」
見返してきた信二の眼から、晃は顔を逸らす。それきり話は打ち切られた。
収入はダメージ半減のカード、そして目晦ましに使うのだろう閃光弾、煙幕弾。3人の期待に反してバディのHPを回復させるアイテムは無く、魅了や混乱を治癒する精神安定剤が1つ見つかっただけだ。
晃は煙幕弾と精神安定剤を受け取った。
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