第9話初イベント、初顔出し

 プラザより東、笠池駅と線路を挟んだマンションの屋上で、菜々は息を潜めていた。

双眼鏡を構え、狙撃銃を構えるバディの隣で、スポーツプラザのあたりを注視する。バディはモスグリーンの甲冑に身を包み、兜はサメに似ている。


 黒髪の少年――晃――から視線を流し、ドームの側に立つ照明の天辺で蹲る中年の男の頭部を、ジョーズと名づけたバディに撃ち抜かせた。

菜々はレベル8に上昇したことを確認。驚くほど銃声が小さく、菜々はもう1人討ち取る事にする。

今の一射で、周囲に潜んでいるであろう他プレイヤーが警戒した事は想像に難くない。


(30秒だけ。30数えて誰も見つからなかったら帰ろう…)


 アプリを起動させたままロビーを抜けた晃は、重い物が落ちる音を聞いた気がした。

スマホの画面に目を落とすと、以下の文言が表示されている。


――ダンジョンへの門が付近にあります。侵入しますか?


 肯定すると、周囲の雰囲気が一変した。

景色は変わらないが、全身の皮膚をささくれで刺されたような威圧感を受ける。

ダンジョンに入ったらしい。晃は寄り道する事なく、ホールのアリーナを目指す。

出入口が見えた時、戦闘中と思しき音が耳に届いた。殺風景なアリーナに入ると、石の甲殻で手や足、胴体を覆った巨人が1体のバディと戦闘を行っていた。


 鳥の嘴に似た手甲を両手に嵌めた、沈んだ真鍮色の近接型。

顔を覆う面甲は歯を剥き、憤怒の相を形作っている。バディが矢の形をした雷電を潜り抜け、甲殻で覆われていない部分目がけて鋭い突きを繰り出す。

両者の動きは激しく、アリーナの至る所に陥没があり、2階部分をぐるりと囲む観客席の一部が崩壊していた。


 晃はちょっと考えてから、加勢する事にした。

2mも進んだ頃、矢の形をした雷電が晃目がけて20本降ってくる。晃がそれと認識するより早く、バディが主を抱えて跳ぶ。

雷速には至っておらず、晃にも十分目で追えた。


「あ…ありがと」

「おぉ、新手か。俺の目の前に出てくると勇敢だな、坊主」


 巨人イエーツォは向きを変え、晃に向かってきた。

バディは主が命じるより早く、足を沈め、己の身体を弾く。晃が後退するのとほぼ同じタイミングでショットガンをイエーツォの顔の前で連射。

散弾によって顔の相好が醜く崩れるも、致命傷には至らなかったようで、イエーツォは跳んできた甲冑の人物を裏拳で吹き飛ばす。

イエーツォはバディの5倍ほどの巨体であり、体格に見合った膂力を誇る。晃のバディは観客席に音を立てて埋まった。


 晃は脱兎のようにアリーナから逃げ出す。

イエーツォは巨体に由来する恐るべき筋力と引き換えに、動作が制限されている。ボスモンスターである為、ダンジョンから出る事は出来ない。

晃はスマホを操作し、バディを呼び戻した直後に再召喚。その後ろから、イエーツォが壁を破って飛び出した。

ダンジョンから脱出しない限り、異空間に形成されたホールから出る事は叶わない。


 晃はバディに巨人を攻撃するよう命じる。

足を止めさせつつ、先客のバディを目で探す。危険かどうかはともかく、今は協力できるはず。


「手ェ貸してくれ――!!」


 晃が叫ぶも返事はない。

巨人の手や雷の矢、崩れる天井の瓦礫を忙しなく回避し続けるバディから、晃は離れる。

どう呼びかけたらいいのか、そもそも自分が攻撃されるかもしれない。

ではイエーツォの相手に戻るべきかとも思うが、勝算は無い。天井や壁が崩れる度に土煙が横切り、視界を遮る。


(あぁ、もう!どうすんだよこれ!?)


 勇み足が見事に裏目に出た。

アプリを操作し、ダンジョンから脱出を図る晃の耳に、場違いな声が響いた。


「2人とも気持ち入れて―!!大丈夫、行ける~!」


 風が巻き起こり、視界が明瞭になった。

声の方に振り向くと、晃よりやや年上の男が足元に飛んできた。

細面で顎はやや尖り気味の逆三角形。眼差しは鋭く、太い眉が意志の強さを感じさせる。

2人に近づいてきた男は黒髪の中肉中背で目元は涼しく、鼻はやや丸みを帯びている。愉快さを押し殺すように口角をあげながら、踊るように歩いてきた。


「隠れてないで手伝ったげて!2人なら押し切れるから!ほらほら」

「あ、あの…」

「お前、何処から出てきた?」

「そりゃあ俺、運営だし。ダンジョンのどこにでも出てこれまっせ」


 自慢げに言い放った男を、晃は言葉も無く見つめた。

運営…survivors yardの運営という事か。晃が確かめるより早く、太眉の男が運営の者に掴みかかったが、その姿が残像のように掻き消える。

運営の使いは2人の後方に出現。掌をヒラヒラと動かす。この間、晃のバディが1体でイエーツォを抑えていた。


「ウッホホww、御免遊ばせw」


 太眉の男はバディを呼び出す。

発射されたロケットのように飛び込み、嘴型の手甲を撃ち出したバディの両拳をメッセンジャーは軽々と受け止め、男に投げ返す。


「ダメダメダメこっちに向けちゃ――」

「うわ、止めた…」

「すご――」

「セーフティを掛けているんだろ」


 メッセンジャーが口を開いたところに、男が声を被せる。


「ちょ、まだ話しとるからww!ちゃんと説明するからww食い気味に入るのやめて~!」


 不満げな男に視線をメッセンジャーは涼し気に受ける。手を動かし、後ろのイエーツォを倒すよう2人に促す。

太眉の男は晃をちらと眺めてから、メッセンジャーをスマホで撮影。少年のバディに己の相棒を加勢させた。


「あ、あのさ…」

「はいはい!何でしょー?」

「このゲームを作ったんですよね?どうして?」


 メッセンジャーが頷いたのを見て、晃は唾を呑み込む


「エヘヘ…知りたーい?」

「うん…」

「それはね、皆に上を見て生きて欲しかったからだよー?」

「上?」

「そう!バディという暴力を手に入れ、彼らがもたらす超能力を手に入れた人類は上昇志向を得たのです!まとまった財もキャリアもない僕だけど、一発逆転できるかも知れない…僕は!そんな夢と希望の詰まったゲームを、皆に遊んで欲しいのです」


 メッセンジャーは身振り手振りを交えて語る。

富める者も貧しい者も、人生に対して一定の不満を抱えているものだ。

そこに打ち込まれたのがsurvivors yard。武装した警官以上の殺傷力を持つバディ、内面の一部を反映した超能力…もし、数百万のプレイヤーが一斉に我欲の為にアプリを使ったら?

満貴が考えている事、知りたがっている事はそれだ。貴方達、今までの世界に満足していますか?


「その悪ふざけで被害を受けた人々にも同じ台詞を言うつもりか…?」

「あ?ああwwごめんなさいww高野信二(たかのしんじ)さんww!けど、あなたの幼馴染が半身不随になったのは僕のせいじゃないんでww」


 さも可笑しそうに顔を歪めたメッセンジャーが、突如炎に巻かれた。

信二の持つ、火炎操作の能力である。火に巻かれたメッセンジャーは悶えながら、2人の前で転がった。

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