第3話 事件~親子惨殺事件~


 翌朝、ボクの身体の節々から悲鳴を上げる。無理に身体を起き上がらせると激痛が走る。

 何故こんな事になったのか思い出そうとすると、痛みが脳にも影響を及ぼす。

「くぅ~…酒臭い」

 辺りを見回すと父とリフが雑魚寝をしていた。この状況から察するにボクも雑魚寝をしていたようだ。そしてこのアルーコール臭は自分から出ているものだと気付く。

「そうだ…ご飯食べ終わった後父さんがオレら二人に酒飲ませてそっから……思い出せねぇ」

 頭を抱えてボクはいびきをかいて呑気に眠る父を起こす。こんな人物が酒を飲めと成人になったばかりの青少年に強要するのだ。深夜と酒のテンションはとても恐ろしい。

「父さーん起きて~…」

 しばらく身体を揺らすと、揺れの気持ち悪さに気分が悪くなったのか、身体は半身起こすと口を押えてヨロヨロと立ち上がるとトイレのある方向へ千鳥足で向った。

「う~~………気持ち悪いよぉ~」

 父の騒ぎに目を醒ましたリフだが、二日酔いらしい。頭を押さえてキッチンへ向い水道水の流れる音を流す。

「ん。オレも水欲しい」

「ええ~?自分で取ってよぉ」

 ボクは渋々とキッチンに向う。リフはそんなボクを眠気の抜けぬ目で見るとコップを取って渡す。

「これ、昨日の酒入ってたコップじゃんか…酒の臭い……」

 コップからツンとくる香りがするものだから嗅いでみると、案の定昨日のお酒の臭いがした。それを聞いてリフは自分の持っていたコップを水洗いしてボクの持つコップと交換する。

 ボクの顔の筋肉が緩むのを感じながら声をかける。

「ありがと」

「どういたしましてぇ」

 冷蔵庫から勝手にミネラルウォーターを取り出して自分で注ぐ。飲もうとする手前でリフが水洗いしたコップを持って突き出すものだからついでに注いであげる。

 すると笑顔でリフが一言。

「ありがとぅ」

「どういたしまして」

 礼を言われるのは満更でもないな。

「うぃ~、朝からアチアチだねお二人さ~ん…僕にも一杯…………」

 リビングから顔を出した父はぐったりした顔で此方に近づいてくる。水が欲しい父のことだ。ボクかリフのどちらかからコップを奪って水を飲み干すだろう。

 リフと目が合う。どうやら考えていることは同じのようだ。二人同時にコップを口に運び零れない程度に傾けて一気に水を喉奥に流し込む。

「あああ~~飲まないでぇ~!」

 二人で同じタイミングでコップを掲げてぷはぁと息を吐く。父はがっくりとする。

「先生、お水は自分で取って下さいね?」

 リフはそう言うとコップを拭いて父に渡す。ボクは父に渡ったコップに水を注ぐ。

 父はぐいっと水の飲むと、おかわりを要求するのでボトルごと父に渡した。

「もうそろ朝ご飯にしましょう」

 リフは昨日の残りのだし汁が入った鍋に火をかけてチーズを取出す。

「じゃあ僕はサラダを作ろうか。リア~一緒にレタスを取りに行こう」

 キッチンの勝手口から畑の作物を取りに行こうとドアノブまで手が伸びている父にボクは頷きついて行く。


 リフの作った大きな畑からお手頃なレタスを選んで持って来る。

「レタスに吟味しすぎだよ。もう少しで出来るからテーブルで待って下さいね」

 そう言われてリビングのテーブルで食べようと思い布巾で拭いてフォークとスプーンを並べる。父はキッチンで手を洗い終わるとソファに寝そべりリモコンを操作して液晶媒体機の電源を点けて報道番組に変える。

「ここはリフの家だよ父さん……」

「あ、そうだったっ!いや~居心地良くてすっかり我が家気分でいた…失敬失敬」

 そう言って行儀良く座る頃に朝ご飯をワゴンに乗せてリフがやってきた。


「うわー…一家惨殺事件だって…やな世の中だね」

 三人で報道番組を見ていると、突如そして男性アナウンサーの声に乗せてシリアスな内容がお茶の間に流れる。

「きっと強盗に襲われたんだよ…」

「辛い世の中…」

 口々に呟いて料理を口に運んでいると、静止画は故人となった家族の写真と名前に切り替わる。ボクはその画像の一人にくぎづけになる。

 サム・トイコ 七歳の男の子

 昨日ボクが任意同行して行った警察庁の中に居た子供の殺人犯だった子。

「あの子……父さん、あの子が昨日言った同い年の子供を殺した殺人犯だよ」

「え?…この子が……一体何故犯罪者の真似事をしたのだろうか…」

 父は悲しそうな顔をして液晶画面を見つめる。

 そんな中、ボクの携帯電話が振動する。何事かと思い画面を見ると見たことも無い着信番号だった。不安に駆られつつも、傍に父とリフが傍にいてくれるので通話ボタンにスワイプする。

「はい、もしもし。エクリーヴァンです。」

 間違い電話でよくある。エクリーヴァンだなんて珍しい名前で連想されるのは真っ先に童話作家の父の名前。熱狂的なファンが間違い電話をしているにも関わらず向こうで興奮をしているのだ。こっちはこっちで青くなっているのだが。

 そんな心配を他所に相手の鼻息か裏返る声を期待しつつ待っていると、真逆な声色が耳に響く。

『もしもし。警察庁のサーティス・スコットです。昨日(さくじつ)はご迷惑をおかけして大変申し訳ありませんでした。』

 ボクの苦手な方からの電話で別の意味で青ざめる。

「い、いえっ!おかまいなく…」

 裏声が出てしまい顔を赤くする。リフと父はくすっと笑ってサラダを取る。

『要件を伝えます。ミスターエクリーヴァンはおられますか?今日はあなたの父とお話がしたい』 

「嗚呼、今父に替ります」

 ボクは父に携帯電話を渡して警察庁の人からと口ぱくで伝えてリゾットを食べる。

「はい。昨日はメールで済ませて申し訳ありません。参考になりましたか?…あー、そうでしたか。それは残念です…これから現場に?ちなみに同行してもよろしいでしょうか?」

 どうやら父はこれから殺害現場に向かうようだ。

「父さん、ボクも行きたい…」

 ぼそっと呟いたその言葉を父は広い微笑んで頷いた。

 通話が終わると残っているリゾットをスプーンに溢れる程取って大口を開けて平らげる。ボクもリゾットをかき込む。

「も~、二人共そんな急がなくても…僕少し寂しいな」

 そう言ってサラダを頬張るリフ。



「んじゃあなリフ。…また遊びに来るから」

 食事を終えて身支度を済ませて玄関へ向かう。

「うん。数時間後でもいいよ?」

 玄関まで送るリフはそんな冗談を言って手を振る。

 ボクと父は笑顔でリフの家を後にする。――――――――――――――




 あれから電車を二つ乗り換えて徒歩四十分、やっと目的地の場所に着いた。看板にはチルド村と書いてあった。牧場が多い村で有名らしい。

「ミスターエクリーヴァン!此方です」

 その声を聞いて父と二人で辺りを見回すと昨日の刑事さんが此方に近づいて来る。

 父は初めて対面する彼の風貌を見て少々目が泳ぐ。怖がっているのかな?

「お電話ありがとうございます。こんな一般人に同行の許可が降りるなんて、警察庁さんは寛大な方ですね」

 父はそう言うと刑事はきっぱりと否定する。

「いえ、ミスターエクリーヴァン。貴方は私達の重要参考人として保護することを政府に取り合っている最中ではありますが、貴方様はもう一般人として認識されてはこちらとも困ります」

「え?あ、それは…すみません」

 多分、それは謝ることではないとボクは思った。

「そんなことより、事件現場に一緒に向いましょう」

「は、はいっ」

 すぐに踵を返して歩く刑事さんにボク達はついて行く。



 豚舎の中に入って行く刑事さん。ボクと父も入るが、動物特有の体臭と血生臭い腐臭に思わず息を止めて鼻を指で挟む。

「此方です」

 そう言って藁(わら)を指す。父と共に藁の前まで行くと、二人分の死体があった。

 普通の、フィクションの中の物語でよくある殺害される描写は打撲痕や刺し傷の一つや二つが容易に想像出来た。けれど、目の前にある喉を裂かれ曲げることの出来ない角度まで傾く子供の死体と隣に横たわる鍬に胴体を貫通されてその後たくさん殴られたのであろう無数の青い打撲痕を見るまでは。ボクは思わず父の服を握る。それにビクンと父は反応すると、腕を背中に回してボクを引き寄せる。

 照れ臭いけど、ショックの大きいボクにとってそれはとても心が落ち着く行為であった。

「そうでしたね。彼は未成年でしたね。刺激が強すぎましたね」

「いや、大人の僕でもかなりキツイ刺激だよ…一体、子供相手に何故こうも惨い事が出来ようか……一人の親として、とても悲しく辛いです…」

 ボクは気分が悪くなったので豚舎を出て行き扉前でへたりとうなだれた。

「うぅ~…来るんじゃなかった…」

 扉に凭(もた)れて父が帰って来ることを願う。豚舎の中では死体となった子供の詳細を話している。

「此方がサム・トイコ七歳の男の子。昨日同年の友人を一人殺害した張本人です。こっちはその弟のティム・トイコ五歳の男の子です」

「…まず、昨日の事件の事を聞かせてくれませんか?」

「はい。当事者の子供数人と村長さんの証言によりますと、昨日子供達が利用している小屋で被害者サム・トイコが屠殺ごっこをしようと言い出したそうです。」

「何故七歳の子供がそんな屠殺だなんて言葉を知っているのですか?」

―それもそうだ。ボクでも良く理解していない。『屠殺』というその意味を。

「彼の父親、サイス・トイコは酪農家でありこの豚舎の所有者です。丁度仕事中にでも質問したのでしょう…まさか家畜にする作業を人間でするなんて思ってもいなかったでしょうし」

「そうでしたか…それで、屠殺ごっこをしようとした後、どうしましたか?」

「はい。その後は配役を決め豚役の友人の喉をナイフで掻っ切って殺害したそうです。殺害された子供の叫び声を聞きつけて村長がサム・トイコを取り押さえ我々警察庁に依頼届を出し彼を連行し、彼を任意同行しました。」

「すみません…その日は外出していまして……国民栄誉賞を受賞したんですよぉ~」

―今そこで自慢するなよっ!

「あ、そうでしたか。おめでとうございます」

―こっちはこっちで薄い反応だなっ

 心の中でツッコミを入れる。

「ありがとうございます…それで、サム君を林檎と金貨でどちらを選びましたか?」

 ボクが警察庁を出た後の話に耳を扉に近づける。

「はい、何せ純な子供に見えるので私達大人では判断しかねミスターエクリーヴァンに助言してもらい本当に感謝しております。林檎と金貨を用意して選ばせた結果…林檎を真っ先に取ったのでその日のうちに彼を家まで送り届けた翌日に…被害者となりました。」

「……私が未来ある少年達の命を刈り取ってしまったのだね。」

 ボクは気になって豚舎の扉を少し押して中を覗きこむ。藁で隠れた死体を前に父は涙を流して合掌する。刑事さんもそれを見て合掌する。

「ミスターエクリーヴァン。お祈りをしている中大変言い難い事ですが…サイス・トイコ宅にも死体があるのです」

 それを聞いて父の潤む瞳が大きく見開かれる。

「他の警官も皆其方に行き鑑識や捜査を進めています。ご同行願えますか?」

 父は黙って頷くと、此方に向って来る。ボクは直ぐに立ち上がり悠然と二人を待っていたかのように見せる。

「あ、リア…気分はどうだい?これから次の殺害現場に向うんだけど…一度帰るかい?」

 心配そうな目で言う父にボクは意気込んで答える。

「いや、ボクもついて行くよ…邪魔はしない程度に協力するから」


 豚舎の隣に建設された家は警官や鑑識官の方達が忙しなく移動していて、とても邪魔しないで協力する自信が喪失しまうと感じた。

「此方へ。安心して下さい。彼らはミスターエクリーヴァンの事を理解している方々なので、協力の邪魔は決して致しませんので」

「寧ろ僕らの方が捜査の邪魔だと思うけどね」

―ごもっともである

 刑事さんは玄関に入ると現場までスタスタと足を進める。それについて行くボクらだが、事情を知って尚且つ父のファンであろう警官や鑑識さん達がボクらに敬礼するものだから会釈が止まないままリビングに向う。

 着いたリビングで最初に目につくのが女性の首吊り死体であった。

「キャシー・トイコ二十八歳、夫のサイス・トイコと結婚し共に豚農家として働いていたそうです。三人の息子を授かり死ぬ直前まで育児を全うしていました」

 ボクはその言葉に疑問が湧き口を開くが、先に父が声に出して言った。

「三人の息子ってもう一人子供がいるんですか?」

「はい。そのようです」

 そう言って近くに居た警官に声をかけて何か布に包(くるま)った物体を持ってやって来た。刑事さんはそれを受け取ると壊れ物を扱うかの様にゆっくりと布をめくる。

「母親を絞首した後に首吊り自殺に見せかけてリビングに吊るした後にこの子も連れて行ったようですが……」

「尊い命になんてことを………っ!」

 父は拳を強く握り悔し泣きをする。ボクももらい泣きをしてじわじわと涙が浮かんできた。それを見て素早く死体となった赤ちゃんを元の白い繭に戻すと傍で見ていた警官さんに戻すように言う。警官さんも涙をぽろぽろ出して小さな繭をぎゅっと抱きしめてリビングを去る。

「首吊りに見せかけてって言ってたけど、どうしてこの人が自殺じゃないって分ったんですか?それにあの子が後に死んだって何で分るんですか?」

 父の代りにボクは言う。

 それを聞いて丁度女性の首吊り死体を下して横たわせたのでそれを使って刑事さんは説明した。

「ここに小さな絞首の痕があります。それは彼女が首吊りをする前に何者かによって首を絞められたことを意味します。それにあそこで倒れているサイドテーブルと電話から察するに、豚舎での犯行を見た彼女が電話で通報する前に犯人に阻止され絞首しその後自殺に見せかけて浴室で体を洗っていた赤ん坊を浴室に沈めた…って感じでしょうか?赤ん坊が何故先ではなく後に殺されたかについては電話で通報する前に彼女が一度あの子を浴室から出したからです。その理由に濡れたバスタオルが脱衣室にありましたし赤ん坊が水死体で見つかってからそんなに時間が経っていない事もありそう判断したまでですが……」

「……ありがとうございます。大変解りやすかったです」

「そういえば、父親は何処に?」

 父の質問にピンとくる。そうだ、父親のサイス・トイコは一体何処にいるのだろうか。もしや、犯人ではあるまいか。その答えはすぐに解決した。

「嗚呼、父親のサイス・トイコは混乱して暫く落ち着かせています。ちなみにサイス・トイコはこの事件の第一発見者です。犯人の可能性も考えたのですが、アリバイ時刻が犯行時刻と合致しなかったのですぐ対象外となりました」

「そりゃそうだよ…幸せそうな家族を、なんで自分の手で殺さなきゃいけないのさ?」

「いやね、色んな愛情の形があるから…そういう危険な類の愛情表現をしている人物なのかなって不安になっただけだよ」

 そう言って父は周りをきょろきょろしだす。

「何か探しものですか?ミスターエクリーヴァン」

「もうミスターエクリーヴァンだなんて呼ばないで下さいよ…長くて疲れませんか?」

「別に問題ありません。」

「そんなこと言わずに次からはヒストリーって呼んでください」

「気が向いたら呼ばせていただきます…で、何か探しものですか?」

「ん?嗚呼、ちょっとこの家の書斎に行きたくてそわそわしているだけなんです。手袋を御貸ししてくれませんか?物色もしたいので」

「全然構いませんよ。誰かミスターエクリーヴァンに捜査手袋を」

 そう言って近くにいる父のファンが押しかけて「是非私のをっ」「いえいえ私のを使って下さい!あとサイン下さい」「私のが一番綺麗ですし、捨ててくれても構いませんし!出来れば手袋にサインして捨てて下さいお願いしますっ」と言う始末である。結局父は押しかけた人数分の手袋を装着してはいつも持ち歩いているサインペンを取出して両手にサインを書いて本人に返すを繰返し、最終的にボクの中ではミーハーと認識しているこのサーティス刑事さんの手袋を借りて書斎の方を移動する。

 書斎は二階の奥の部屋で扉を開けると壁いて面に多くの本棚が設置され本棚の中にも経済学、心理学、児童書から純文学まで色んな本が入っていた。

 父曰く、本棚を見ればその人の好みが解り、書斎の机を見ればその人の性格が表れるそうだ。

 父は懸命に何かを探している様にも見えたので、ボクも何か手掛りを探す。

「父さん、何を探しているの?」

 本棚を見つめながら父は言う。

「僕の本だよ。」

 なんだ、自分の本がどの家庭にもある事を確認しただけじゃないか。何がその人の好みが解るだ。そう思いながら児童書の段を見つめていると一つ違和感を見つける。

―なんだこの出っ張り…奥に何かあるのかな?

 ボクは数冊の児童書を一気に取り出すとそこには古くなった本が隠す様に置いてあった。

「リフー?何か見つけたかい?」

 そう言って父が児童書のある段に来る。

「見てこの古臭い本。何年前のかな~?…父さん?」

 父に顔を向けると父は目を見開いてボクの持つ古臭い本を凝視する。普段の父ならこのような古本を見るとテンションを上げているのだが、今回は違う。明らかに父の好むタイプの本なのだが…。父はボクの持つ本に手を伸ばして静かに取り上げると表紙と背表紙を交互に見てタイトルを確認する。

「とうさ――――――――――」

 声を掛ける前に父に口を塞がれシー、と内緒にしての仕草を取る。どういうことかさっぱり解らない。父はその本を自分の持って来た鞄の中にしまい込むとボクの手を強く引いて玄関へ向かう。

「ミスターエクリーヴァン!どうされました?」

 案の定刑事さんに呼び止められてしまった。

「ごめんなさい。急にする用事が出来まして、帰らせていただきますね。手袋は後日洗って警察庁に送らせていただきますね。あ、それと書斎は特に何もありませんでした。真面目で誠実な男性の本棚でした。それでは――――」

 初めて父が嘘を吐く瞬間をボクは見てしまった。そして父は電車に乗るにも徒歩で移動するにも鞄の中の本を大切に守る様にずっと気にかけていました。手を握って歩くボクの手にひしひしと伝う緊張の汗。ボクは父に疑問を抱きながら自宅を目指す。










「あれ?いらっしゃい…どうしたんです?早い来客で」

 父はボクらの自宅には行かず、リフの家に戻って来たのであった。そしてリフの家に入るなりハァ~と緊張が抜けた様に鞄を抱えてソファに倒れ込む。

「どうしたの?外で何かあったのかい?サインや握手を求められたとか、沢山の人達が押しかけたとか…」

「あー…思い当たる節がいくつもあるけど、今はそれじゃないんだよ」

 ひそひそとリフが話すのでボクもそれに合わせて言う。

 暫く父の様子を見ていたがこれ以上動く気配も無かったのでソファに近づいて話しかけた。

「父さん…その本は何?勝手に人の物を盗っちゃだめじゃない。ボクに教えてくれたでしょ?それに嘘まで吐いてさ……その本にどんな秘密があればそんな行動が出来るんだい?」

 父は暫く反応を見せなかったが、身体を起こして話してくれるようだ。

 鞄から本を取出してそれをまた自分の物かの様に抱締め放さない。

「これは僕のお父様の…リアのお祖父ちゃんが書いた本だよ。…門外不出の代物だったんだけどね………リフ君、ずっと前から言っていた装置はあるかな?」

 父はそう言うとリフは笑顔で勿論ですと答えてボクらを地下室に案内した。

「どういう経緯でこの本があの家にあるのかは解らないけど、これは今日と昨日の事件の犯人の答えを教えてくれるよ…」

 地下の階段を下りる際父が言った言葉だ。どうやら本当に父の本…いや、ボクの祖父の本みたいだ。けれど何故ボクに教えてくれなかったんだろうかその本のことを。

「はい、こちら!」

 その声と共に地下室がパッと明るくなり大きな白い物体が目の前に現れる。リフはその物体に被せられた白い布を剥ぎ取りボクらにお披露目する。

 印象はモニターの付いた手術台と云う感じだ。この装置で父は何がしたかったのか益々分らない。

「仮想体験装置、通称ESVRPですっどうですか?」

 そんな中リフは大作を作れた喜びでテンションが高ぶっている。何だ?ESVRPって…

「もしかして、エクリーヴァン(E)・ストーリー(S)・ヴァーチャルリアリティー(VR)・プロジェクト(P)って感じかな?」

「良く分りましたね!先生っ」

「何で分ったの…?」

「なんとな~く?」

 そう言って頭を掻く。照れてる時にする父の仕草だ。話して心が落ち着いたのだろうか、先程の雰囲気が嘘かの様に自然な父に戻っている。

「このテーブルに先生の持っている本を置きます。そしてこの光で本の内容を解析し、光化学的にモニターを通して内容の映像化、そしてモニターの隣にある手術台の上に先生が寝て映像の中の出来事を実際に体験するという形です。」

 そう言うと、父は真っ先にテーブルに近づいて本を置くと手術台の上に乗り寝っころがる。

「早いですよ先生~今電源を点けますね」

「早く早くっ」

 あんなワクワクした顔をする父を久しぶりに見た気がする。ボクは父に近づき質問してみる。

「どうしてそんなにワクワクしてられんの?」

 父は笑顔で言う。

「ずっとお父様の物語が好きでね…小さい僕でもお父様の描く世界が十分理解出来たし惹かれたんだ。だから、死ぬ前にお父様の世界観をこの目で疑似体験でも出来ないかなってリフ君に言ったらこの装置を作ってくれたんだ!」

 父は祖父の事が大好きだ。父が産まれて直ぐに祖母を亡くした事もあり父の支えになっているのはボクと祖父と童話だけなのだ。

「そうなんだ…ちなみにその本は何て題名なの?」

 それを聞いて父から笑顔が消える。丁度モニターと父の手術台が光り恐怖を演出される。

「屠殺ごっこをする少年の話だよ……この事件の始まりであり犯人の行方を探る手掛りだよ」

 そう言い残して装置が作動し、父はその事件のカギを握る物語の疑似体験をしに瞼を閉じた。

















 モニター越しから父の疑似体験の模様を見る。

 父の視点は加害者の人物の様で、父の握る手が子供の喉を引き裂き頭と胴体を切り離す。それはこの物語通りに進めているのか、それとも個人の意思なのか。何はともあれ前者であってほしい。そして父は大人に取り押さえられて知らない部屋に連れて行かれた。暫くして村長らしき人物と父が疑似体験として憑依しているこの子の父が部屋を訪ねた。手に林檎と金貨を持って。

『いいかイグニス。嘘偽り無く選んでくれ…父さんの持っている林檎と金貨。どっちが欲しい?』

 喋る父。その声色からでも息子に対する恐怖と困惑が分る。

 父は迷い無く林檎を手にして頬ずりをした。おまけに食べてもいい?と父さんに尋ねている。

 そこでモニターは砂嵐を出して途切れた。それと同時に電力が落ちたのか、地下室が一気に闇と化す。

「うわ~いいとこだったのに…ブレーカー落ちちゃった。」

 そう言って見えない空間でリフがブレーカーを上げに移動を始まる。暗闇に目が慣れていないボクは何も出来ないままじっとしている。

「………リア。」

 父の声がした。ブレーカーごと意識が落ちたらどうしようかと内心焦ったが、心配無いようだ。心配無いにしても声がとても弱弱しい。

「リアにとってこの本の中にいた僕はどうだったかな?…怖かった?楽しそうだった?辛そうだった?冷静だった?」

 きっと父が加害者になった時の事を言っているのだろう。

「………」

「心が追いつかなかった。あの子の行動と心理を必死に理解しようとした。けれど、あの子にとって殺人は当たり前のようで当たり前じゃない、出来る事なのにしてはいけない、何故だろう?分らないって…他人に対する痛みが理解出来ていなかったんだ。僕、必死に言ったし、否定して抵抗したのに、物語通りに幼気な脳波はナイフを下せと命令したんだ。行動がを抑える事が出来なかった…」

 モニター越しで見ていたボクとリフよりも、父はもっと悲しんだ。

 ボクは父の体を探して手を振ったり下の空気を触る。父の手に触れるとお互いビクッとしてまた相手の手を探る。

「辛かったね…したくもないコトやらされて。もう、大丈夫だよ」

 そう言うと、世界にパッと明りが差した。ブレーカーが復旧したのだ。

 父の手を見てもう一度ぎゅっと握る。父の震えが早く止むようにと。

「なんとか見つけたよ~…あれ?親子愛かな」

 そう言ってニヤニヤして近づいて来るリフ。急に恥ずかしくなって手を放す。

「………ゴメンリア。ちょっと、僕も恥ずかしくなってきた」

 そう言って父は両手を顔に覆って体を小さくする。耳まで赤くして相当ボクと手を握るのが恥ずかしいようだ。

「そんな事してる場合じゃないですよ!先生じゃない他の人物がこの疑似体験を受けた場合視点は変わるのか検証しないと。次は僕が疑似体験をするんですから」

 そう言ってリフは父が手術台を退くのを急かし、自分が寝ると得意げな顔をして目を瞑る。

 暫く沈黙が続いてジト目のリフが此方に視線を向ける。

「スイッチ、押してよ…そのつまみを赤色になるまで回すだけだから」

 そう言って大きなつまみを指差す。ボクは言われた通りつまみを赤色に光るまで回す。回すとモニターが再び疑似体験の模様を再生する。再生される映像は林檎を取ってまた平和に過ごしている内容だ。

 だが父が疑似体験した時よりも視点が少し下に感じた。

『パトリック!』

 モニターの中からそんな声が聞こえた。視点は左右に揺れると一人の人物に焦点を合わせた。

「イ、イグニス君…」

 父は冷や汗を掻いてモニターに映る人物の名前を呟く。父が憑依した子供の名前を。そうか、リフは加害者に憑依しなかったのか、良かった…

『どうしたのイグニス兄ちゃん』

 ボクが安堵するのも束の間、ボクは一気に血の気が引いた。

「リフが被害者に憑依してしまった!」

 焦り始める父の声を聞いてボクも冷や汗が垂れる。

『先日父さんの仕事を見たんだ!とてもかっこよかったよっ!』

「疑似体験だから、痛覚も疑似体験出来たりするのかな…?」

 それを聞いてボクの鼓動が徐々に加速し始める。

『へぇー?ぼくはまだ子どもだからとうさんのおしごとまだ見ちゃいけないんだって。いーなぁー』

「どうしよ、リフが死んじゃうよ!」

 ボクと父がどうこの機械からリフの意識を戻すか悩んでいる間にもリフが憑依したパトリックと呼ばれる少年はイグニスによって危うい雰囲気を醸し出している。

『じゃあ兄ちゃんがパトリックに見せてあげるぅ!僕が父さんの役をやるからパトリックは豚役ね』

 危うい。リフの死亡フラグが立ってしまった。

「父さん!どうするよ!?」

「嗚呼、リフ君っ…!」

 父は眠るリフの手を握り帰ってきてと言い続ける。ボクは次の展開が気になり無邪気な笑顔のイグニスの次の行動を待つ。

『えぇー?ぼくブタさんになるのぉ?』

『そうだよ?じゃなきゃ父さんのマネが出来ないじゃないか』

『それはそーだけどぉ――――――』

『はい決まりっ♪』

 そう言ってイグニスはパトリックに近づき押し倒す。そして視点は藁と石床になった後に視線が上に移動すると笑顔のイグニスが斧を担いでました。

「逃げろパトリック!お前が逃げなきゃリフが死ぬかもしれないんだよ!」

「嗚呼リフ君!意識をしっかり持って!うなじに強い衝撃がくるだけだからねっ!嗚呼パトリック!未来を変えてくれっ!」

『動かないでね』

 無邪気に笑いながら小さな悪魔は斧を振り下ろした。斧をを振り下ろされた後、パトリックの視点はぐるりと一回転して天井を向く。

 リフはというと首筋を押さえて叫び声を上げる。疑似体験は痛覚まで支配するようだ。

「ああああああああああああああ!!ああぁあっ!ああ~!首がっ」

 父はリフの首筋を押さえて言う。

「落ち着いてリフ君っ!君は何処も傷付いてないよ!痛みだけ疑似体験されてるだけでホントは何もされてないよ!早く戻っておいでっ」

 父の言葉は痛みに叫ぶリフには届かず、モニターにはもう一度斧を振り上げるイグニスが見えた。その刹那、イグニスの胸部を二つの鋭利な鉄串に刺されて動きを止めたイグニスの手から斧を取り上げてイグニスの頭と胴体を叩き斬った。

 ボクはイグニスを殺した犯人がこの事件の犯人だと確信した。

 そこで映像は終了し、リフはガバッと起き上がった。そして首を触り息を吐いた。

「精巧に作りすぎてしまったみたいですね。……はぁ~痛かった」

 そう言って手術台から降りた。次にボクを見てにっこりと笑顔を見せる。それにボクは悪寒が走る。

「リ~ア」

「いや、ヤです…」

「リ~ア~?」

 リフに言われるのはともかく、父に言われると逆らえない。

「うぅ~わかった!…危険になったら、助けてよ…」

 ボクはそう言い放ち、手術台の上に寝転がる。リフと父からエールをもらってボクは目を閉じる。暗い世界でボクは意識を別世界に預けた。

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アーサー=W=エクリーヴァンと屠殺ごっこをする少年 AILI @96hononjIari

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