第1014話 やりなおし(2)時間が止まった家

「開かずの家か」

 御崎みさき れん。元々、感情が表情に出難いというのと、世界でも数人の、週に3時間程度しか睡眠を必要としない無眠者という体質があるのに、高校入学直前、突然、霊が見え、会話ができる体質になった。その上、神殺し、神喰い、神生み等の新体質までもが加わった霊能師であり、とうとう亜神なんていうレア体質になってしまった。面倒臭い事はなるべく避け、安全な毎日を送りたいのに、危ない、どうかすれば死にそうな目に、何度も遭っている。そして、警察官僚でもある。

「でも、心中としても、別々に自宅で?」

 町田まちだ なお、幼稚園からの親友だ。要領が良くて人懐っこく、脅威の人脈を持っている。高1の夏以降、直も、霊が見え、会話ができる体質になったので本当に心強い。だがその前から、僕の事情にも精通し、いつも無条件で助けてくれた大切な相棒だ。霊能師としては、祓えないが、屈指の札使いであり、インコ使いであり、共に亜神体質になった。そして、警察官僚でもある。

「不自然だよなあ」

「そうだよねえ」

 僕と直は言いながら、まずは香坂華子さんのマンションに来ていた。

 駅から徒歩12分のところにある、オートロック完備の女性専用マンションだった。親が、大学に入る時に、これだけはとこだわったと聞いている。

 管理人は緊張と困惑と恐怖で固い表情を浮かべながら、僕と直と付近の交番の巡査を香坂さんの部屋へと案内した。

「ああ。これは……」

 僕はドアの前に立って、思わずもらした。

「結界化しちゃってるねえ。見事に」

 直もそう言って、同じように見回した。

 しかし、緩そうなところもない。

「もう、斬る方が早いな。それでいいか、直」

「そうだねえ」

 僕は刀を出すと、結界に向かって斬りつけた。

 幕を切り裂いたような感覚があり、その向こうの気配が、濃厚に吹き付けて来る。

「さあて。まずは話を聞こうか」

「はいよ」

 ドアノブをひねると、簡単にドアは開いた。

 管理人と巡査が、息を呑む。

 玄関の正面奥がリビングで、そこに女性が立っていた。

「ああ。香坂さん」

 管理人がほっとしたような声を出した。

「香坂華子さんでよろしいですか。警視庁陰陽部の御崎と申します」

「同じく町田と申しますぅ」

 香坂さんはその場に立ったまま、僕達を見て首を傾けた。

「何か?」

「会社の同僚の方もご両親も心配されていましてね」

 香坂さんは首を傾けた。

「心配?何を?」

 僕は香坂さんの顔から目を離さずに言う。

「無断欠勤されているでしょう。それにお母さんは、電話の内容がおかしいと」

「おかしいとは?」

「話す内容が同じで、ゴールデンウィーク前のように話していると」

 香坂さんは何かを考えるように遠くを見た。

「だって、ゴールデンウィークはもうすぐでしょう?おかしいわ」

「香坂さん。今はもう、5月の半ばですよ」

 香坂さんはわなわなと震え出した。

「え。そんなはず……だって、ゴールデンウィークには、彼と実家へ行くつもりだったのに……行ってない……何でかしら」

 僕と直は、静かに玄関から中へ入った。

「そう、彼が、ごめんって……別れてくれと……!ああ!」

 途端に香坂さんはガクリと膝から崩れ落ちるように倒れた。そして、見る見る変化して行く。

「うぷっ」

 背後で、誰かが吐きそうになるのを堪えた。

「思い出してしまった……ああ……」

 香坂さんの左腕の内側にいくつもの切った傷口があり、座り込んでいる周囲には、ワインの空き瓶とカビの生えた食べかけのチーズ、ウコンドリンクの空き瓶があった。

「こんなはずじゃなかったのに。ああ、このまま死にたくない」

 香坂さんは壁にもたれた格好で、腐乱し始めた遺体となった。

 溜め息をついて、巡査に遺体発見の報告をするように指示をした。

「たぶん自殺だな。ワインを飲んで、手首を切った。チーズはあてか」

「発作的なものかねえ?」

 慌ただしく巡査が動くのをよそに、僕と直は小声で話していた。

「自殺をする前にアルコールっていうのはよくある話だが、あてまで用意、いや、ウコンまで飲むというのはどうもなあ。計画しての自殺には思えないよな」

「死ぬなら二日酔いなんて関係ないもんねえ」

「でも、恋人の方までおかしいっていうのがな。

 まあ、そっちに行ってみよう」

 僕と直は刑事に挨拶をして、恋人のマンションへ向かった。




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