第1007話 お嫁入り(2)泣く女雛

 美保さんと神戸さんから

「間違いなくカタカタと動いて、啜り泣く声が聞こえました」

「はい、確認しました」

と報告があった。

「ふうん。でも、これは誰だろうな。今回の被害者は死んでないしな」

 人形を視る。

 それは今影を潜めているが、何者かの意思は感じる。

 それは、悲しみと不安に満ち溢れた声で、


     どこに


と言って泣き、慰めようとするような、オロオロとした声で、


     姫様 大丈夫ですよ


と繰り返していた。

「本当に誰だろうな」

 直もその声を聞き、嘆息した。

「前の持ち主かねえ?訳ありかもしれないよねえ」

「男雛もないしなあ」

 こんな声を聞いてしまったら、放って置くのも気が引ける。

「ちょっと調べてみるか。面倒臭いけど」

 沢井さんが向こうを向いて笑った。


 以前の持ち主は大垣さんという旧家だった。御屋敷に住むお金持ちで、少し前に高齢になっていた前当主夫人が亡くなり、それをきっかけにこの人形を手放す事にしたそうだ。

「男雛が欠けているにしてもいい物だとは言われてたんですけど、その、あんまり好きじゃなくて」

 当主夫人がそう言って、僕達と同年代の子供が抱く乳児を見た。

「孫には、新しいものを買ってあげようと思ったんですよ」

「そうですか。

 こちらにあった時から、おかしな事があったんですね」

 訊くと、当主夫人とその子供は、表情も体の動きも止めた。

「何の事でしょう?」

 夫人が笑いを浮かべるのを遮る。

「別にそれがわかってて売るのがどうこうとか言ってるんじゃありませんよ。あくまでも、原因の調査ですから」

 それで、目に見えて2人はほっと肩の力を抜いた。

「来歴とかエピソードとか、何でもいいので教えていただけませんかねえ」

 2人は目を見交わし、うん、と頷いた。

「あれは私の姑が嫁入り道具として持って来たものだそうです。その頃にはまだ男雛はあったそうで、写真も残っていました。

 でも、戦時中に無くなったらしいんです。

 戦後は別の男雛を飾ってみたりしたそうですけど、いつも朝になったら、男雛がひな壇から転げ落ちて、首が取れたりしていたそうで。男雛無しのままで飾っていました。

 義母のご実家は空襲で全てが焼けて無くなっていましたから、人形が唯一の思い出の品だったんです。その事もあって、捨てるにも捨てられずに、ずっと」

 それで当の前当主夫人が亡くなったのを機に、捨てようとしたのか。

「戦時中に無くなったというのは?」

「男雛を修理に出したそうですが、運悪くその人形店に米軍の爆弾が落ちて、お店の方も人形も焼けてしまったそうですわ」

 全員がしんみりとした。

「祖母は、夢を見たとか言ってました。別の男雛を飾ったら、夢で女雛が怒ってたって。それで、このまま飾ってたって」

 付喪神のようなものだろう。大切に飾られ、健やかにと願いを受け止め、人形に魂が芽生えたらしい。

 僕と直はもう少し質問をしてから、大垣家を辞した。

「間違いなく、女雛は男雛を探してるな」

「男雛はもう焼けちゃってるしねえ。

 このまま斬るのは簡単だけど」

「後味がなあ」

 揃って嘆息する。

「まあ、店の跡地に行ってみるか」

「もしかしたら、男雛もそこにいるかも知れないもんねえ」

 言いながらも可能性は低いと自覚していたが、とにかく行ってみる事にした。


 空襲で焼け、開発、再開発と時代を重ね、そこは道路になっていた。

「いないな」

「いないねえ」

 だが、空襲の犠牲者の碑石があった。

「何か残ってないか、区役所に行ってみよう」

 僕と直は、区役所に足を向けた。

 空襲前の事を残す運動があり、焼け残りの物や、空襲前の写真を保管していた。その中に、人形店のあった区域も含まれており、早速それを見せてもらう事になった。

 が、それらがしまわれた部屋に入った瞬間から、色々な声がした。

 泣く声、笑う声、呻く声、怒る声、嘆く声、悲しむ声――。

「うわ……」

 圧倒されそうになる。

「何か?」

 怪訝そうな区役所職員に、

「いいえ。では、拝見します」

と言って、僕と直は、その部屋に進んで行った。

 嘆く声がする。


     ここはどこじゃ 何があったのじゃ

     なぜ誰もおらぬのじゃ

     ああ 帰りたい 会いたい


 その声を目指して進むと、半分焼け焦げた男雛があった。

 


    

     

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