第1006話 お嫁入り(1)志願

「誰もいない部屋から、カタカタ、カタカタって音がして、すすり泣くような声がするんです」

 そう言いながら、捜査1課の若い警察官はやや青ざめた顔で、その人形を差し出した。

 それは殺人事件の現場となった骨董店にあったひな人形だった。

「ふうん。

 それはともかく、この人形ってひな人形ですよね」

 僕はしげしげとそれを見た。

 御崎みさき れん。元々、感情が表情に出難いというのと、世界でも数人の、週に3時間程度しか睡眠を必要としない無眠者という体質があるのに、高校入学直前、突然、霊が見え、会話ができる体質になった。その上、神殺し、神喰い、神生み等の新体質までもが加わった霊能師であり、とうとう亜神なんていうレア体質になってしまった。面倒臭い事はなるべく避け、安全な毎日を送りたいのに、危ない、どうかすれば死にそうな目に、何度も遭っている。そして、警察官僚でもある。

「はい。有名な作家の古典作品だとか」

「成程ねえ。だから男雛がなくても、売買できるんだねえ」

 直が感心したように言って、ひな人形を眺める。

 町田まちだ なお、幼稚園からの親友だ。要領が良くて人懐っこく、脅威の人脈を持っている。高1の夏以降、直も、霊が見え、会話ができる体質になったので本当に心強い。だがその前から、僕の事情にも精通し、いつも無条件で助けてくれた大切な相棒だ。霊能師としては、祓えないが、屈指の札使いであり、インコ使いであり、共に亜神体質になった。そして、警察官僚でもある。

「預かればいいんですね。はい、取り敢えずここに置いてください」

 2課2係の赤嶺係長と灰田さんが札の準備にとりかかり、小幡さんは用紙を差し出す。

「じゃあ、この用紙に記入してください」

 部署名、事件についての簡単な説明、預け入れ日時、持って来た人間の名前を記入する用紙だ。

「では、よろしくお願いします!」

 そう言いおいて、若い警察官は逃げるように帰って行った。

 すると今度は、吸い寄せられるように寄って来る人間がいた。美保さんと、3課2係の神戸さんだ。2人共大のオカルト好きで、美保さんは、異動の季節の前には「異動になりませんように」とお百度を踏むほど、ここにしがみつきたがっている。

「カタカタですか!」

「啜り泣き!うひょう!」

 実に嬉しそうだ。

 と、神戸さんがスッと手を挙げた。

「はい!本当にカタカタ動いて啜り泣くのか、確認します!」

「あ、ぼくもぼくも!」

 美保さんも手を挙げる。

 僕と直は、徳川さんの方を見た。

「また、物好きだねえ、2人共」

 徳川さんが苦笑する。

 徳川一行とくがわかずゆき。飄々として少々変わってはいるが、警察庁キャリアで警視長。なかなかやり手で、必要とあらば冷酷な判断も下す。陰陽課の生みの親兼責任者で、兄の上司になった時からよくウチにも遊びに来ていたのだが、すっかり、兄とは元上司と部下というより、友人という感じになっている。

「残業はなるべくしないで欲しいんだけど」

 警視庁もそういう方針を掲げているのだ。

「残業はつけませんから」

「それじゃブラックって言われるよう」

「が、合宿です!自主訓練!」

 いい事を思い付いたと言わんばかりに神戸さんが言い、美保さんが

「そうそう!」

と笑顔を浮べる。

「しょうがないなあ」

 徳川さんがそう言って半ば許可すると、2人は手を取り合って喜んだ。

「でも、触らないでねえ」

 直が言うと、2人は

「了解であります!」

と敬礼した。


 その深夜。机の上に持ち込まれたひな人形は置かれ、念の為に出て来られないように札を貼ってあった。

 それを、美保さんと神戸さんは、今か今かと期待いっぱいの目で見守っていた。

「やっぱり人形は啜り泣きの王道ですよね」

「だよね。しかも古いひな人形だよ」

「くうう!たまらん!」

「やばい!」

「安全にそれを体験できるなんて、天国だよね」

「はい。役得ですよ」

 部屋を暗くしてドキドキして待つ2人がそれに気付いたのは、12時を回って少しした頃だった。

 最初は小さい音だったので聞き逃しそうになったが、カタカタと、確かに音がした。そしてやがてははっきりと廊下からも聞こえるだろうというくらいにガタガタと音を立てて、箱を揺らした。

 同時に、啜り泣く声も聞こえた。

 そしてしばらくの間それは続いていたが、ぱたりと静かになった。

 2人は満足げに溜め息をつき、

「カタカタしたのを確認」

「啜り泣きも確認」

と言って、頷き合った。

 


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