第1005話 解呪不能(4)小龍

 昔の見取り図などは無かったが、証言は取れた。公園に改修した時、池を今の所に移して整え、前の池は埋め立てたと。

 その時に池にあった竜の形の小さい噴水や、池のそばに埋まっていた茶碗、池の中に沈められていた壺などが残っており、図書館に保管されているという。

 そこで、行って、視た。

 壺は割れ、欠片を並べてあった。明の時代のものらしい。そしてそれには、紙片がくっついていた。

 ただ、何かが憑いているという事は無かった。

「怜、あれ、札だよう」

「札が効力を失って、割れた拍子に札も千切れたのか」

 竜の噴水は、銅製で、上を向いている竜の口から水が出るような形になっていた。

「ん?怜、生きている札があるよ?」

 直が言って、噴水、壺、皿、茶碗などをじっくりと視る。

 そして、噴水の前に戻った。

「これだねえ」

 周囲を見るが、札らしきものは無い。

「底か、内部だな」

 重いが、竜の像を傾けて底が見えるようにする。それで直は、じっくりと見た。

「底にはないねえ」

「中か」

 ちきんと置き直し、どこかにそれらしいものは無いか調べる。

 隠された抽斗や不自然な窪みはないか。

「どこだ?」

 竜に手をかけ、重いが持ち上げる――と。

「取れた!?」

 竜の頭の部分が外れた。

 そして中に、札でグルグル巻きにされた小さい包みがあった。

「これだよう」

 直がそれをつまんで出し、しげしげと眺めた。

「開いてみるか?」

「そうだねえ。折角だし、本人の前がいいかねえ?」

「まあ、悪いやつにも見えなかったしな」

 竜を元に戻し、僕と直は、公園に向かった。


 黒い輪からの冷気は、内部へと沁み込んで行くようだ。ただでさえ冷たい2月の冷気が更に身に染みる。

 池のほとりに立つと、ほどなく小龍は現れた。

「これなんだけどねえ。違うかねえ」

 直は用心しながら、札を剥がした。

 と、一気にその中の小箱から爆発的な力の気配が溢れ出た。

「それじゃ!」

 小龍が飛びかかるようにして直に接近し、小箱に手をのばす。そしてそれをつかみ取った瞬間、女の子は竜の姿に変じた。

「竜!?」

「薄々そう思わなかったわけじゃないが、竜っていたのか」

 僕も直も、呆然と小龍だった竜を見上げる。

「ええっと。それが珠ですか?」

 小龍は再び女の子の姿になった。

「良かった。これでわらわも帰れる」

 笑った口元に、小さな牙が見えた。

「竜がまたどうしてここに?」

「わらわは田舎の社に住んでおったんだがの。昼寝しておったら男に捕まえられて、牙を折られて、壺に入れられたんじゃ」

 想像がつかない。

「さっきの姿は、随分大きかったよな。どうやって壺に?それほど大きな壺が?」

「ホテルとかで大きな壺も見た事はあるけどねえ。ちょっと、体長20メートルの竜を入れられる壺は、想像がつかないねえ」

 小龍は肩を竦めた。

「蛇の姿になっておったんじゃ」

「ああ」

「成程。毒牙を折ったと。

 ん?珠なんじゃ?」

「珠じゃ。はめると牙の形になるんじゃ」

「へえ」

「知らなかったねえ」

「で、ここの池に封じられたと」

「ああ。水に困っておると言われたが、偉い目におうたわ」

 小龍は嘆息して見せた。

「わらわはこれで帰る。世話になったの」

 言うや、竜の姿に変じ、飛び上がる。

「あ、待って!これは!?呪!」

「ああ、忘れておったわ」

 なんて事だと怒りかけたが、正面から目がくらむような強い光を浴び、声も出ない。

「じゃあの」

 声がして、まだ視界が戻らないが、気配で小龍が飛び立って行ったのがわかった。

「何だよ、眩しいなぁ」

「目が、目がぁ」

 どうにか視界が元に戻ると、腕を確認する。

「おお、消えてるな!」

「消えてるねえ!」

 ほっとしたのもつかの間、どこかお馴染みの感覚があった。

「ん?これは、何だろう」

「どうしたのかねえ?」

「いや、体質がなんか、変わってないか?」

「え」

 直と向かい合って、相手を見る。

 鱗もないし、牙もない。何だろう。何か違う。

 直も落ち着かない様子で見ているが、ふと、思った。

「水?」

 肩の凝った所を意識し、血液を流してみる。

「おお!血流が!肩こりが!」

「ええ?あ!?これはいいねえ!」

 直もわかったらしい。

「筋肉痛知らずだよう」

「これは地味に嬉しい体質変化だな!」

 僕と直は肩を組んで、空を見上げた。もう小龍はどこにも見えず、満月がかかっている。

「ありがとう、小龍!」

「ありがとう、元気でねえ!」

 そして、呟く。

「居眠りしてて捕まるなんてどんくさいとか思ってごめんな」

「帰ろうかねえ」

「ああ。明日、兄ちゃん達にも肩こり解消してやろう」

「それがいいねえ」

 この時僕達は、部の皆に、マッサージ機代わりに肩こり解消を頼まれて忙しくなるとは、気付いていなかったのだった。




 

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