第991話 死者の尊厳(3)親子
拝田君は瘴気を撒き散らそうとしたが、直の札が結界を張って、皆を守る。
「やめなさい!」
「何だよ、あれ!拝田ってやつ以外に誰かいたぞ!?」
慌てている如月君に、言う。
「あれは拝田君の母親だな。死んだものの息子の事が心配になって憑いていたんだろう。恐らく、ケガをさせていたのは、あなたの方ですね」
ムスコヲ イジメタ
コノコハ ワルクナイノニ
「そうですね。でも、ケガをさせるのはよくなかった」
やめて おかあさん
「巳継君は、お母さんの暴走を止めようとしている。悲しんでいますよ。優しいお母さんなんでしょう?」
おかあさん やめて
腹は立つけど もういいから
ミツグ ごめんなさい
おかあさんのせいで ごめんなさい
拝田君の体が、不安定に形を変え、2人になったり1人になったりしていたが、やがて、落ち着いて来た。
「死者にあれこれと心無い噂をして貶めるのは、恥ずべき事だと思います。それに、母親として息子が心配だったのもわかります。でも、終わりにしましょうか」
拝田君は落ち着き、完全に親子2人になった。
申し訳ありませんでした
母親が頭を下げる。
僕は、そんな母親と拝田君に、そっと刀を差し込んで浄力を流した。
それで2人は、さらさらと崩れて消えて行った。
僕はそれを見てから、刀を消し、如月君に向き直った。
「話を聞かずにいきなり浄力を叩き込むのは、職質せずに射殺するのと同じだろう?そんな事はしたくないんだ。話を聞けば、母親が陰にいた事もわかっただろう。説得できれば、刀で斬られる事無く安らかに成仏できただろうし、実体化もせずに済んだかもしれない。
甘いと言われようが、僕は主義を変えるつもりはない。説得の余地があれば、説得を試みる。
それから、皆。死者にだって、主張や尊厳はあるんだぞ。無責任な噂で辱めるのは感心しない。君らだって、身に覚えのない噂を立てられたら腹が立つだろう?」
生徒達は下を向き、数人は啜り泣きを始めた。
如月君も、唇を噛んで、難しい顔をしている。
それで、僕と直は、教室を出た。
学校を出る前に、パタパタと足音が追って来た。振り返ると、如月君だ。
「あの!」
「ん?」
直が柔らかく訊く。
如月君は言葉を探すようにしていたが、頭をかいて、口を開いた。
「すみませんでした」
「いいよ」
いいとも。生意気だし、年寄り扱いされたし、甘いとか言われたけど、別にいいとも。
「ぼくの家、東日本では有名な家なんです。昔より力が無くて、父は霊能師としての力を見込まれて婿養子に来て、それでぼくが生まれたから、ずっと期待されてきたんです。天才って呼ばれるたびに、天才にならないと、天才のふりをしないとって。自信がないとか、怖いとか、そんな素振り、見せるわけにはいかなかったんです。
ぼくは、間違ってたんですか。ぼく、どうすればいいんですか」
僕と直は、泣きそうな顔で俯く如月君を見た。
その姿は、普通の頼りない子供に見えた。
「如月君も、苦労してるんだねえ」
「まあ、あれだ。君の人生は君の物。外野は好き勝手に期待してきても、責任はとってくれないんだから。君は君が責任を取れるように、納得できるように、やればいいんじゃないか?
相談くらいにはいつでものるし、ほかの先輩も、結構面倒見が良くて頼れるぞ」
「そうそう。身構えないで、まずは友達をつくってみればいいんじゃないかねえ?」
「ツンデレはやめとけ。現実でやられても、イラッとされるだけだぞ」
それで如月君は笑い、頭を下げた。
それが、事の始まりだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます