第990話 死者の尊厳(2)新世代の自称トップ

 陰陽部で、蜂谷と京香さんと4人で昨日の話をしていた。

「ああ。如月な。クソ生意気なクソガキ」

 蜂谷は嫌そうに言った。

 蜂谷恭介はちやきょうすけ。霊能師で、呪術、解呪に強く、電波を介した術のエキスパートで、パソコン関係にも明るい。シニカルなところがあるが、根はお人好しで、面倒見がいい。

 呪物が持ち込まれたので、蜂谷に解呪に来てもらったのだ。

「協会でも、敵が多いわね。自信家で、生意気で、先輩を先輩と思わない態度だし、人が請け負った仕事にケチをつけたりするからね」

 京香さんは嫌そうに言う。

 双龍院京香そうりゅういんきょうか。僕と直の師匠で、隣に住んでいる。大雑把でアルコール好きな残念な美人だが、面倒見のいい、頼れる存在だ。

 京香さんは、蜂谷について来たのだ。

「由緒ある霊能師の家系で、上もきつく言えないみたいだな」

「だったら津山先生がギャフンと言わせればいいのよ」

「京香さん。ギャフンじゃないでしょ。ガツンでしょ」

 僕が言うと、直は大笑いした。

「でも、確かに皆手を焼いてはいるみたいだねえ」

「保護者はどんな人?何も言ってないのか?」

「結果が全てだし、何か問題でも?ってね」

「なまじ無能でないからやり難いのよね」

「それでうぬぼれられちゃあ困るんだけどな」

「いつか大きく揉める事になりそうだな。面倒臭い」

 僕達は揃って嘆息した。


 僕と直は、学校へ来ていた。

 この学校の2年B組の生徒が、順番にケガをしたり、少し前に自殺した生徒の霊を見るらしい。

 その死んだ生徒というのは、拝田巳継はいだみつぐ君。クラスで虐めていたと、渋々認めたところだった。

 巳継君は、母親が愛人を殺して自殺したという事で、クラスでも面白おかしく言われ、虐められていたが、家でも、酔った父親に暴力を振るわれていたらしい。

 逃げ場がどこにもなかったようだ。

「父親もつい辛くて当たってしまったって悔やんでたな」

「自殺してしまう前に、どうにかできていればよかったのにねえ」

 言いながら、教室を見回す。

 そこには、クラスの生徒達が怯えながら座っていた。

「母親の事は、拝田君本人には何の罪も責任もない事なのにねえ」

「全くだ。ばかばかしい」

 生徒達が、しゅんとしたり、文句を言いたそうにしたりする。

「来たぞ」

 言うと、文句を言いたそうにしていた子も、顔色を変える。

 その気配は凝り、人の形を取った。

「ヒッ!?」

 数人が息を呑む。

 だが、よく似た気配のものがもう1体、隠れるようにくっついている。

「拝田巳継君だね」

 拝田君は皆を恨めし気に見ていたが、その目を僕と直に向けた。

「警視庁陰陽部の御崎です」

「同じく町田ですぅ」

「このクラスの生徒がケガをするって聞いてね」

 拝田君はぼそぼそと言った。


     お母さんがビッチだとか 担任にも声をかけてたとか

     相手を無理矢理殺した殺人者だから

     ぼくも何をするかわからないし

     生きる価値もないとか


「それで、腹を立てたんだな。確かに、母親の罪は母親のもので、君のものじゃない。君に生きる価値がないなんてとんでもない事だ。

 でも、死んでしまう前に、他の人に相談するべきだったね」


     ぼくの言う事なんて、聞いてくれない


 拝田君は俯き、クラスメイト達も気まずそうに俯く。

 その時、教室のドアが開いて、2人が現れた。如月君と、校長だ。

「如月君?何の用だ?」

 如月君は自信たっぷりに笑いながら、教室内を眺めまわした。

「校長に依頼されたんですよ」

 直が、軽く眉をひそめる。

「教育委員会から、警察に話が来たんだけどねえ?」

 それにお構いなしに、如月君は拝田君を見て唇を歪めた。

「ああ。そこにいるじゃないですか。何でさっさと祓わないんです?」

 それに拝田君がムッとしたような顔をする。

「なるべく、納得して成仏してもらいたいと思っているからな」

「無駄な事を。

 ぼくにやらせてもらえませんかね」

 校長は冷や汗をハンカチで拭きながら、僕と直に言った。

「手違いがありまして。その、被害届は取り下げます。どうぞお帰り下さい」

 僕と直は顔を見合わせた。

「校長」

「如月君のお父様はわが校のOBでして、その、息子を向かわせるので是非と」

 溜め息が出る。

「お帰り下さい。

 というか、もう僕達に任せてもらえればいいですよ。ぼく、家柄も実力もあるんで」

 如月君が得意そうな顔をして言う。

「じゃあ、念の為にここで待機させてもらおうか。はいそうですかと行かないもんでね」

 僕と直が端に避けると、如月君は肩を竦めた。

 そして、始まった。

「消えろ、悪霊が。負け犬のくせに」

 拝田君だけでなく、全員がぎょっとした。


     ぼくを いつもいつもイツモ バカニシテ

     ボクハ マケイヌジャナイ

     キタナクナイ ヒトヲコロシタリシナイ

     バカニスルナ!


 拝田君の体が急に大きく膨らみ、隠れるように寄り添っていた霊が一緒になる。


     ムスコヲ バカニスルナ

     ムスコハ ワルクナイ

     オマエラミンナ テキダ!


 そして、実体化した。

「え!?何で!?2体!?」

 如月君は気付かなかったらしい。

 しかし慌てたのも一時で、浄力を叩きつけた。なかなかの力だ。

 が、全く効いていない。怒らせただけだった。

「そんな――!」

 如月君も皆も、青い顔で浮足立った。

「はあ。如月君。下がれ」

「う、うるさい!」

「対処できないんだろうが?下がれ!

 直、逝こうか」

「はいよ」

 僕と直は、如月君の前に出て、拝田君と向かい合った。


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