第981話 留められた神(5)神の怒り

 七福神の乗る宝船を割り、出て来た黒いそれは、見るからに禍々しい姿をしていた。

 座敷童の姿をベースにしているのか、おかっぱの少女の姿をしている。しかし、恨みをたたえたような目をし、冷気と生臭さを撒き散らす息を吐き、体中、黒いもやをまとったように見える。

 この黒いもやは、ほかの幸運の神だったものだろう。座敷童よりも存在が弱かったせいで、恨みの念だけの存在になって形を保てなくなってしまったらしい。


     ヨクモ ニンゲンフゼイガ


 深澤さんがヒッと声を上げ、腰を抜かしたように座り込んだ。近藤さんは逃げ出そうとして、三沢さんに捕まった。

「は、離せよ!この!」

 喚いて、三沢さん達を蹴るくらいに元気だ。

「自分の不始末だ。自分でどうにかしろって言いたいところだがな」

「死なれてもねえ。仕方ないよう、怜」

 直は肩を竦めながらも、油断なく札を展開させて、この場を結界で覆った。

 僕は変質した神に向かって言った。

「もう、集会は始まっています。到着が遅いので心配されて、様子を見てくれと頼まれました。

 出雲に、行きましょうか」


     コイツラ コノママデハ スマサン


「それは、僕達が法で裁きますので」


     タタリコロスマデ オサマランワ!

     コロシテクレル!


 飛びかかって行くそれに、深澤さんも近藤さんも悲鳴をあげた。

 その両者の間に入り、黒いそれに触れて、神威を叩きつける。いわば、冷や水を浴びせるようなものだろうか。


     ウオオ!? おお?


 キョトンとしたように、少女が僕の顔を見上げていた。

 その周囲に、気配だけになってしまった神が漂う。

「皆さん、お待ちかねですよ」


     この箱に引きずり込まれてしもうてな

     面目ない

     私は抵抗していたのだが

     彼らは先に 我を忘れ 形を失ってしまった


「それなら、何とかなるでしょう」


     そうか おぬしは そうじゃったな


 合点がいったように座敷童が頷き、僕は、形を失った神たちに手を伸ばした。そこに、神たちが群がり、入って来る。

 座敷童のように名前の知られた神なら力も強い。しかしこのような無名の神は、力も弱い。それでも、流れ込んで来る記憶を読んで、取り込んだ神たちをもう一度出す。

 すると、小人のようなものだったり馬の姿だったりする神たちになる。


     造作をかけたな

     礼は必ずしよう

     ああ 宴が 会議が始まっていたとは

     急いで参ろう


 彼らは空間に亀裂を入れてそこにゾロゾロと入り込み、そして亀裂は閉じられた。

「よし。こっちはこれでOKだな」

 これで小野さんからのミッションは完了だ。

 小野篁は、鬼上司だった。

 直もやれやれと言いながら札をしまい、揃って振り返ると、深澤さんは失神しており、近藤さんは腰を抜かしてガタガタ震え、三沢さんは青い顔ながらも根性で笑っており、相棒の刑事は震えながらもどうにか立っていた。

 大した根性だ。

 僕と直は親指を立ててサインを出すと、三沢さんも同じく親指を立てて、ウインクして見せた。


 毒気を抜かれたような素直さで2人が供述したところによると、やはり宿を永遠に栄えさせようと考えた深澤が近藤に相談。それで近藤は神を呼んで箱の中に閉じ込め、それを台座に入れる事を提案した。

 定期的に儀式を行わなければいけないようにというのは、近藤が金銭を得続ける為というのもあったが、完全にそこに閉じ込めておくだけの力が近藤になかったためというのも大きいようだった。

「強欲な2人が組んだとんでもない事件だったわけだな」

「まあ、神の方も無事に戻って良かったよねえ」

「ああ。どうやって出張しようか考えたが、それも上手く行って良かったし」

「小野さんのミッションも無事に完了したしねえ」

 無事に集会に行った座敷童たちは、帰りに家によって、うちや直のところや兄のところに、学業や交通安全、健康、家内安全、大漁祈願など各々の加護を与えてくれた。それもありがたい。

「結局、無理矢理加護を得ようとしても上手く行くわけないんだよな」

「そうそう。神だって、機械じゃないんだからねえ」

 そして、小野さんに与えられた次の任務について書かれた資料を見た。

「『こいつらは逃げた亡者だ。すぐに連れ戻せ』だって?

 面倒臭いな」


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