第980話 留められた神(4)欲

 旅館に着くと、すぐに中庭に行った。

 宝船の下からする気配は、酷い物だった。

「まずいな」

「そりゃあ、怒るよねえ」

 僕と直が言うと、三沢さんと相棒は、ギョッとしたように七福神と僕達を交互に見た。

「え。まずいんすか」

「深澤さんと近藤さんに、すぐに話をしないとな。

 近藤さんをここに連れて来られるか?」

「了解ッス!」

 まずは4人で建物の方へ歩きかけた時、スーツを着た壮年の男と老婆がこちらにやって来た。

「あ。深澤と近藤ッス」

 こそっと三沢さんが言う。

「失礼します。深澤繫清さんと近藤タマヨさんですか」

「はい?」

「警視庁陰陽部の御崎と申します」

「同じく町田と申しますぅ」

 それで2人共、表情に緊張が混じった。

「それはわざわざ遠い所を。あの、何か」

 緊張を隠して深澤さんがにこやかに言うが、近藤さんは不機嫌そうにこちらを見ている。

「改装工事の時に、ここに埋めた箱の件です」

「はい?何の事でしょうか?」

「とぼけても無駄ですねえ。目撃者は複数いるし、ここに現物がありますしねえ」

「近藤さん。あなたならわかるでしょう?箱に封じられた神が、中で暴れ、閉じ込めたものを呪い、別物に変質しているのを」

 深澤さんはそれにギョッとしたような顔をしたが、近藤さんは嘆息しただけだった。

「どういう事ですか?変質?」

 深澤さんは、僕達と近藤さんを忙しく見た。儀式の事がバレるより、そっちがヤバいと思ったらしい。

 近藤さんは憎々し気に深澤さんを睨んだ。

「あっさりと認めちまいやがって」

「おい!」

「ああ、そうだよ。閉じ込められて怒ってるんだろうさ」

「怒るって、どうなるんだ?」

「さあ。この旅館に祟って潰すとか、あんたの一族を襲うとか?

 はあ!儲け口がパアだよ!」

 それに、深澤さんが呆然としながら訊く。

「どういう事だ……?」

 それに応えないでよそを見ている近藤さんに代わって、口を開く。

「定期的にメンテナンスしないと、って言って、儲け続けるはずだったんですよね」

「ああ、そうだよ!それを、余計な事をして」

「なんだと、このくそばばあ!」

 深澤さんが怒る。

「落ち着いて下さいよねえ。

 問題はまず今ですからねえ」

 三沢さんと相棒は、深澤さんと近藤さんを逃がさないように、その背後についている。その三沢さんの顔は、好奇心で輝いていた。

「箱に、座敷童ほか数柱の神を下ろし、閉じ込めた。そしてそれを、この宝船の台座に封じた。間違いありませんね」

 近藤さんは渋々認めた。

「術式を確認したいんですがねえ?それと、正確に、何を封印したのか」

 近藤さんは不機嫌そうな顔を一転ニヤリとさせると、

「言わないよ。バーカ。勝手に調べな。手遅れにならないといいねえ」

と笑った。

「こんのくそばばあ!」

 掴みかかりそうになる深澤さんを、三沢さん達が止めた。

「あたしを見逃してくれるんなら教えてあげるよ?」

 僕も直も、溜め息を漏らした。

「ほらほら。どうするんだい?間に合わないよ?」

 楽しそうだ。

「全く。情状の余地なしだな」

「だねえ」

 七福神の下から感じられる気配に、福の神的なものはもうない。それが、ますます激しくうねり、出ようともがいている。

 すぐそばに、憎むべき術者と依頼者がいると、わかっているのだろうか。

「やりようはある。

 さあて、直、逝こうか」

「はいよ」

 宝船は、誰の目にもわかるくらいにガタガタと揺れ、そして、台座にピシリとひびが入った。




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