第979話 留められた神(3)拝み屋

 朝、普通のルートから、協会へ問い合わせた。その地方でおかしな事は無いかと。そして、あの旅館の事も調べた。

 旅館は、昔は普通の日本旅館だったのが、改装して七福神の宿と銘打って営業し始めたのが今年の始め。人気があって、週末は満室続き。宴会の予約もいっぱいらしい。

「温泉がいいらしいよう。料理もそこそこいいらしいねえ」

「これと言って変な目撃談とかはないらしいが、改築工事の時に、国家資格化を機に引退してた拝み屋のおばあさんが来てたらしい」

「それは……」

「怪しいよな。何したんだよ、面倒臭い」

 揃って嘆息する。

 そして、差支えの無い部分を話して、出張許可をもらう事にした。

「引退した拝み屋が、何かの儀式を行った?」

 徳川さんが真面目な顔で訊き返した。

 徳川一行とくがわかずゆき。飄々として少々変わってはいるが、警察庁キャリアで警視長。なかなかやり手で、必要とあらば冷酷な判断も下す。陰陽課の生みの親兼責任者で、兄の上司になった時からよくウチにも遊びに来ていたのだが、すっかり、兄とは元上司と部下というより、友人という感じになっている。

「はい。何をしたのかはわかっていませんが、数体の神が行方不明になっているという地域と重なりますので、急いで調査するべきかと」

 徳川さんは考え、

「単に霊能師法違反なら3課に行ってもらうところだけど、儀式の内容によっては危険か。

 地元の霊能師協会に頼むのは?」

と言う。本当なら、それが普通だ。

「神が、場合によっては複数ですからね」

「もしかすると、危ないかも知れないですねえ」

 すると徳川さんは少し考え、すぐに頷いた。

「わかった。許可しよう。

 向こうには三沢君がいるな。元拝み屋の方はそっちに預けようか」

「はい」

 上手く許可が下りてホッとしながら、僕と直は、出張の準備にかかった。


 岩手の県警本部に着くと、三沢さんと本部長達幹部が待っていた。

「係長!お久しぶりですぅ――っと、部になって、今は課長でしたね」

 他がそれなりに緊張している中、三沢さんは相変わらずだった。本部長室を出た途端、軽い雰囲気に戻る。

 が、本質は、他人を良く見て気遣える人間で、努力家でもある。

「元気そうだねえ。良かったよう」

「早速だが、頼んでおいた件、どうだった?」

 三沢さんと相棒の刑事は、表情を引き締め――相棒の方は、最初からガチガチだったが――、報告を始めた。

「七福神の宿のオーナー社長は、深澤繫清ふかざわしげきよ、57歳。元々あった老舗旅館は『深澤旅館』だったんですが、先代が亡くなって引き継いだのを機に、今のように改装したんですよ」

「金のにおいに敏感と地元では言われています」

 三沢さんの相棒もそう言い添え、捜査車両のドアを開ける。

 それに乗り込み、助手席から振り返りながら三沢さんが言う。

「深澤と会いたければ、100円玉を落とせばいい。すぐにその音を聞きつけて飛んで来る、とか言うくらいですから」

「それはまた」

「嫌われてるのかねえ」

「半々ですかね。

 拝み屋の方は、近藤タマヨ、83歳。こっちも輪をかけた業突く張りで、こっちは近所のたいがいの人に煙たがられてます。庭に入ったボールを取りに子供が行くと、通行料とか管理費とかを要求するんですよ?」

「近所の猫が庭にフンをした時には、迷惑料だってもの凄い金額を吹っかけたりして、トラブルが絶えません」

 三沢さんの相棒も、ルームミラー越しに言った。

「絵にかいたように迷惑な隣人だな」

「家族もなしかねえ」

「夫は40年前に病死、息子も娘も、高校を出てすぐに、タマヨと揉めて家を出てそれっきりです。

 拝み屋としては、まあ、料金が高いのは別として、そこそこ仕事をしていたようです。先祖供養とか憑き物落としとか合格祈願とか。ですが、霊能師の国家資格化の時に引退していました。

 七福神の宿の工事中、深澤に伴われて敷地内に入って行ったのを、複数の人間が目撃しています」

 ここで三沢さんが、付け足した。

「でも、地鎮祭的なものは終わってたらしいんですよね。大きな箱を、従業員に運ばせていたらしいんですけど、何ですかね」

 僕と直は、わかってきた。

 が、まだ何も知らない事になっているので、言うわけにはいかない。

「ろくでもない仕掛けなのは確かだな。

 七福神の宿にそれを見に行きたいから、頼みます」

「はい!」

 三沢さんの相棒は張り切って車を発進させた。




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