第975話 漂流する悪意(3)体験

 金山杏奈は棚橋恵斗の葬儀から帰ると、ベッドに寝転んでスマホをいじり出した。そして、『同じクラスの2人が焼け死ぬって、やばくない?』と河合満里恵とラインを送り始めた。

 そのうち急に眠くなり、あれよあれよという間に目を開けている事ができなくなる。そして、そのまま寝込んでしまった。

 が、気が付くと、幽体離脱のような状態で、ベッドを眺めるようにして床に座っているのに気が付いた。

「え。うそ!?」

 言った時、そばに誰かが立っているのに気付いて、目を向けた。

「高田!?」

 死んだときいている高田柚香が、自分を無表情な目で見つめていた。

 途端に、学校の掲示板を思い出して少し後ろめたくなった。

「何でここに?」

「棚橋さんと金山さんと河井さんなのよね。自分だけ逃げたとか、タバコとか、パパ活とか、ありもしない事を色々と書いたのって」

 ギクリとした。

「何でよ。何の事?」

「わかってるの。ほかの発言から、そうだって」

 それにカッとして、言い返す。

「それが何よ。タバコとかは、そうかもってだけで、断定してないわよ。それに、みんなそういう事書いてたじゃない。それくらい何よ」

 高田は嘆息した。

「本当に、わかってないのね。同じ目に遭わないと、あなたもわからないのね」

 なぜかギクリとした。

「あなたも?」

 高田はスッとベッドを指さした。そこには、河井が寝ていた。

「連れて逃げ出せるかどうか、やってみたら?」

「はあ!?」

 振り返ると、高田はいなかった。代わりに、あっという間に白い煙が充満し、炎の爆ぜる音と、息苦しさに押しつぶされそうになった。

 文句を言いたかったが、咳込むだけで、声も出せなかった。


 高田さんの飛び降りたビルにも全焼した家にも、高田さんはいなかった。

 それでも間違いなく、これが高田さんのした事で、その原因が学校の掲示板への書き込みの内容だと思われた。

「棚橋さんを殺したのが高田さんだとすれば、次は金山さんか河井さんだな。どっちだろう?」

「行って視るしかないかもねえ」

「仕方ないな、近い方は……河井さんか。こっちから行こうか」

 僕と直は、河井さんの家に向かった。

 住所を頼りに行き、河井さんに出て来てもらったが、どうも落ちつかない様子だ。

「どうかしましたか」

「あ、すみません。ラインでやり取りしてたら、急に変な感じで杏奈――金山さんが返事しなくなって。何かこんな日だから、気になって……」

 それを聞いて、僕と直は内心慌てた。向こうだったか、と。


 涙と鼻水とせきが止まらない。おまけに方向もわからなくて、パニックである。

「助けて!誰か!」

 言ったつもりが、出たのはせきだけだ。

 手を伸ばせば、ベッドに当たる筈が、何か熱いものに触って、慌てて手を引っ込めた。

 重力があるので天井と床はわかる。しかしそれ以外は全く分からない事に、金山はどうすればいいのかわからないでいる。

 どうしよう、助けて。この2つの言葉しか、頭に出て来ない。

 そのうちに、偶然窓辺に辿り着いたのがわかった。

 今ここから出るしかない。

 金山はそう思って、窓から外へダイブした。

 

 それで、ハッとした。

 急に居眠りから醒めたような感じがしたら、高田と向かい合ったままの姿勢だ。

「何も見えないでしょう?すぐそこなのに、何にもわからないでしょう?」

「え……あの」

「よくわかったでしょう。あなたも、死んだわね」

 それで思い出して、ベッドを見た。

「満里恵――え?」

 ベッドに寝ているのは、自分だった。

「死んじゃった」

 高田が言い、金山は血の気が引いた。

「まさか、あんた、恵斗を?」

「同じシチュエーションにしてみただけよ。だって、助けられるんでしょ?」

「グッ……それは……」

「そう、書いてあったもんね?」

 返す言葉を探している金山の背中に冷や汗が流れた。

「高田、さん。ごめん。軽い気持ちで、その」

 高田は何も言わない。

「だって、みんなその通りって!反対意見なんて出なかったじゃない!私だけじゃないでしょ!?」

「安心して」

 助けてもらえるかとホッとした金山は、高田の言葉に凍り付いた。

「全員、同じ事を試してもらうから」

「そっ――」

「さよなら」

 言葉が見つからない金山の足元に火が付いた。

「きゃっ!熱い!!やめて!!ごめんなさい!!ちゃんと訂正するから!!」

 高田は、悲し気な顔をして、

「もっと前に聞きたかったわ」

と言った。

 



 

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