第974話 漂流する悪意(2)掲示板

 学校へ話を聴きに行く事にした。

 公立の共学校で、着いたのが昼休みだったため、ひどく賑やかだった。

 彼女が在籍していた2年2組の担任は50歳前後の男性で、困惑したような顔をしていた。

「取り立てて問題もありませんでしたし、大人しい、普通の生徒でしたよ。クラブは入っていませんでしたし、委員は図書委員で、適当に真面目で適当にサボる、ありふれた生徒です。

 これはやっぱり、呪いですかね。高田の」

「高田?」

 突然出て来た名前に、注意を向けた。

 担任は声を潜めるようにして言った。

「うちのクラスに高田柚香という生徒がいたんですが、夏休みに火事で家が全焼して家族が焼死したんです。高田は何とか逃げ出せたんですが、始業式の日の朝、ビルから飛び降りて自殺しているのが発見されましてね」

「へえ。その話を詳しく聞きたいですねえ」

 僕と直は、身を乗り出した。

 高田柚香さんも普通の生徒で、クラブは放送部だった。

 両親と妹の4人家族で、家は2LDKの2階建。家事が起きたのは8月4日未明で、出火原因は蚊取り線香の上にティッシュが落ちて燃え上がり、それが絨毯、布団に燃え広がった事によるものだった。

 柚香さんが目を覚ました時には辺りは炎と煙とで視界がほぼゼロ。隣の部屋には両親が、妹は自分と同じ部屋にいたにもかかわらず、どこにいるか全くわからないありさまで、たまたまよろめいた時に窓辺に辿り着いた柚香さんはそこから飛び降りて助かったそうだ。

 軽い一酸化中毒と捻挫で病院に搬送されたが柚香さんは助かり、家族は逃げ場を失ったまま、焼死してしまったという。

 柚香さんは退院後、アパートで暮らし始めたが、始業式の朝、アパート近くのビルから転落死しているのを新聞配達員が発見、通報した。

 その場に遺書はなかったが、争った形跡もなく、自殺と判断された。

「そっちも調べてみましょう。

 では、棚橋さんと仲の良かった友人からも話を伺いたいんですが」

 そう言って呼ばれて来たのは、女子生徒2人だった。

金山杏奈かなやまあんなです」

河井満里恵かわいまりえです」

 2人とも大人しそうな、ありきたりの子だった。

 金山さんは小柄で程よく日焼けしており、どこか面白がるような顔付きをしている。

 河井さんはややビクビクしているようで、シルバーフレームの眼鏡を、ひっきりなしに触っていた。

 おかしな事は無かったか、悩みはなかったか、という通り一遍の事を訊き、恨まれている可能性を訊くが、それもなかったと言う。

「このクラスの高田柚香さんとは仲は良かったのかねえ?」

 すると2人は首を傾げながら顔を見合わせた。

「別に、良くも悪くも……ねえ」

「うん。用事があれば話はするけど、それ以外は、ねえ」

「普通、だよね?」

「じゃあ、高田さんと仲のいい生徒は?」

 2人は、数人の名前を上げた。そして、付け加える。

「まあそれも、1学期までだけど」

「たぶん2学期からは、孤立してたかも。ねえ」

 僕と直が首を傾げる番だった。

「それはどうして?火事が原因?」

 2人はやや言い難そうにしながらも、口を開く。

「学校の掲示板で、火事の後、高田の話題になって」

「同じ部屋にいた妹も助けずに自分だけ逃げ出すなんてひどいって。ね」

「そう。そういう感じの話になって。

 そこから、高田の噂になって、高田の肩を持ってたその子達も、もう肩を持たなくなって。ねえ」

「うん。学校の掲示板以外にも、その噂と高田さんの写真が流出してたから、ねえ」

 内容を想像すると胃の辺りが重くなるような気がするが、見ない訳にもいかない。

 ログを確認する必要がありそうだ。


 早速調べてみた。

 最初は、「助かって良かったね」「ご家族は気の毒だったね」という普通のコメントが並んでいたが、それが途中から変わる。「同じ部屋だったのに助けられなかったの?」「そんなに広い部屋なわけ?草」「結局自分が大事だったって事でしょうWWW」。

 それに反論もあったが、「高田って腹黒いよね」「男子の前とか先生の前ではかわい子ぶるし」「地味子のクセに似合わねえWW」「裏ではパパ活してたってマジ?」「本当はタバコが火元じゃないの」「パパ活してたんなら仲良しグループも一緒?」。

 こういうコメントが出てからは、擁護するコメントがなくなり、ひとしきり話題にした後は、柚香さんの話題は一切出なくなっていた。

 このコメントを書いていた人物は、棚橋さん、金山さん、河井さんだった。

 知らず、溜め息が出た。

「高田柚香さんの自殺の原因はこれか」

「なるほどねえ。このひどいコメントを書いた人は、祟りじゃないかと思うよねえ」

「実際はどうなんだろう。高田さんの方を調べないとな」

 気が重いが、仕方がない。

 僕と直は、部屋を出た。




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