第968話 くりかえす(2)登場人物

 執事に客間に案内され、取り敢えず荷物を持って客間に行く。

「サプライズ企画って事はないの?」

 美里が訊くのも尤もだ。執事といい、客達といい、生きている人間としか思えない。その上、何かを触った時の感触も、匂いも、全てがリアルだ。

 家族ごとに分けられた部屋に荷物を置くと、まずは、僕、直、兄、京香さんで集まった。

「異界?」

「そう。悪い感じはしないけど、ドアを開けた瞬間に、異界に入った感じがしたよ」

「何だろうねえ、ここは」

 言っていると、下にいた若い女性が階段を上がって来て、口を開いた。

「説明いたします。

 私は猿沢マツ。ここの、長女です。

 実は、明治8年8月8日。ここで殺人事件が起きました。犯人がわからず、私達はずっと毎年この日には、今日を再現し続けて来たのです。

 どうか、犯人を見付けて、終わらせてはいただけないでしょうか。

 ああ。明日になれば自然と元の世界に戻りますので、ご心配には及びませんわ」

 僕達は、ちらっと顔を見た。

「我々の内3人は警察官で、彼女も関係者です。捜査はやぶさかではありませんが、ここには何も道具もありません。上手く行くかどうか」

 兄が代表して言った。

「それは……申し訳ありません」

 マツさんは、困ったような顔で、頭を下げた。

「でも、まあ、やってみるか。聞いた以上、放っておくのもな」

 流石兄ちゃんだ。ならば。

「じゃあ、まずは人間関係と動機の有無から聴いておこうか」

 それで、僕達は階下の人達を見ながら、説明を受けた。

 猿沢家当主の重吾。貿易で財を成した男だ。小太りで、小心者。そして実は、船の遭難や相場に失敗した事で、破産しそうな状況だ。

 妻のイネ。気位の高い子爵のお嬢様で、家を経済的に助けてもらうのと引き換えに重吾と結婚した。愛人がおり、それが重吾にバレて離婚されそうになっているのだが、実家に帰されると父親の怒りが目に見えているので、困っている。

 長女のマツ。結婚の話も出ているが、書生と心で通じ合っており、駆け落ちも辞さない覚悟をしている。

 二女のフミと三女のチヨは双子で、まだ優維ちゃんと同じくらいの年だ。

 下長一郎。猿沢家の書生だ。元はこの辺りで大きな店をしていた家の息子だが、重吾に店を買収されている。

 畑中米蔵。猿沢家の料理人だ。無口で、元は東京の西洋料理店で働いていたらしいが、ギャンブルが元でクビになった。

 執事の村雨明夫。イネの嫁入りについて来て、執事になった男だ。猿沢家に忠義を尽くしているようで、内実は、イネに尽くしている。

 客は2人。

 片方は菅井洋太。国文学者で、口癖のように死にたいと言っている。

 もう一人は前原克臣。成金でマツを嫁にとしつこく言い寄ったが、マツがはっきりとふったため、恥をかかされたと恨んでいる。しかし、重吾の事業のピンチを知って、金と引き換えにマツを妾に寄こせと言い出している。

 これが、別荘に集まっていた全員だそうだ。

「事件はいつどうやって起こったんですか」

 マツさんは固い顔で答えた。

「はい。夕食に毒が入っていたらしく、村雨さんと畑中さんと下長さん以外が死にました。

 その後で、村雨さんは責任を感じて自殺したのですが、その際に畑中さんと下長さんを殺して巻き添えに」

 物凄い事件が起こっていたらしい。心霊的な目撃情報が無かったので、引っかからなかったようだ。今度は警察のデータも調べなければ。

 今は昼をやや回ったばかりだ。

「ループしている事や、この後起こる事を皆知っているのですか?」

「いいえ。全員死んでから思い出して、1年の眠りにつくんです。これが何回も続いているのを知っているのは、私だけです」

「眠りにつく前に、真犯人は白状すればいいのに」

 京香さんが言うが、その通りだ。

「まずは、周囲の確認と、さり気なく話をして情報収集だ」

 兄の指揮で、捜査が開始された。


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