第969話 くりかえす(3)観察と調査
凜と累はフミちゃんとチヨちゃんの2人と仲良くなり、一緒に庭に出て、真っ赤なトマトやつややかなナス、キュウリの収穫の手伝いをして遊んでいる。
美里と千穂さんと冴子姉と京香さんは、サロンで大人達と談笑していた。
そして僕と直と兄で、調べている。
「食事に入っていたという事なら一番怪しいのは畑中さんだが、キッチンに毒物は見当たらなかったよ。今は犯人が持っているのか、部屋に置いているのか」
僕達は、庭のウサギ小屋の近くに集まって話をしていた。
「そもそも、何の毒なんだろうな」
兄も首を捻る。
「それがわかれば、もう少し手掛かりになるかも知れないのにねえ」
「ハーブ園があるけど、毒のある植物は見当たらなかったよう」
それで何となく庭を見回した。
庭の周囲には夾竹桃や楓などが植えてあり、その根元には、イヌホウズキやたんぽぽなどの雑草が生えている。それからたくさんの種類のハーブの植わっているハーブ園、夏野菜の植わっている畑、ウサギ小屋もある。
「洗剤類は納戸にしまってあって、誰でも手にする事は可能だな」
「動機の点では、大人達には各々、それなりに説明のつく動機もある。
でも、全員を殺してしまうとなると、首を捻る容疑者も出て来るな」
兄が鋭い目で考えながら言う。
「重吾は破産を前にしてやけになったという可能性はある。でもイネは、重吾を殺したくても、自分が死ぬ気はなさそうだ。菅井は自殺に皆を巻き込んだと考える事はできるが、前原は、ふられたマツを恨んではいても、百歩譲って無理心中はあったとしても、自分を含めた全員を殺す気はないだろう」
「下長は家を乗っ取られた復讐というのはあるかも知れないけど、子供も客もとなるとな。いくらでもチャンスがあるだろうし、マツまで殺してることになるしな」
「村雨は、イネだけは殺さないんじゃないかねえ。何があっても」
「畑中は一番チャンス的には黒に近いが、別に皆が死んでも、得はないだろう?現金を盗んで逃げるつもりだったとか?」
「一番に疑われるのはわかってるだろう。毒殺で、その上大金を持っていたら。逃げたら白状したようなものだしな」
「じゃあ、誰だ?」
僕達は考え込み、そして何となく上を見た。
夾竹桃の花が、夏の風に揺れていた。
毒物があると分かった以上、うかつにものを口にしないように皆には言ってある。しかし、まあ、採ったばかりのトマトやキュウリ、目の前で切ったスイカなら大丈夫だろう。
おやつに出されたそれらを食べてもいいと言うと、子供達は大喜びでかぶりついた。
康二さんと京香さん、冴子姉は、浅漬けに舌鼓を打ちながらお茶を飲んでいるし、美里と千穂さんはスミレの砂糖漬けとドライフルーツで紅茶を飲んでいる。
僕と直と兄は、紅茶を啜りながら、観察を続けていた。
猿沢家の人や客達も、各々紅茶やお茶、漬物やフルーツを口にしているが、心の中を隠すのが上手いのか、決定的な何かというのはない。
それでも、マツさんと下長さんは時々視線を合わせてはそっと微笑み合い、それを見る前原さんは、睨みつけたり、顔を背けたりしていた。
イネさんは重吾さんの顔色を時々伺い、重吾さんはそんなイネさんを無視している。
菅井さんは、死にたがる割には、本の新刊を楽しみにしていたり、今日の夕食や帰ってからの仕事について心配している。
村雨さんは、アンドロイドのように無表情で内心を全く悟らせないが、控えている間、やはり注視しているのはイネさんだというのはわかった。
フミちゃんとチヨちゃんは、凜と累のいい遊び相手で、素直で無邪気だ。食べ終えると、4人でかくれんぼをしようと言っている。
畑中さんは、取り敢えず腕はいいらしい。漬物もドライフルーツもスミレの砂糖漬けも、彼の自作らしい。この時代に洋食の料理人をしていると言うなら、横浜とか長崎とかで修行をしていたのだろうか。まさか、外国のスパイとか言うんじゃないだろうな。
そして、打ち合わせ通り、僕は頼んでみた。
「あの。僕は、料理に興味があるんです。良かったら、見学させていただけないでしょうか」
直、兄以外が、少し変な顔をした。
が、兄が笑顔で、
「できればお願いします。弟は料理が趣味でして」
と言い、直が、
「それで何か美味しい物を作ってくれたら、凜も累も優維ちゃんも嬉しいよねえ?」
と言ったので、チビッ子3人は単純に喜び、それ以外は、「何かある」と察したようだ。
後押ししてくれるようにマツさんには頼んであるので、マツさんはにっこりとして、言った。
「まあ。構いませんわよ。ねえ?」
それで畑中さんが渋るかと思いきや、
「はい、かしこまりました。大したものではございませんが、どうぞ」
とあっさりと許可する。
僕達3人は、礼を言った後、そっと目を合わせた。
畑中さんは、シロか、と。
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