第967話 くりかえす(1)夏休みはミステリー
僕と直は、真剣に検討した。
「海はやっぱり危険だな。毎回何か出るだろ」
「とは言え、山も手放しでは安心できないよねえ」
「何もおかしな話が出ない所を慎重に選ぶというのはどうだ?」
「それが一番、安全だよねえ」
うんうんと頷き合う。
何せ高校生の頃から、海でも山でも、危険な目に遭わなかったためしがないのだ。皆を連れて家族旅行へ行くのだから、安全でないと困る。僕や直も、24時間全員をカバーできるわけじゃないのだから。
そうして協会の情報をベースに検討を重ね、兄にも相談し、決定したのが、この高原だ。
「お馬さん!」
「高あい!」
「かっこいい!」
貸別荘の近くには牧場があり、馬や羊や牛が放牧され、触る事も、乗る事も搾乳もできる。また、出来立て牛乳やアイスも販売されているし、バーベキューコーナーもある。
「敬は小さい頃、馬に乗った事があるな。覚えてるか?」
兄が笑いながら、馬を見る敬に訊く。
僕と直が北海道へ出張へ行った時、馬の幽霊を連れて帰り、それにちょっとだけ敬は乗った事があるのだ。
「覚えてるよ!かっこよかったよねえ」
敬が、目をきらきらとさせた。
サクラリュウセオウも、あの世で喜んでいるだろう。
「大喜びだったものねえ。
ああ。あの時のラーメンもカニも美味しかったわ」
冴子姉がうっとりとした。
「美里ちゃんは、撮影で乗った事は?」
千穂さんが訊く。
「ないわ。牛車ならあるけど」
「京香さんは?」
訊くと、京香さんは、
「食べた事はあるわ」
と笑った。
「父さん、お馬さんに乗れる?」
凜が見上げて訊く。
「乗れるよ。なあ、直」
「うん。すぐにでも競馬場へ行けるくらいにって、しごかれたんだよね」
僕と直は一瞬遠い目になりかけたが、今思えば、あれもいい思い出だ。
乗馬体験をし、羊にも触り、牛乳も搾り、アイスもバーベキューも食べ、楽しい気分で貸別荘へ入った。
どうやら今回は無事に、楽しいだけで終わりそうだ。そう、思っていた。その時までは。
「うわあ。きれい」
そこは元は貴族の所有する別荘だった所で、明治時代には、1階の広間でパーティーも繰り広げられていたらしい。
「信州の鹿鳴館とか呼ばれてたようだよ」
女性陣が歓声を上げるのに、兄がそう解説する。
「趣があっていいところですねえ」
康二さんもカメラを構えて言う。
「ドレスのお嬢様とかがいてそうだね」
「文明開化だな」
敬と康介はそんな事を言い合いながら、玄関の短い階段を上って行く。
「ふふふ」
美里はさっと腕を組んできて笑う。
そして、大きな重厚なドアを開ける。
「――え?」
全員目を疑った。
ホールには時代がかった髪形と服装の人達が数人いて、踊ったり談笑したりしていたのだ。
「何だ?間違えた?」
兄が言うが、僕と直と京香さんの顔付きを見て、表情を引き締める。
そう。ドアを開けた瞬間、何か幕を通ったような、異界へ足を踏み入れたような感覚があったのだ。
「やっぱり、普通には終わらなかったか」
「ははは」
僕と直が溜め息をつくそばで、凜と累は、
「お姫様!」
と喜んで中に飛び込んで行き、中の人達に頭を撫でられていたのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます