第966話 チビッ子編 👻 修学旅行騒動記(3)修学旅行の朝

 朝。着替えてパンを食べ、もう家を出ようかという時間になっても、怜が来ない。

「どうしたのかな」

「昨日、言って聞かせたから、拗ねたのかなあ」

 父がのんびりと言う。母は、

「泣くよりいいわ。今のうちに家を出なさい。帰って来る頃には機嫌も直って飛びついて行くでしょ」

と言う。

「怜の髪を洗う時、シャンプーが目とか耳に入らないように気を付けて」

「はいはい」

「牛乳は人肌の温度で」

「はいはい」

「魚の小骨はちゃんと取ってよ」

 心配だ、心配だ、心配だ。

「大丈夫。司はちゃんと、楽しんで来なさい」

 父がにっこりと笑うが、心配だ。母が魚を食べさせたら小骨ごと飲み込ませそうだし、父だと時間をかけすぎて途中で怜が寝てしまいかねない。

「う、うん……」

 しかし、仕方のない事でもある。司は、カバンを取りに部屋に入った。

「ん?」

 カバンに入れたはずの色々が、外に出ている。

「……」

 司は予感を抱いて、そっとカバンを覗いてみた。

「……怜……」

「あ……にいたん」

 カバンの中に、怜が体を丸くして入っていた。

「カバンを持って行くから、ここに隠れていればいいと思ったのか?」

「うう……にいたんと、一緒!」

「何か、かわいいけど……」

 母が盛大な溜め息をついた。そして、グイッと怜をカバンから出す。

「いやあいやあいやあ!」

「暴れないの!

 司、早くしなさい、ほら!」

「にいたん!助けて!にいたん!」

 司は断腸の思いで出された荷物をカバンに詰め、逃げるように家を出た。


 新幹線に乗って、お菓子を食べたりし始める中、司は怜の事をまだ考えていた。

「どうした、どうした?また弟の事か?」

 友人がからかう。司をブラコンといつも言うやつだ。

「まあな。朝も、ついて来ると言ってカバンに潜んでた」

「へっ?」

「幼児にしては賢いだろう」

「え、いや、まあ……」

「それに、実は、すごくかわいかった」

「あ、そう。重症だな。まあ、あそこまで懐いてたらなあ。

 うちなんて、お土産の催促するだけだしな。かわいくない」

 司は、待ち受け画面の怜を見た。

「まあ、旅行の間は子育ては忘れろ。な!」

「ああ、まあ、そうだな」

 確かにそうだ。学校のれっきとした行事なんだしな。司は名残惜しそうに携帯をしまった。

「お菓子交換しようぜ」

「ああ」

 司はカバンを棚から降ろし、ファスナーを開けた。

「…………あ…………」

 つい、クセで、紙オムツを入れて来てしまった。

「御崎?何やって――あ……」

「怜。大丈夫かなあ。公園に行って、転ばないかなあ。池にはまったりしてないだろうな、鯉に興味津々だったからなあ」

「……だめだ。放って置こう」

「修学旅行。辛い行事だな」

 司が行事を軽く恨んでいる時、怜もまた、大好きな兄ちゃんと引き離す修学旅行という恐るべき行事を、恨んでいたのだった。

 この後、修学旅行から帰った司と怜は、生き別れの兄弟の再会かという程の涙の再会を果たすのである。



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