第960話 憎しみと恋しさの間(1)解き放たれた殺人鬼

 何かが憑いていて、証言などの都合でまだ祓わずに封印した状態で置いておく証拠品などは、二重の封印を施した保管棚に収める。そこにひき逃げされたおばあさんの憑いた杖を収めた灰田さんが、ポツンと言った。

「美弥ちゃんは残ってないけど、もし残っていたらなんて言ったんだろうな」

「ああ。昨日判決がでたな」

 御崎みさき れん。元々、感情が表情に出難いというのと、世界でも数人の、週に3時間程度しか睡眠を必要としない無眠者という体質があるのに、高校入学直前、突然、霊が見え、会話ができる体質になった。その上、神殺し、神喰い、神生み等の新体質までもが加わった霊能師であり、とうとう亜神なんていうレア体質になってしまった。面倒臭い事はなるべく避け、安全な毎日を送りたいのに、危ない、どうかすれば死にそうな目に、何度も遭っている。そして、警察官僚でもある。

「風邪薬で朦朧とした状態で車を運転してひき殺したんだったよねえ」

 町田まちだ なお、幼稚園からの親友だ。要領が良くて人懐っこく、脅威の人脈を持っている。高1の夏以降、直も、霊が見え、会話ができる体質になったので本当に心強い。だがその前から、僕の事情にも精通し、いつも無条件で助けてくれた大切な相棒だ。霊能師としては、祓えないが、屈指の札使いであり、インコ使いであり、共に亜神体質になった。そして、警察官僚でもある。

「心神耗弱で減刑されてたな。あの弁護士、やり手だからなあ」

 埼玉で、河原健二という男が坂巻美弥さんという保育士を車ではねて殺したのだ。どうしても仕事を休むわけにはいかなかったという事で、薬を飲んで運転したそうだ。

 この被害者の父親が灰田さんのお父さんの友人で、灰田さん兄弟と美弥さんは、子供の頃からよく一緒に遊んだ仲らしい。

「気の毒な事件だったよな。1日や2日、休めたらよかったのに」

「被害者とは、仲がよかったんだよねえ」

 灰田さんが小さく笑って頷いた。

「はい。お転婆で、よく一緒にイタズラしては、親父に叱られて、お仕置き部屋に入れられましたよ」

「お仕置き部屋?」

 訊き返すと、灰田さんはクスッと笑った。

「うちって神社でしょう。おかしな掛け軸とか人形とか、時々持ち込まれるんですよ。そういうのを集めた部屋があって、イタズラをすると、ここに一晩閉じ込められるんです」

「怖い奴がありそうだ」

 嬉しそうな美保さんと神戸さんに、灰田さんは頷いた。

「はい。夜になったら動く人形とかならまだかわいいものですけど、1つ、やばいものがあるんですよ。

 戦前の話なんですけど、女郎が望まないまま妊娠してしまって産んだ男の子が捨てられて、その子は女を憎むあまり、女を殺して回ったんです。それでその子は警察に捕まる寸前に自殺するんですが、人形に憑いてしまいましてね。

 その人形が実家に持ち込まれて、家に置いてあるんですよ。

 夜中に箱がガタガタと音を立てたりして、怖かったなあ。ぼくも兄も、泣いて謝って反省したもんですよ」

 懐かしい思い出を語る灰田さんだが、想像すると怖い。

「殺人鬼の憑いた人形か。

 何で人形なんだ?」

「さあ。その男が引き取られた叔母の家にあったそうですよ。この家で、下男以下の扱いを受けて育ったとか」

「なんにせよ、恨みの象徴か。怖い怖い」

 小幡さんが肩をすぼめて腕をさすり、この話題はここまでになった。


 その夜、坂巻美弥さんの母早織さんが自殺した。

 そしてその初七日を終えた日に、父の啓輔さんが、灰田さんの実家へ来た。

 目を離したのは、電話がかかって来た時の数分だったという。灰田さんの父悟さんが戻るとそこに啓輔さんはおらず、トイレかと思っていると、もの凄く大きな、ゾッとするような気配がしたらしい。

 それで反射的に曰く付きの物を収めてある部屋へ行くと、殺人鬼の人形の封印を解いた啓輔さんがいて、

「済まん、灰田。でも、こうするしか、恨みを晴らせんのだ。

 捨男。私は末期がんでもうすぐ死ぬ。私の代わりに、私を糧にして、頼む」

と言い、その禍々しい黒い人型の中へ倒れ込んで行ったそうだ。

 そしてその黒い人型は、消えた。

 すぐに悟さんは灰田さんに知らせ、灰田さんは徳川さんと僕と直に知らせた。

 これが事件の発端だった。







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