第959話 雨の日に(3)天誅

 浮田さんは、思ったよりも素早く、力強く、腕を振り下ろして来た。それをかわし、接近するも、振り下ろしたその手を、横に薙ぎ払って来る。

 それをかわして一旦離れる。

「何か、意外と素早いな」

 すると浮田さんは、怒りの声を上げた。


     チョロチョロト スバシコイ

     アタシガ イッテモ ゴキヲタイジシテクレナイノニ

     アノオンナダト カワイイトカ イッテルンデショ


 ああ。ゴキを退治する気分なのか。そう思うと、複雑だ。ゴキは嫌いだ。それを退治するなら応援したいが、こっちをゴキ扱いされるのは、御免こうむりたい。

 もう1度素早く接近し、浮田さんの手が襲い掛かる寸前に足元に来た札で浮田さんの死角へと急に飛び、そこから浮田さんに斬りつける。


     ギャアア!?


 浮田さんは暴れるが、切り口から入り込んでいく浄力で、だんだんと元へと戻りつつ、消えて行く。


     夫トアノオンナ アタシガ はねられたのに

     そのまま走り去った

     あんまりだわ くやしい 悲しい 仕返ししてやりたい


 言いながら泣き、消えて行った。

 残った僕達は、正直、後味が悪かった。

 お互いを盾にしようとして腕をガッチリと組んだ形で見送った兄妹は、

「旦那さんが浮気?酷いわ」

「目の前ではねられた妻を放って行くって……どういう神経してんだ」

などと言いながら、何とも言えない顔をしていた。

「旦那さんと年が近い人が女性と車でここに来たら、反応してたんだな」

「まあ、これで事故はもう起きないだろうけどねえ」

 僕も直も、それは良しとするが、浮田さんの言った事が本当なら、浮田さんが気の毒だと思う。

「まあとにかく、これで成仏したんだ。浮気するようなやつは忘れればいいよ」

「そうそう。囚われてたら、自分が損するだけだよねえ」

 切り替えて、車を見る。

「交通課に連絡だな。こっちはぶつからなくて済んで良かったですよ」

 僕達は兄妹に話しかけ、後処理を始めた。


 事故を起こしていた霊は成仏させたので、一応事件は終了した。

 しかし、気持ち的にはスッキリしないので、少々調べた。

 浮田さんをはねた車にはドライブレコーダーがあり、事故そのものには関係ないからと、それは重要視される事がなかったらしいが、映っていた。

 前方に車が映っており、そのナンバーを拡大したところ、夫の浮田丈太郎さんのものだと判明。しかも運転席には丈太郎さんが乗っていて、助手席には当時愛人だった真麻さんが乗っていた事も映っていた。

 というのも、流石に事故が起こったので止まり、窓から首を出して背後を見たのだ。

 その後、すぐに車を発進させて、走り去っている。

 事故の知らせをした時も、驚いたような口ぶりだったという。

 会社ではこの2人の愛人関係は確実な噂として知られており、納骨を済ませてすぐに2人が結婚しても、驚く人はいなかったらしい。

「薄情なもんだな」

「はねたドライバーが救急車を呼んだりしたのは彼らが走り去った後だったし、大丈夫と思った、というわけはないよねえ」

 怒りと呆れに鼻息の荒い直を、アオが宥めるように突いている。直はそんなアオの羽を撫でて、落ち着いて来たらしい。

「この行動を罪に問うわけにはいかなくても、引っかかるよな」

 僕も憮然として言う。

「冷静ですね。聞いてて腹が立ちますよ、僕」

 氷室さんが言うのに、直が言う。

「表情に出難いだけだよう。怜もかなり怒ってるよう?」

「当然だ」

「浮田さんも、どうせ出るなら、夫と愛人のところにすればよかったものを」

 小幡さんも、しかめっ面をしている。

 そして、キリッとした顔で村西さんがボソッと言う。

「生ぬるい。不能になって腐り落ちてしまえばいい」

 それを聞いて、そこにいた男全員が真顔になって膝を閉じた。

「面白い事を聞いたよ」

 小牧さんがニコニコしながら入って来て、全員なぜかほっとする。

「何かねえ?」

「再婚相手の真麻はかなり浪費癖があったらしいね。カードで買い物をしまくったようだよ。

 一方浮田丈太郎はかなりの見栄っ張りで、実はそんなに貯蓄もなかった。ひとえに、清子さんがやりくりしてたのが大きい。

 だもんで、膨大な借金になったようだね。それでも、銀行、街金と借金を重ね、破産してるよ。

 取り立てから逃げた先で刃物まで持ち出しての大げんかをして、傷害で現在服役中だってさ」

 小牧さんがニコニコとして言う。

「いやあ、悪い事はできないよね。どこかでしっぺ返しがあるもんだよ」

 それにどこかざまあみろという気持ちになった事を僕は少し反省した。

「あ、そうだ。

 御崎課長、町田課長。その分の電車代の領収書、早く出して下さい」

 村西さんが言う。

「面倒臭い――はい。すぐに!」

 僕も直も、慌ててそう返事し直した。






  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る