第958話 雨の日に(2)男女に向く殺意

 そこは本当に住宅街の中にある生活道路で、道幅は、普通車が2台すれ違えるという程度。直線で、所々、交差点がある。

 歩いている最中にも車が通るのだが、制限速度をオーバーしていない車がほぼないくらい、どの車もスピードを出していた。

 道の片側が工場、墓地、斎場で、もう片側がマンションだが、大学の寮とどこかの独身寮で、昼間の人通りが少ない事も関係しているだろうか。

 1本隣の似たような道は、それなりの人通りで、車もそれなりだった。

「この辺りだな」

 最初の事故があった辺りに立つ。

 そこから西行きの電柱は、2本ほど、傷と車の塗料がこれでもかとついている。事故を起こした車は、いずれもこの2本にぶつかっている。

 最初の被害者である浮田清子うきたきよこさんは、今立っているところにいきなり飛び出し、東から来た車にはねられた。そして車は、スリップしながら次の電柱にぶつかり、止まったとあった。

「後は天気だねえ――お」

 揃って空を見上げた僕らの額に、ポツンと冷たいものが落ちたのはその時だった。


 道端に立って、ひたすら待つ。

 既に雨は本降りで、ズボンの裾は濡れているし、靴の中にも雨水が入っている。そして、通りかかる車の撥ねで、ワイシャツにも水がかかっていた。

「反応なしか」

 なのに、何かの気配はない。

「男女の車じゃないと、やっぱりだめなのかねえ」

 直も溜め息をついた。

 通る車は、工場へ出入するトラックが一番多く、次は男か女が1人で乗っているもの、宅配、郵便局、霊柩車となっていた。

「浮田さんをはねたのは、39歳のサラリーマンが1人で乗ってた社用車だけどな。

 本当は同乗者がいたとか?」

「同乗禁止の社用車だったからそれを隠したのかねえ?」

「でもなあ。それで逃げたわけでもないし。同乗者の女の方が運転していた?いや、それもなあ」

「うん。サラリーマンがかばうのも考えにくいよねえ」

「あるとしたら娘とか?でも、独身だと書いてあったしな」

 僕と直は、どしゃ降りになりつつある中、そんな話をしていた。

 と、また車が近付いて来た。

 同時に、気配がフッと漂い出す。

「見えないが、男女らしいな。直」

「りょうかーい」

 直は札を準備し、待つ。

 すぐに、その車はグングンと近付いて来て、気配も大きくなる。

 と、女が姿を現し、車に向かって飛び掛かった。

 驚いた顔の男女が見えた。ハンドルを握っているのが40代の男性で、助手席が30代の女性。どちらも喪服を着ている所を見ると、斎場に行っていた人らしい。

 女を貼り付けた車はそのまま電柱に向かって進んで行く。

 その車のフロントガラスに貼りつく女の霊に向かって浄力を叩きつけると、直の札が車に貼りつき、そのまま車をぶつからない位置で停車させた。

 転がるように外に出て来た喪服の男女の顔色は真っ青だが、けがはないようだ。

 そして、車から落ちた女の霊を視た。

「浮田清子さんですね。警視庁陰陽部の御崎と申します」

「同じく町田と申しますぅ」

「ここで、雨の日に男女の乗った車を今のように襲って、事故を誘発させましたね」

 浮田さんはそこに恨めし気に立ってこちらを見ていたが、ぶつぶつと


     ユルサナイ ユルサナイ ユルサナイ


と呟きつつ、実体化する。

「キャアア!に、兄さん!?」

「うわああ!」

 喪服の男女は、兄妹だったらしい。震えながら、お互いを盾にしようと攻防を始めた。その前に直が立つ。

「何が許せないんです?加害者は39歳の男、1人でしたね?」


     アイジンガイタ アタシハ アメノナカ カイモノニデカケテルノニ

     シゴトトイッテ アイジントイタ

     アタシガ スーパーマデ ノセテッテイッテモ シゴトッテイッタノニ


 そういう事か。男女というのは、夫と愛人の事らしい。

「ん?もしかして、見かけたんですか?」


     ココデ ヌレテ ニモツヲカカエテアルク アタシトスレチガッタ

     オンナハ ワラッテタ

     オットハ チラリトモ ミナカッタ

     アタシガ ハネラレタアトモ

     ソノママ イッタ

     ユルサナイ ゼッタイニ ユルサナイ


 浮田さんは鬼のような形相になり、足を踏み鳴らして怒りの咆哮を上げた。

「ああ。これはだめだな、直。

 さあ、逝こうか」

「はいよ」

 刀を出して、一歩踏み出した。





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