第956話 白と黒の熱意(4)応援
応援席に戻ると、子供達をトイレに連れて行っていた美里と千穂さんが、まとめて戻って来たところだった。
兄に小さく頷いて見せると、兄も頷き返す。
「さあ、お弁当にしましょう」
「しっかり食べて、昼からの決勝戦も、勝たないとな!」
康二さんに言われ、康介も力強く頷く。
方々で、応援に来た家族と一緒に、または友人と一緒に、お弁当を広げている。
僕達も、作って来たお弁当を広げた。
一口サイズのまん丸いおにぎりはサッカーボールに。いなり寿司、おにぎらずはサケと、カリカリ梅と青じその2種類。高野、人参ラペ、ピーマンの胡麻炒め、うずら卵とミニトマトとウインナーのつまようじに刺したもの、ミニコロッケ。そして、カツ。
まだ試合があるので食べ過ぎてもいけないと思って種類や量を抑えたが、カツを外してはいけないだろう。
いただきますをして、わいわいと食べる。
広場の端の方で、3人でお弁当を囲む楠本一家がいた。
「大丈夫かな」
「これを機に。ねえ」
こそっと直と言い合う。
「美味しい!」
「良かった。どんどん食べろよ」
好評のうちに昼ご飯は終わり、康介はやる気をみなぎらせて皆の方へ行った。
「康介のアシストは何度もいいのが出てたんだけどなあ」
兄が言うのに、冴子姉が悔しそうに言う。
「あれが生かせれば、次の試合も勝てるかも知れないのに。次はどうなの、京ちゃん」
「強豪校よ。エースストライカーの楠本君がいればわからないけど、楠本君がだめとなると……」
京香さんが言う。
しかし、時間が来て選手が登場すると、観客席は沸いた。
「楠本君!?」
「よおし!」
冴子姉と京香さんも握りこぶしでガッツポーズを取り、ほかの皆も、出て来た康介に声援を送る。
「康くーん!」
「がんばってー!」
「康兄ちゃーん!」
子供達も、長男坊のここ一番だとわかっているらしい。
地区大会の決勝戦とあって、応援の声も凄い。
その中で、試合が始まった。
敵と味方。白と黒。守備と攻撃。面白いものだ。
どちらも譲らず、点を入れては入れ返され、ボールをカットすればカットし返される。ここまで見ごたえのある試合になろうとは、申し訳ないが、思ってもみなかった。
「おおお、凄いな、今の」
「心肺機能もふつうじゃないねえ」
「そこ!そこよー!いけー!」
皆が、ただ一つのボールに釘付けになっている。
そして、残り十数秒。
「今、同点か?」
「あ」
ボールを奪い返した康介達は、そのボールを上手く回して克行君のところにやろうとするが、マークされまくっている克行君は、近付けない。
その前を、康介が鮮やかなドリブルで走り抜け、ゴールへと近付く。
「そいつを止めろ!」
誰かが言って、わっと相手の選手が康介の方へ動く。それと同時に克行君が走る。
康介は大きく足を引き、ボールを蹴った。ゴール、ではなく、サイドに。
敵の足元をシャープな軌跡を描いて飛んだボールは、走り込んで来た克行君が、きれいなシュートで蹴り込んだ。
「ナイスシュート!!」
その瞬間、ホイッスルが吹き鳴らされ、康介達は団子になって飛び跳ねた。
凜達も輪になって飛び上がり、観客席中で歓声と悲鳴が沸き起こり、そして、大きな拍手に変わって行った。
克行君は、両親の方へ照れくさそうな顔を向け、次に空を見た。そこに何を見ているのかなど、言うまでもないだろう。
選手同士礼をして、お互いの応援席の前に整列する。
「康兄ちゃーん!」
「おめでとう!」
各々が声援を送る中、子供達の声が聞こえたのか、康介が笑って小さく手を振った。
つられた様にこちらへ顔を向けた克行君の目がちょっと見開かれ、康介を見、そして、柔らかな顔付きになる。
「ありがとうございました!」
主将の合図で声を揃えて言い、一斉に頭を下げる彼らに、観客席からも拍手を送る。
「良かったよ。本当に」
「そうだねえ。はあ」
しみじみと、そう思う。
「さあ。帰ろうか。康介は学校へ帰ってから解散だからな」
兄が言い、
「帰って来たら、もう一回おめでとうを言おうね」
と冴子姉が言うと、子供達はまだ興奮もそのままに、
「うん!」
と返事をして跳ね回る。
「帰ったらお祝いだぞ」
「わあい!」
僕達は楽しくわいわいと言い合いながら、家に向かって歩き出した。
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