第954話 白と黒の熱意(2)エースストライカーの知られざる苦悩
その子は、人のいないところで、一人リフティングをしていた。それは見事なもので、思わずそのまま見物してしまったほどだ。
やがてその子はボールを足元に落とすと、練習用に置いてある簡易ネットに向かって大きく足を後ろへ引き、シュートを打とうとし、変な感じでやめた。
「くそ!何でだよ!」
言って、俯いてしゃがみ込む。
「ちょっといいかな」
まず直が声をかけると、彼ははっとしたように立ち上がって、こちらを向いた。
「はい。何でしょうか」
「ボク達、霊能師なんだよう」
それで、彼の顔がやや硬くなった。
「わかってるんだな。君にくっついている5歳位の男の子の霊」
それで彼は足元を見、キョロキョロとし、困ったような顔をしながら、迷うようにして言った。
「気のせいじゃないんですね」
「聞かせてもらおうか。力になれると思う」
それで彼は、話し始めた。
彼の名は、楠本克行。康介と同じ中学の3年生だ。
克行君の父親は、彼が小学1年生の時に病気で亡くなったそうで、母親の瞳さんは、小学2年生の時に、今の父親、保己さんと再婚した。
3人で仲良くできていたらしい。
ところが両親の間に子供が生まれると、事情が変わった。小さい子だから手がかかる事もあるが、家の中心がこの弟、睦己君になった。
そして、睦己君は年の差もあるからかとにかくわがままで、親も甘やかし、克行君もかわいいのと遠慮のようなものとがあって、何でも言う事をきいたらしい。それでますます、わがままになったという。
まあ、小さい子だから、ある程度はそんなものだろうが。
そんなある日、家の庭で、克行君は日課のトレーニングをしていた。試合も近いし、将来の為もあるが、できれば寮のある学校へ入って、家から出た方がいいんじゃないかと考えていたので、いい結果を出したかったのだ。
魔法のように、まるでボールと踊るように見える華麗なボールさばき。そして、正確でシャープなシュート。
そのうちに、2階の窓から、睦己君が見ているのに気付いた。睦己君は、克行君が練習をしているといつも寄って来て邪魔をするので、練習を辞めざるを得なくなるそうだ。
ただ、今は練習を続けたかった。それで、気付かない振りをして、そのままボールを蹴った。
何が起こったのか、一瞬わからなかったという。
ボールに向かって睦己君が飛びつき、ボールを抱えるようにして地面に落下。泣きもせず、動きもしないのを何秒か凝視し、2階の窓に睦己君がいないのを確認し、それが睦己君で間違いないとようやく確認できてから恐る恐る近付いてみたが、睦己君は即死していたらしい。
警察に事情も訊かれたそうだ。事故で終了したのだが、両親や親類が、ボールをぶつけたんじゃないかと疑っているのを立ち聞きしてしまい、聞かれた事に向こうにも気付かれ、それ以来、ギクシャクしてしまっているそうだ。
「全く。外野が勝手な事を言う。
ボールをぶつけたんなら、それなりの解剖所見が出る。事故と言われたんなら、間違いなく事故だ」
「でも、その睦己君。それ以来、くっついているのかねえ?」
それに克行君が、泣きそうな、苦しそうな顔で頷く。
「シュートしようとするたびに、ボールが睦己になるんです。
遊んでやらなかったから、睦己は落ちて死んだんだ。僕のせいだ。僕が殺したんだ」
「落ち着け。そんな、風が吹けば桶屋が儲かるみたいなことばかり言ってたら、世の中罪人だらけだぞ。
いいか。君がその事を気に病むのはわかる。でも、君自身がそこから歩き出さないと、何もかわらないんだぞ。それこそ、睦己君も」
「睦己も?」
「それと、お父さんとお母さんですよね。はっきりと言わないと、伝わらない事もあるんですよ」
僕は、木の陰から心配そうな目でこちらを窺う夫婦に言った。
「え。何で」
克行君が驚いたような顔をする。
それに、2人はバツが悪そうな顔をした。
「だって、大事な試合でしょ?」
「その、ガンバレと言うのもプレッシャーになるだろうし、そっと応援するくらいがいいんじゃないかと……」
言いながら近付いて来る。
直は札を準備しながら、言う。
「お互いに遠慮し過ぎたんじゃないですかねえ。最低限の礼儀はともかく、言わなくちゃいけない時ってのは、あると思うんですよう?」
「さあて。次はその睦己君に、訊いてみようか」
「え」
「聞きたい事があるなら、今、聞いておいてくださいよ。
直」
「はいよ」
札がきられ、克行君の足元にしがみつく睦己君が姿を現した。
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