第951話 会いたい人(3)ただひとつの願い

 吉永さんは翌日も、穏やかで、落ち着いていた。

 その吉永さんに憑いている人は誰もいない。

 外へ行くついでに吉永さんの自宅へも行って視たし、現場となった神社も行った。幸い吉永さんは、事件の頃から引っ越してはいなかったのだ。

「いないねえ」

「家にも現場にもいない。これは、犯人に憑いているのか、成仏してるのか」

 成仏となると、会わせてやることができない。

 しかし、奥さんとお嬢さんにとっては、その方がいいのか。

 捜査資料を読んだところで、何か手掛かりを見付けられるとも思えない。

「手詰まりかねえ」

 仕方なく部屋へ戻ったが、書類仕事をしたり、来た仕事を割り振ったり、報告を聞いたりしながら、何となく吉永さんの様子を窺う。

 そして、吉永さんが何とも言えない顔付きでひょうたんを眺めているのを見て、声をかけてみた。

「何か出ましたかねえ?」

「美保さんなんて、新居に入ったら隣の部屋に霊がいたんですよ」

「もし何かあったら、遠慮なく言って下さいよ」

 吉永さんは黙って少し考えていたようだったが、やがて、軽く息を吐いて笑った。

「全く。お見通しですか」

 僕と直は、吉永さんの近くに座った。

「向こうに行きますか」

 応接セットを指すが、吉永さんは首を振った。

「いえ。構いません。どうせ御存知か、すぐにわかる事ですし。

 私には妻と娘がいたんですが、32年前に殺されたんです。犯人は未だ不明のままで、生きているのか死んでいるのかさえ。

 私は、ただ、会いたいんです。もしも幽霊としているのなら、会いたいんですよ」

「……そうですよねえ」

 しんみりとした空気が流れるが、その次の瞬間には、吉永さんの目が、迫力をたたえる。

「私のとばっちりで殺されたのだとしたら、謝りたい。あれ以来、公式には事件に関われないから、休みの日にコツコツと1人で調べ続けてきましたが、ふがいない事に、犯人に辿り着けていません。それを謝りたい」

「自分の手で、逮捕するのはいい。でも、警察官にあるまじき行為はだめですよ」

 僕が言うと、恐ろしいほどの眼力で僕を睨みつけた。

 そのまま睨み合い、吉永さんは、ふっと肩の力を抜いて、顔を覆うようにして笑った。

「全く。それもお見通しですか。参ったな」

「吉永さん。謝ります。実は僕と直は、吉永さんの家と神社を視て来ました」

 弾かれた様に吉永さんが顔を上げる。

「どちらにも、奥さんとお嬢さんはいませんでした。吉永さんにも憑いていません」

「成仏しているか、犯人に憑いているかだと思うんですがねえ」

「犯人、か……」

「早朝の神社で、子連れ。物取りではない。暴行でもなさそうだ。怨恨か、たまたまか」

 吉永さんは、鬼と呼ばれた迫力と表情に立ち返り、頷いて言った。

「妻や娘に怨恨の線は出なかったんです。あるとすれば、私だ。刑事になりたてで、それまでにかかわった事件なんて、そう大したものがあるわけでもなかったんですが」

「当時よりも技術が進歩してるし、何か出ないかな。もう1度、保管されているものを鑑定してみるのはどうだろう。それと、やっぱり資料も目を通しておこう」

「そうだねえ。早速行こうかねえ」

 僕達3人は、連れだって外出した。


 新宿署へ行くと、当時捜査に関わった人は、異動なり定年なりでもういなかった。

 それでも捜査資料を出してもらって読み込む。

「首を絞めているわけだし、馬乗りにもなってる。何か付着した可能性はあるぞ」

「問題は、32年経ってるって事です」

「そこなんだよねえ」

 吉永さんと直が唸るので、言う。

「まずは調べてからだ。やれることは全部やる」

 それで僕達は、保管室へ行った。

 


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