第949話 会いたい人(1)新体制でのリスタート

 省庁では時々、部署の再編をする。

 そしてこの度警察でも再編が行われた。陰陽課が、部になった。その下に、自力で祓える霊能師のいる1課、札などを使用する2課、一般人の3課となった。そしてさらに、1課は警察官からなる1係と、協力者として登録された霊能師からなる2係に分かれる。これまで通り手が足りない時には協会へ協力は仰ぐが、守秘義務やら身元の確認やらに関して既にクリアしている協力者が決まっている方が色々と便利だし、望ましくはある。2課の1係は祓ったり封じたりするのが仕事だが、2係は呪物管理で、押収品などの中に呪物があれば、それを管理するのが仕事だ。また3課の1係はこれまで通りの係だが、2係は捜査に使う機材の開発やメンテナンスを行う。

 それに伴い、人も増えたし、役職も変わった。

 徳川さんは部長、僕は1課長、直は2課長、沢井さんは3課長。2課の1係長には鍋島さん、3課の1係長には小牧さんが任命され、そのほかの責任者にはよそからの警察官が着任したが、概ね、アットホームな雰囲気に変化はない。

「増えたなあ」

 僕は、机がぎっしりと並んだ部屋を見て言った。

 御崎みさき れん。元々、感情が表情に出難いというのと、世界でも数人の、週に3時間程度しか睡眠を必要としない無眠者という体質があるのに、高校入学直前、突然、霊が見え、会話ができる体質になった。その上、神殺し、神喰い、神生み等の新体質までもが加わった霊能師であり、とうとう亜神なんていうレア体質になってしまった。面倒臭い事はなるべく避け、安全な毎日を送りたいのに、危ない、どうかすれば死にそうな目に、何度も遭っている。そして、警察官僚でもある。

「前は空いたスペースでハンカチ落としくらいはできそうだったのにねえ」

 直も感慨深そうに言う。

 町田まちだ なお、幼稚園からの親友だ。要領が良くて人懐っこく、脅威の人脈を持っている。高1の夏以降、直も、霊が見え、会話ができる体質になったので本当に心強い。だがその前から、僕の事情にも精通し、いつも無条件で助けてくれた大切な相棒だ。霊能師としては、祓えないが、屈指の札使いであり、インコ使いであり、共に亜神体質になった。そして、警察官僚でもある。

「まだまだこれからだよ。ここを本部として、全国の本部に陰陽課を置きたいからね」

 徳川さんがそう決意を表明するように言う。

 徳川一行とくがわかずゆき。飄々として少々変わってはいるが、警察庁キャリアで警視長。なかなかやり手で、必要とあらば冷酷な判断も下す。陰陽課の生みの親兼責任者で、兄の上司になった時からよくウチにも遊びに来ていたのだが、すっかり、兄とは元上司と部下というより、友人という感じになっている。

「それでも、ようやくここまで来た、という感じですね」

 沢井さんも嬉しそうだ。

 沢井さんは、陰陽課ができた時からずっと徳川さんの下でやって来ただけあって、やはり感慨もひとしおなのだろう。

「でもやっぱりちょっと狭くないですか」

 僕が言うと、全員頷く。

「狭いよ。それからうるさいよねえ」

 管理するべき呪物をしまう棚が大きいし、3課2係の工具やら検査機器やらが並ぶ棚も大きいし、やはり何よりも机の数が増えた。

「ちょっと掛け合うよ。これで3課2係もここで作業したら、もう、とんでもない事になりそうだ」

 徳川さんが言って、想像した僕達は、心から

「お願いします」

と言った。

「それで恒例の、新人のための研修会はどうしよう」

 徳川さんが楽しそうに訊く。

 研修で来ていたメンバーは帰ったが、新しく増えたメンバーはいる。

 1課1係長、氷室有馬さん。後輩のキャリアで、まじめで素直。ここに骨を埋めたいと今から希望している。

 1課2係長、村西あかりさん。まじめな固い人で、50歳、独身。事務仕事が得意だそうで、これまでは経理一筋でやって来たという人だ。

 2課2係は丸ごと新メンバーで、係長の赤嶺さとしさんは沖縄出身の明るい人だ。母方にユタが2人いるほか、姉もユタで、赤嶺さん自身も霊の気配を感じたりすることがあるらしい。

 2係員は2人。小幡健造さん、年配の穏やかな人で、職員だ。

 もう一人の灰田 実さんは神社の子で、気配を感じ取る事はできるそうだ。爽やかな好青年で女性にモテていそうだ。そして料理が好きだというので、気が合いそうだ。

 3課1係に新しく配属になったのは、2人だが、その片方は下井裕太さん。最初に配属された署で一緒だった、グルメ刑事だ。にこにことしながら、

「異動の希望がやっと叶いました」

と言っていた。

 もう片方の榛名雪男さんは元捜査2課にいた刑事で、穏やかな雰囲気の切れ者という感じがする。

 3課2係長は吉永重悟さん。初老の穏やかな人だ。

「新メンバーは見た方がいいとは思うけど、今回の場合は、現場にくっついて行って見る程度でいいんじゃないかな」

「そうだねえ」

「じゃあ、早速明日からでも割り振っていきましょう」

「頼むね。

 さあ、皆先に向かってるよ。ぼく達も行こうか」

 これから宴会なのだ。


 新しいメンバーで上手くやっていけるようにと祈りながら会場である居酒屋に行き、乾杯をして適当にまんべんなく話をする。

 と、灰田さんが言った。

「実はぼく、同性愛者なんです」

 村西さんは「え」という顔をしたし、それなりにインパクトはあったらしいが、僕と直には前例もある。

「ふうん。同期にもいるな。

 あ。僕は妻と息子と兄と兄嫁と甥と直の一家が好きだ」

「へへへ。照れるねえ。ボクも、うちの奥さんと娘と息子、怜の一家と司さんの一家が好きだよう」

 にこにこと直が言い、下井さんが笑って付け足す。

「御崎係長――じゃなかった、課長は、テレビの生放送で生告白しちゃいましたからね」

「覚えてます!僕!」

 氷室さんが目をキラキラさせて手を上げ、それで皆、どうと言う事もなく受け入れた。

 僕は唖然としたような顔の灰田さんにそっと言った。

「関係ないよ。肉より魚が好きです、みたいなもんだろ?」

「殊更意識する事はないよう」

 直も言って、ビールを注ぐ。

「はい。ありがとうございます。だめだ。惚れそうですけど、勝てそうにないのでやめておきます」

 灰田さんはそんな冗談を言いながら、肩から力を抜いた。

 人事ファイルによると、もう1人、村西さんも注意事項があった。これまで、お堅くて扱いにくい独身女として、敬遠され、同性からも煙たがられ、孤立してきたらしい。

「村西さんは、経理とかが得意だと伺いました。人数も増えた事だし、頼る事になりそうですね。よろしく」

 徳川さんが村西さんに言いながら、軽く頭を下げる。

「はい。でも、皆さんにはちきんと領収書の管理などを徹底していただきます」

 村西さんは眼鏡を光らせて言う。

「そうですね。毎日してれば慌てる事もない。

 ですよ、芦屋さん、美保さん。それと美保さん、神社参りで経費は出ません」

 沢井さんが言うのに、美保さんは、

「あっちゃあ」

とおどけて返し、笑いを誘った。

 何とかなりそうな雰囲気で、まずは安心だ。

 が、人事ファイルには載っていない問題を抱く人も、いたのだった。





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る