第948話 春を待つ空(5)春の空

 思わず呟いた時、奇蹟が起こった。


     お父さん!お母さん!だめ!


 宏子ちゃんと美琴ちゃんが、小野篁に連れられてそこにいた。


     宏子!?


 それを見て、悪鬼になりかけていた生霊が平静さを取り戻す。

 それと同時に、神威を浴びせかけて生霊を体に押し戻し、直が封印のための札を貼る。

 玉木夫婦はぼんやりとしたような顔付きをしていたが、宏子ちゃんの姿を見付け、走り寄って縋り付いた。

「宏子!!」

「ああ、宏子ぉ!」

 泣く玉木夫婦を、美琴ちゃんと小野篁が見下ろす。

「美琴ちゃんのご両親も、あなた達と同じ悲しみを味わいました」

 それで、玉木夫婦はピクッと肩を揺らす。

「あ……ごめんなさい。宏子が寂しがると思って」

「美琴ちゃん、済まなかった!」

 玉木夫婦は泣きながら、今度は土下座する。

「あなた方のした事は、許される事ではない。まずは現世で、しっかりと償うがいい」

 小野篁が言い、夫婦は泣きながら謝り続け、失神した。

 それで、宏子ちゃんと美琴ちゃんは僕と直を見た。

「優維ちゃんのお父さんでしょ。父親参観の時に見た」

「聞いた事がある。怜君って人でしょ」

「ねえねえ。おじちゃんと怜君、神様?」

「さっきの光って、そうだよね?」

 宏子ちゃんと美琴ちゃんは、興味津々らしい。

「えっと……内緒だよう?」

「神様見習いの新人なんだ」

 それに子供達はへえと目を輝かせ、小野篁は薄く笑った。

「そうだな。まだトレーニングのしようがあるようだな」

「げっ」

「これまでで一番の鬼コーチの予感がするねえ」

 僕と直の背中に冷や汗が伝う。

「神様のところって、どんなところだろうね、宏子ちゃん」

「楽しみになって来たね」

 にこにことして言う2人に、小野篁が優しく――僕と直に向けた表情からすると、サギだ――言う。

「じゃあ、一緒に行こうか。案内しよう」

「うん!」

「おじちゃん、怜君、バイバイ!」

 宏子ちゃんと美琴ちゃんは手を振りながら、小野篁に手をつながれて消えて行った。

「直。えらい事になったぞ」

「うん、そうだねえ。研修かぁ」

 溜め息をついて空を見上げる。夕焼けを過ぎたばかりの空に、宵の明星が光って見えた。


 玉木夫婦は大人しく聴取にも応じ、素直に自供をした。凶器はやはり、通園バッグのベルトだった。

 美琴ちゃんの遺族は悲しみ、怒っていたが、カウンセリングも受け、立ち直るのを待つしかない。

 僕と直は、あれから毎晩、小野篁や色んな神様から訓練を受けている。小野篁も鬼っぷりは、なかなかだ。笑顔でやるから余計に怖い。

 これが本物のドSというやつだ。

 そして、優維ちゃんの卒園式は、良く晴れた温かい日になった。

「これで見納めかあ」

 直は写真をバシバシと撮っている。

 私立のミッション系幼稚園らしい、シックで上品さが感じられる制服だ。確かにかわいい。

 もし幼稚園児の美里がこれを着ていたらと想像すると、どこのお嬢様かというくらいに似合っただろうと余計な事を考えてしまった。

 凜も累もいつもとは違う手の込んだ編みこみの髪形にした優維ちゃんと写真を撮り、優維ちゃんは敬にかわいいと褒められて上機嫌だ。

「凜も早く幼稚園に行きたいなあ」

 凜は頷いて即答した。

「うん!」

「ボクも!」

 累も言って、凜と仲良く手をつないでにっこりとする。

「さ、そろそろ時間よ」

 千穂さんが、余所行きのスーツで現れる。

「はあい。

 じゃあ、行ってきます!」

 直、千穂さん、優維ちゃん、累は、並んで幼稚園の卒園式に向かう。

「うー」

 凜が僕にくっついて、久しぶりに甘えて抱っこをせがむ。寂しいらしい。

「すぐに帰って来るよ」

 言うが、凜はグリグリと頭をこすりつけている。

「凜。帰って来たらパーティーだよ。飾り付けしようか」

 敬が言うと、凜はピョコンと頭を上げた。

「ん!やる!」

 それで敬と凜は、折り紙で飾りを作り始めた。

「敬もいいお兄ちゃんになったなあ」

 しみじみと言うと、兄も目を細める。

「ああ。だんだんと、下の子を見る自覚が出て来るもんだな」

「このまま育ってくれればいいけど」

 冴子姉も言って、

「そう言えば、男子の制服もかわいいのよね。あれで下が半ズボンでしょ」

 皆で凜を見て、想像する。

「かわいいな」

「似合うわね」

 美里も言う。

「凜。優維ちゃんと同じ幼稚園がいいか?」

「や!敬兄ちゃんのとこ!」

 即答だ。

 敬もにこにことする。

「お父さんも怜君も直君もたんぽぽ幼稚園なんだよね」

「そうだぞ」

「園長先生が言ってたよ。記憶に今でも残る兄弟だったって!」

 全ての視線が、僕と兄に集まった。

「なぜだ?怜がかわいかったからか」

「いや。兄ちゃんがかっこよすぎたせいだろ」

 それに、冴子姉と美里の呆れたような声が続く。

「そういうところでしょ」

「自覚ないのね。わかってたけど」

「敬兄ちゃんは優しい!」

 凜が断言し、敬は

「凜もかっこいいよ!」

と凜を抱きしめ、大人達は笑った。

 新しい年度が始まる。新しい出会いもあるだろう。

 それでも変わりなく、笑って大きくなってもらいたい。そう祈って見上げた空は、ふんわりとした、春の空だった。




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