第947話 春を待つ空(4)子の為になら鬼にも

 宏子ちゃんと美琴ちゃんと大抵一緒にいたのは、あと2人いた。

 その2人は今、神社の境内で遊んでいた。

「美琴ちゃんも宏子ちゃんもいなくなっちゃったね」

「うん。神様のところに先に行ったんだって先生が言ってたよね」

「神様ってどんな人かな」

 言い合うのを聞いて、宴会中の神様達を思い出した。

 そして、優維ちゃんの入学祝い兼花見で飲むと宣言していた事も思い出した。

「学校楽しみぃ」

「たくさん新しい友達作ろうね」

「ねえー」

 それで、今度は『一年生になったら』の歌を歌い出した。

 歌い終えたところで、2人に近付く人影があった。

「こんにちは」

 2人はその人を知っていた。友人の母親だからだ。

「あ、宏子ちゃんのおばちゃん!こんにちは!」

「おじちゃん!こんにちは」

 元気よく挨拶する2人に、玉木夫婦は優しく笑いかけた。

「宏子がいるの。一緒におやつを食べない?」

「え。宏子ちゃん、いるの?」

「神様の所から帰って来たの?」

 2人はそう言って、四葉のクローバー探しをやめてぴょこんと立ち上がった。

「そうよ」

「これからも宏子と仲良くしてくれるかな?」

「うん!」

 玉木夫婦はにこにことしながら、2人の手を引いて歩き出そうとした。

 その前に出る。

「そこまでです」

 ピタリと足を止める。

「何ですか、刑事さん」

「誘拐殺人なんて、宏子ちゃんが泣きますよう」

 直が苦しそうな声を上げる。

「うるさい!宏子がこのままじゃ寂しがるじゃないか!」

 父親が声を荒げ、乱暴につないだ手を引いた時、2人の子供は紙に変わった。

 この2人の子供は、式として生み出したものだったのだ。本物は、家にいる。

「え!?」

 ギョッとする玉木夫妻だったが、鬼のような形相を僕と直に向けて来る。

「騙したのね。よくも――!」

 母親はギリギリと唇をかみしめ、父親は通園バッグを握り締めた。

「やめなさい!」

「宏子がいないのに!」

「何で宏子だけが!」

 玉木夫婦は、怒りとも悲しみともつかない声で叫ぶ。

「これ以上、罪を重ねてはいけませんよう」

「うるさい、うるさい、うるさい!」

「宏子の所へ行きたい――!」

 母親の体から、ぶわっと生霊が出た。

「そうだな。それがいい」

 続いて父親の体からも生霊が出る。

 ノイローゼ気味の精神状態が、生霊を飛ばせるような状態に近くなっていたらしい。

「戻せるかねえ?」

「最小限の攻撃にはするが、どういう状態になるかはわからないぞ」

 廃人もあり得る、という言葉は呑み込んだ。

「さあ、逝こうか」

「はいよ」

 こちらも臨戦態勢だ。しかも、いつもよりも数段デリケートさが求められる。

 生霊2体は、流石は夫婦と言いたくなる連携で襲って来た。その間、体の方は突っ立ってぼんやりとしている。

「戻れなくなりますよ!?」

 攻撃を流し、跳ね返す。

「生きて償う義務があるんですよ。あなた達には!」

 僕は言うが、きく気はないらしい。僕達を排除して、本物の友達2人を狙いに行くつもりだ。

 直は結界を張って、この場から玉木夫婦の生霊が飛べないようにしている。

「もう祓うしかないかねえ」

 直の声に、焦りが生まれだす。

「本人的にはその方が幸せかもしれないが、だめだろう、それじゃあ」

「そうだよねえ。でも、傷つけないで戻すのは至難の業だよう」

 悪鬼となりかけの今、浄力を浴びせれば、魂が削られてしまいかねない。神威だと滅してしまうだろう。斬るのも同じだ。

 これが単なる生霊なら、神威で戻せるだろうに。

「冷静になって反省してくれよ、頼むから」

 思わず呟いた時、奇蹟が起こった。


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