第942話 苦いチョコ(5)嘘の顛末

 自宅、勤氏を視てみたが、憑いている様子はなかった。念のために実家にも行ってみたが、いない。

「きれいさっぱり吹っ切ったのかな」

「未練が残りそうなタイプなのにねえ?」

「あとは、芸能界?事務所か?

 でも、そこは、思ったよりも評価してもらえなかったところだしなあ」

「他にも付き合った人がいるんじゃないかねえ?共演した俳優とか、カメラマンとか、番組で一緒になったアイドル歌手とか、モデルとも噂もあったし」

「……多すぎだろ」

「どこから手を付けていいのか……」

 僕も直も、途方に暮れそうだ。

「順番に行くぞ」

「うん。

 あ、実家の近所に原っぱがあるそうなんだよねえ。子供の頃からの遊び場所で、泣きたい時や辛い時、ここでいつも1人でいたって、昔聞いた事があるよう。それで、よく迎えに来てくれたんだってさあ。佐川氏が」

「少女漫画みたいだな」

 言いながら、そちらにまわる。

 と。

「いた」

 原っぱの真ん中で、霊体になった佐川さんが、歌いながら踊っていた。

 それを、いつ声をかけようかな、と考えながら眺めていると、不意に佐川さんがピタリと動きを止め、しゃがみ込んで泣き出した。

「さ、佐川聖子さんですね。警視庁陰陽課の御崎です」

「同じく町田ですう」

 佐川さんは顔を上げ、僕達を見た。

「実は、あなたが誰とお付き合いしていたのかが、非常に大事になっています。あなたの死がその人物による他殺ではないかとの疑いもありまして」

 言うと、佐川さんは驚いたような顔をして次にけたたましく笑い出した。


     いい気味よ!


 僕と直は、顔を見合わせた。

「ところがそう簡単じゃないんです。

 どちらと付き合っていたのかわからず、三宅さんと、僕達の友人の城北が疑われているんです」

「どちらとお付き合いをしていたんですかねえ?」

「それと、あなたが亡くなったのは、事故、自殺、他殺、何でしょうか」

 佐川さんは僕達を見て、首を傾けて笑った。

 ああ。その辺の子と比べたらかわいいとは思う。思うが、美里とかと比べると、足りないな、と思う。力というか、意思のようなものが。

 少なくとも僕は、心を動かされる事は無かった。

 直も同じらしい。

 それを見て、佐川さんは、ちょっと不機嫌そうに顔を歪めた。

「お願いします」


     はあ。三宅よ

     あたしが死んだのは自殺

     監察に呼ばれたって

     どうしよう 待ってるから来てってメールしたのに

     約束の8時を過ぎても来なくて

     それで もういいやって


 3人で嘆息した。

「まあ……とにかく、それを監察官に証言して頂けないでしょうか」


     いいわよ


 佐川さんはあっさりと言い、僕達は急いで警視庁へ戻った。


 監察官と捜査一課長に電話をし、監察官室で待っていてもらったので、着くと、どちらもすでにいた。

 札を貼り付けて佐川さんを可視化すると、これまで無表情だった監察官が、ピクリと眉を動かした。

「佐川聖子巡査です」

 佐川さんは、敬礼をした。

「早速ですが、まずは、死んだ時の事を」

 一課長が身を乗り出す。

「はい。

 監察室で聴取を受けて、どうしていいかわからなくて、待ってるからってメールを送ったんです。でも、彼は来ませんでした。約束の8時を過ぎても来なくて、それで、もういいやって思って、飛び降りました」

 一課長が大きく息を吐いた。

「その彼と言うのは、城北警視ですか」

 監察官が言うのに、佐川さんはキョトンとした。

「は?なぜ?三宅警視ですけど。城北警視は、モサッと――いえ、好みじゃありませんし」

 かわいそうな城北……。

 男全員がそう思ったような顔をした。

「そうですか。それを証明できるようなものはありますか。目撃証言でもいいですが」

「私の自宅のベッドサイドの写真立てに犬の写真がありますが、その下に、一緒に旅行に行った時のものがあります」

 佐川さんは、サバサバしていた。

「そうですか。わかりました」

 静かに監察官は言った。


 部屋を出て、監察官と一緒に人事部へ行くと、騒ぎが起こっていた。

「話が違うじゃないですか!」

 城北の悲痛な声がする。

「何の事だね。私は知らん」

 部長がそっぽを向く。

 三宅さんは真っ青になった城北に薄ら笑いを向けていた。

「自分で認めたんだろう、不倫を。辞めずに済むように話ができていた?呼び戻すはずだった?何を言うのか」

 バカにしきったように、鼻で笑う。

「そんな……!」

 城北は、力なくずるずると座り込んだ。

 それを、人事の連中が恐る恐る眺めていた。

 割って入ろうとするのを、監察官が止めた。そして、佐川さんがすうっと入って行く。

「せ、聖子!?」

 ギョッと三宅さんがのけ反り、ほかの皆も、半透明で浮かぶ佐川さんが幽霊だとは一目瞭然なので、声も無く驚いている。

「酷いわね。私との事を、徹底的になかった事にしたいわけね」

「ま、待て、待ってくれ」

「酷いわ」

「やめろ、近付くな!

 ぶ、部長!」

「わ、私は知らん!君のまいた種だろう!?」

 そこで、城北が立ち上がり、三宅さんの前に立った。

「いいでしょう。私が間違っていた。取引なんて考えずに、自分で上を目指すべきだった。

 でも、あなたも責任は取るべきだ」

「バカな事を言うな。

 そうだ。付き合ったっていうのはこいつが言うだけだ。妄想だ」

 三宅さんが佐川さんを指さし、佐川さんがポロリと涙をこぼすと、城北は渾身のストレートを三宅さんに放った。

 ぺちっという情けない音がした割りに、どちらも痛そうにしていたのがどうかとは思うが。

「痛て。

 じょ、女性を泣かせるな!見下げ果てた男だな!」

 城北が言い、上司は唖然とし、三宅さんは唖然とした後、怒鳴り返した。

「うるさい!俺を誰だと思ってるんだ!?」

 そこで、僕と直が前に出た。

「こそこそ不倫をして、それを隠して人に擦り付けて、相手の女性も蔑ろにする最低男だな」

「情けないねえ。未来の舅に泣きついたのかねえ、僕ちゃんは」

「城北。かっこよかったぞ、そのタンカは」

「お、おう」

 痛そうに拳をさする姿がマイナスだが。

 そこでやっと、上司も三宅さんも、監察官もそこにいるのに気付いたらしかった。

「こ、これは――!」

「あなたからもお話を伺う必要がありそうですね」

 上司は肩を落として唇を噛み、三宅さんは食って掛かった。

「何でだよ!そりゃあ不倫は褒められた事じゃないけど、遊ぶくらいのやつはいくらでもいるだろう!?」

 僕は三宅の前にずいっと出た。

「あんたはその不倫を隠そうとしたな。それで嘘をついた。その嘘のせいで、別の嘘をついて、また、嘘が増えていく。

 警察官は、襟を正さないといけない存在だ。キャリアが嘘まみれで、どうやって警察機構を正しく運営する?

 あんたに警察官を名乗る資格はない。警察官は、仕事じゃない。生き方なんだよ!その覚悟の無いやつが、全国26万人の警察官の上に立てると思うな!」

 スーツの襟を掴み、ビシッと張って、軽く突く。

 それでも三宅さんは、よろよろと真っ青な顔で後ずさり、背後の机に手をついた。



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