第941話 苦いチョコ(4)甘い誘い

 城北も三宅さんも、監察官の聴取を受け、どちらも否認しているらしい。

 そもそも「人事のキャリアと不倫中」ということの信ぴょう性を疑ってみた方がいいんじゃないかという意見さえではじめているそうだ。

 しかし、佐川さんの夫である会社員の勤氏は、

「人事の季節だから忙しいのね。でも、休日出勤とか夜勤とか言って泊まりに行くわ、と電話で話しているのを聞いた事がある。間違いない」

と断言していた。

 肝心の事件性については、転落死に間違いはないが、事故はともかく、自殺か他殺かは判断がつきにくいとの事だ。

「三宅勇人だけどね。こちらも城北に負けずとも劣らない、権力志向派だよう。現在の階級は警視。ボク達よりも少し後に警視になってるねえ。昔から国家公務員の一族で、色んな省庁のトップに名前を連ねてるよ。

 三宅さんも、いずれは警視総監間違いなしと言われている上司のお嬢さんと婚約して、トップを狙ってるね」

 直が言うと、小牧さんが補足した。

「三宅はこれまで、特定の誰かと付き合ったことはないね。風俗で解消してたみたいだ」

 そして奈良さんが、にこにこして言う。

「警察内でトップに立ったヤツはいない。それで一族郎党、三宅には必ず警視総監になれと、期待をかけているらしいですよ」

「迷惑な親類だなあ」

「その点は同情するよう」

 僕と直は想像しただけでウンザリだ。有名な霊能師の家系だからと過度の期待をかけられて潰れた人物も知っている。

「佐川と夫ですが、幼馴染です。

 アイドルグループに入ったものの、45人の中では目立たない方で、消えるように引退。警察官の父親の勧めで警察官採用を受験したら受かって、警察官に。

 しかしどこへ行っても、自分の容姿を鼻にかけるような態度や、やはり元アイドルなのでちやほやされる事が多く、浮いた存在だったようです。

 そんな中、子供の頃と同じ扱いをする佐川 勤と結婚。

 ですが、やっぱりちやほやされたい思いが強く、また、中小企業のサラリーマンの夫の稼ぎに物足りないものを感じていたのか、すぐにケンカばかりするようになり、結婚7ヶ月で別居しています」

「本当は芸能界に未練があったんだな」

 言うと、小牧さんは辛辣に言った。

「係長の所の美里様はスッパリと切り替えていらっしゃるようですけど、こういう世界に望んで入る人間ですよ。自己顕示欲は強いでしょうしね」

「ああ。確かに。

 じゃあ、佐川聖子さんはともかく、勤氏のほうは、充分に妻に未練を残していたのかな」

 訊くと、小牧さんも奈良さんも頷いた。

「未練タラタラですよ」

「犯人を見付けたら殺してやるとか言いかねないくらいですね」

「そっちを視てみようか。もしかしたら、佐川聖子さんも、不倫がバレて大ごとになって、そっちに戻ろうと思ってたかもしれない」

「そうだねえ。勤氏は、ていのいい逃げ場所だったみたいだしねえ」

 僕と直は、出かける事にした。


 城北は、上司に呼び出されていた。

「君じゃないんだな?」

「はい!違います!」

「……そうか。

 私の娘と三宅君が婚約したのは、知っているな?」

「は?はい。存じ上げております」

「そうか。娘も三宅君に惚れていてねえ」

「はあ」

「……君が佐川君と付き合っていたんじゃないのかね。そうだろう?」

 上司に睨まれ、城北は困った。こういう時にどう返事をするべきかなんて、教科書に書いていなかった。

「ちょっと地方へ行ってもらうが、なあに。骨休めだよ。必ず呼び戻してやる」

「え……あの……」

「ははは。難しく考えるな。

 頭に糖分が行ってないんじゃないか?ほら」

 上司は小粒のチョコレートの箱を出して、城北に勧めながら、自分も食べた。

「大丈夫。辞表を書かなくても済むように、上手く話は付けてやる。そして、戻す時には、うんといいポストにつけてやる。警備局長とかどうだ?その後は官房長でどうだ」

 城北は、ゴクリと唾を飲み込んだ。

「考えておいてくれ。次の監察官聴取までに」

「は、はい」

 上司は部屋を出て行き、城北は一人取り残されて、チョコレートの箱をじっと見つめた。




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