第939話 苦いチョコ(2)不倫の果ての不審な死

 不倫の噂について、すぐに直がどこからか訊き込んで来た。

 それによると、佐川さんが

     もうすぐ誕生日ね。今月はバレンタインもあるし、

     2回も豪華デートできるわね。

     人事考査で忙しくなる前に旅行とかどう?

     でも、バレないようにね。

     キャリアにとっては命取りなんでしょう?

というメールを書いて、その相手に送ったつもりらしいが、間違えて同僚のパソコンに送ってしまったらしい。

 気付いて、

「冗談だから」

と消してくれと言って来たが、その時には、佐川さんをあまりよく思わない彼女がそれを別のファイルにコピーしていたのだ。

 そして、それは仲間内に、「ここだけの話」として暴露され、それがその友人に「ここだけの話」として広がって行ったらしい。

「ここだけの話ねえ」

 ここだけに収まらないのは、よくある話だ。

「佐川さんは、どうも同性に嫌われてるらしいんだよねえ。男の前ではかわい子ぶりっ子するって。それで、女子相手には、本当に色々あるみたいでねえ。ブスとか何とか見下すのは当たり前で、自分よりかわいい子がいると、虐めるとか」

「そんなやついるのか、社会人で」

「怖いよねえ」

「騙されて鼻の下を伸ばす男も男だな」

「それには同感だよう」

 言っていると、小牧さんが合流した。

「係長達、気になってるんでしょう?同期がその相手かどうか」

 元公安。鋭いし、情報収集能力は直とは別の方法で高い。

「城北さんも三宅さんも、近いうちに調査が入るでしょうね。どうも、監察の耳にもこの噂が入ったようです」

 そう言って、嘆息する。

「今はメールだけが不倫の証拠みたいなものですけど、調べ出したら、徹底的に調べられますからね」

「このメールの通りなら、警察人生も終了だな」

「城北に限って、無いとは思うけどねえ」

「甘いですよ。理性がおかしくなるのが恋愛。だから、愛憎絡みの事件は後を絶たないし、真面目で免疫が無い人ほど、階段を踏み外すんですよ」

 僕達は、唾を飲み込んだ。

「免疫はないな」

「ないよう。ばっちりそういうタイプだよう」

 そこで、小牧さんはちょっと笑った。

「不思議だなあ。普通ならここで、同期の心配なんてしませんよ。むしろ、ライバルが減る事をほくそ笑んで歓迎しますけどね、キャリアって人種は」

 僕も直も、肩を竦めた。

「僕は出世に興味はないから。むしろ、面倒臭いから誰かに上に行って欲しい」

「ボクも、そういうのはガラじゃないんだよねえ。ほどほどで、家庭を大事にしたいからねえ」

 小牧さんは面白そうに笑い、

「まあ、想像通りの答えでしたね。

 じゃあ、一緒に祈っておきますか。城北さんが相手じゃないって事を」

と言った。


 僕と直は、城北のところに行った。

 すると城北は、フンと鼻を鳴らし、言った。

「そんなバカな事をするはずがないだろう?この俺が」

「まあな。でも、免疫がないとなあ」

 城北はムッとしたように、机の抽斗から小箱を出した。

「俺だってチョコレートくらい貰ったぞ!」

「それ、もしかして、佐川さんから?」

 城北は、慌てて言う。

「義理だけど!でも、カッコいいって、頼れるって言ってくれたからな!

 いやあ、元アイドルだけあってかわいいよな。まあ、結婚相手にどうかというのは別の話だけど」

 鼻の下を伸ばす城北を見ながら、僕と直は、嘆息しながら、

「免疫はないな」

「ないねえ」

と言い合った。

「免疫?何の話だ?」

「いや、こっちの事。

 それで、佐川さんとは何でも無かったんだな?」

「ない!」

「そうか。それならいい。安心した」

「いやあ、万が一って心配でねえ」

 城北は面映ゆそうな顔をして鼻の横をかいてから、

「忙しいんだ。ほら、お前らも仕事に戻れよ。シッ、シッ」

と言い、背を向けた。

 が、耳まで真っ赤だ。

「はいはい。んじゃな」

「何かあったら言えよねえ」

 僕と直も、背中を向けてその場を去った。

 が、この後、思いもかけない事件が起こる。

 佐川さんが、屋上から転落死したのだった。自殺、事故、他殺、不明――。

 

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