第938話 苦いチョコ(1)噂

 今年の、バレンタインデーが終わった。

「今年のチョコレートも上手にできてたなあ」

 御崎みさき れん。元々、感情が表情に出難いというのと、世界でも数人の、週に3時間程度しか睡眠を必要としない無眠者という体質があるのに、高校入学直前、突然、霊が見え、会話ができる体質になった。その上、神殺し、神喰い、神生み等の新体質までもが加わった霊能師であり、とうとう亜神なんていうレア体質になってしまった。面倒臭い事はなるべく避け、安全な毎日を送りたいのに、危ない、どうかすれば死にそうな目に、何度も遭っている。そして、警察官僚でもある。

「優維と千穂ちゃんのお手製のチョコレートが食べられるなんて、本当に感慨深いよう」

 直がしみじみと言う。

 町田まちだ なお、幼稚園からの親友だ。要領が良くて人懐っこく、脅威の人脈を持っている。高1の夏以降、直も、霊が見え、会話ができる体質になったので本当に心強い。だがその前から、僕の事情にも精通し、いつも無条件で助けてくれた大切な相棒だ。霊能師としては、祓えないが、屈指の札使いであり、インコ使いであり、共に亜神体質になった。そして、警察官僚でもある。

「優維ちゃんも春からは小学校だしな。早いもんだ」

 兄がそう言って、小さく笑った。

 御崎みさき つかさ。頭脳明晰でスポーツも得意。クールなハンサムで、弟から見てもカッコいい、ひと回り年上の頼れる自慢の兄である。両親が事故死してからは親代わりとして僕を育ててくれ、感謝してもしきれない。警察庁キャリアで、警視正だ。

 今日は会議があったので兄も警視庁に来ており、昼食を一緒に摂っていたのだ。

「それにしても、日本中で、チョコレートを巡る悲喜こもごもがあったんだろうな」

 兄が少し遠い目をして言い、僕と直も、苦笑した。

「何せ、死んでもバレンタインに『無念』とか言って出て来る霊がいるもんな」

「あれは、悲しいねえ」

 そんな雑談をかわしながら食事をしていると、隣のテーブルについたグループの噂話が耳に入った。

「広報の子でしょう、佐川さんって。元何とかってアイドルグループの1人で、引退して警察官になったって子」

「そうそう。歌はヘタで、顔はそこそこで、たいがい端っこにいた子」

 辛辣である。まあ、大抵の場合女子は女子に対して辛辣である。

「不倫って、マジ?相手は?」

「それが、キャリアらしいのよ。今月誕生日で、人事部の」

 僕と直と兄は、緊張した。

 芸能人などが不倫騒動を起こして叩かれたりするが、警察はそんなものでは済まない。監察対象となり、辞めなければならなくなるのだ。

「でも、間違ってメールを送るって、ドジよねえ」

「バレンタインチョコも人事には配りまくってたみたいよ。その彼がいるのと、どこかいいところに配属してもらうためじゃないの?」

「よくやるわね」

 彼女達は笑って、別の話題に変わって行った。

 僕達は声を潜め、額を寄せた。

「人事のキャリアで今月誕生日ってわかるか、直君」

「2人該当するねえ。片方は三宅勇人。ボク達の1期上だよう。人事第二課試験第二係。去年上司のお嬢さんと見合いをして、婚約中だねえ。

 もう1人は、人事第一課庶務係の、城北真留だよう」

「え。あの城北か?」

 僕は念の為に訊き返した。

 直は頷いた。

「そうだよう。同期の城北だねえ」

 兄が訊く。

「どういうやつだ?」

 それに、端的に答える。

「上に上り詰める事が目標の、融通の利かないお坊ちゃんだよな」

「トチ狂って不倫とか、あり得ないけどねえ」

「結婚も昇級の手段の一つくらいにしか思わないタイプだし」

「うん。あり得ないよねえ」

「そうか。

 まあ、同期として何か監察に訊かれるかも知れん。その時は協力しろよ。変に庇ったりするな。いいな」

 兄に言われ、僕達は素直に頷いた。

 しかしこの噂が、大事件に発達する事になるのだった。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る