第913話 呪いになった人(5)家族

 光里さんと優介さんは、抱き合って泣いた。

「光里、気付いてやれなくてごめんな。でも、敵は取ったぞ」

「お兄、ごめん。弱くてごめん。それと、ありがとう」

「光里」

「でも、もういいから。もうやめて」

 優介さんは、光里さんから半歩離れ、まじまじと光里さんを見た。

「何で?」

「だって、これ以上は――」

「何を言うんだ。やめろ!」

「お兄!

 無理やりにでもやめさせる。どうしてもって言うなら、お兄をあの世に連れて行く」

 兄妹が睨み合った。

「はいはい、ちょっとストップ」

 そこへ割って入る。

「渡良瀬光里さん。辛い目に遭いましたね。これ以上は、任せて下さい。

 そばでじっと見ていて、心配だったですよね。お兄さんに、これ以上はさせませんから」

「今封印して然るべき方法で解呪を行えば、お兄さんは戻りますよう。優しいお兄さんに」

 それで、光里さんは笑い、優介さんはそれを見て愕然とした顔をした。

「お兄。私の敵を取ってくれたことはありがとう。でも、これ以上はやめて」

「光里」

「お願いね」

 そう言って光里さんはこちらに深々と頭を下げ、そのまま、キラキラと光る粒子になって、上って行った。

「あ、ああ、あ……」

 後には、泣き崩れる優介さんが残された。


 蜂谷は渡良瀬優介さんに解呪を施した後、元気がなかった。妹さんを思い出しているのだろう。

 それで改めて、蜂谷の家に来ていた。

「これこれこれ!」

 蜂谷が嬉しそうに笑う。

 蜂谷に、料金とは別に何か礼というか、元気づけようと思って、何がいいかと訊こうとした矢先、蜂谷のお腹が盛大に鳴ったのだ。

 食欲がないと誠人に聞いていたので、事件が片付いたせいか、妹さんの事を整理したのかと思って、ホッとした。それで、蜂谷が何か食べたいというので、リクエストに応えてやると言ったら、僕と直、蜂谷、誠人で宴会になったのだ。

 エビの湯葉巻き揚げ、タイの餡掛け、なすの生姜焼き、焼きそらまめ、冷製煮物、茗荷のおかか和え、海鮮ちらし、締めにざるそば。

 なすの生姜焼きは、簡単にできて便利だ。ナスを輪切りにしてアク抜きをし、軽く水分を拭いて片栗粉を薄くつける。それを油を引いたフライパンで焼いた後、酒、砂糖、しょうゆ、みりん、おろししょうがを絡めるだけ。盛りつけた後、小口切りのネギでもかければいい。火にかける時間も短く、夏向きな上、おかずにもおつまみにもいい1品だ。

 エビの湯葉巻き揚げは、エビに湯葉を巻いて、半分に切った青じそを巻いてから衣をつけて揚げる。色がきれいで、エビはプリップリで、塩であっさり食べるのがお勧めだ。

「お疲れ様。蜂谷もありがとう。乾杯!」

 ビールのグラスを掲げ、一気に飲む。

 暑くなってきたし、ビールが美味しい。

「はああ。さあ、いただきます!

 ああ、エビ美味い!ん、ナスも美味いなこれ。ビールに最高だな」

「ご飯にも合うしな、これ」

「おお、やろう」

 元気になったようで良かった。

 誠人も、ホッと安心したような顔をして、食べだした。

 皆で、他愛もない事や術式についてなど話しながら平らげ、締めのそばを啜ると、満腹になった。

「はあ、美味かったし、楽しかった。御馳走さん」

「お粗末様でした」

「しかし、あれだな。怜怜も直直も、いつの間にか飲めるような年だもんなあ」

 しみじみと蜂谷が言い出す。

「今年30だよう」

「あった頃は、高校1年だったもんなあ。いやあ、俺も年を取る筈だよな」

 蜂谷は、はははと笑う。

 そして、皆が避けていた妹さんの事に触れた。

「あいつも生きていたら、いいおばさんか。想像つかないな」

「蜂谷……」

「まあ、あれだ。心配させたようで悪かったな。でも、俺は大丈夫だ。

 誠人も、心配するな。な」

 誠人は笑って、大人しく蜂谷に頭をグリグリとされている。

「その人、オレにとっては伯母さんみたいなものだし。その、良かったら、墓参りとか」

「誠人。ありがとうな。

 よし。大分行ってないし、今年は行くか。家族だって、お前の甥だって紹介しよう」

 蜂谷も誠人も、嬉しそうに笑う。

 ああ、もう大丈夫だ。僕と直はそう思って、笑い合った。





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