第912話 呪いになった人(4)歩く呪物

 幸い、防犯カメラに残った映像から、居所を割り出す事ができた。

 睡眠は必要らしく、夜中にアパートに戻っていた。

「逝こうか」

「はいよ」

 僕達は警戒しながら、アパートのドアを叩いた。

「渡良瀬さん。いらっしゃいますかねえ」

 直が声をかけると、中で微かに音がして、ドアが開いた。

「はい」

 顔を覗かせたのは、優介さんだった。だが、写真で見たよりも、陰鬱で、痩せて、生気も表情も乏しかった。

 そして、光里さんの霊が憑いていた。

「警視庁陰陽課の町田ですう」

「同じく御崎です」

 それを聞くが関心が無いのか、そのまま奥へと戻って行く。

「失礼します」

 声をかけて、上がり込む。

 優介さんは奥の位牌の乗ったテーブルの前に行き、座った。

 その様子を視る。禍々しい気を放ち続けているが、憑いている光里さんは、困ったような悲しそうな顔をしている。

 こんなのは初めて見た。

 優介さんは骨壺を開け、中が空っぽなのを見て、中に指を突っ込んで灰をすくい、それを口に入れた。

「渡良瀬さん。やはり、遺骨は……」

「……食べたよ」

 優介さんは事も無げにそう言った。

「食べた……」

「食べて、一緒に、光里の無念を晴らしたんだ」

 無表情の優介さんの後ろで、光里さんが悲し気に顔を歪めた。

 優介さんをもっとよく視てわかった。要介さんは、無念と怒り、恨みの念を抱いて遺骨を食べ、呪物そのものになったらしい。憑いている光里さんは、そんな優介さんを、嘆き、悲しんでいる。

「光里さんの会社の人を、呪いましたか」

「ああ」

「その他には?」

「集団でいじめをしていた高校生を」

 優介さんは、ゆっくりとこちらへ体を向ける。

「新人社員を虐めているサラリーマンもいたけど、何かする前に勝手に倒れたな」

 ゆっくりと息をする。

「それは、あなたが放射している人を呪う気が、勝手に対象に反応したんですね」

 優介さんは、首を傾けた。

「あなたの近くに虐めをする人、理不尽な事を押し付ける人がいると、勝手に放射しているその気が働いてしまうのでしょうね。

 言わばあなたは、呪物となった状態です」

「呪物……」

「今のうちに止めないと、ヒトとしての何もかもを失ってしまいます」

「今のうちに、まずは封印をしましょうかねえ」

 そこで、いかにも愉快そうに優介さんは笑い出した。

「願ったり叶ったりです。どうして封印なんてしなければいけないんです?」

 光里さんが、泣きそうになる。

「光里を死に追いやったようなやつに罰を与えられるならば、本望だ。生きていても仕方がないんだ」

 溜め息をついて、ドアの外に待機していた人物に会話の主導権を譲る。蜂谷だ。

「やめとけ」

 優介さんはピタリと真顔になって、蜂谷を見た。

「俺は蜂谷恭介。妹をブラック企業の奴らに殺されて、復讐した霊能師だよ」

 蜂谷が言うと、優介さんは、うっとりと笑顔を浮かべた。

 が、蜂谷がそれに冷水を浴びせる。

「だから言う。やめとけ。そんな事をしても、死者は喜ばないし、帰っても来ない。お前がみじめに擦り切れて行くだけだ」

 優介さんは、目を吊り上げた。

「俺と同じならわかるだろう!?あんなクズがまだこの世の中にいるんだぞ!?まだ、殺される人が出るかも知れないんだぞ!」

「俺達ができるのは、そういう人に頑張らなくていいと言ってやる事だけだよ。それ以上はだめだ。死者の代弁者という衣を着た、ただの人殺しだ」

 蜂谷の苦いものを押し殺したような声に、僕の胸は重くなり、直は痛みを堪えるような顔付きになった。

 だが、優介さんには受け入れられなかったらしい。

「俺はいいんだよ!何と言われようが!どうなろうが!光里が――!」

「だからその光里さんを言い訳に八つ当たりしてるんじゃねえよ!」

 蜂谷の苦し気な声に、優介さんが怯む。

「あんたが堕ちたら、光里さんは責任を感じるだろうな。今でもそこで、泣きそうになってるもんな」

「え?」

 優介さんは辺りをキョロキョロとする。が、見えない。

 直が札をきり、光里さんが姿を見せた。

「光里!」

「お兄」

 光里さんが、ポロポロと泣き出した。



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