第911話 呪いになった人(3)通りすがり
渡良瀬優介さんの行方は分からないままだった。
万が一、中で優介さんが後追い自殺でもしているといけないからと管理人に鍵を開けてもらったが、それは杞憂に終わった。
それで、心配そうにしていた管理人もややホッとしたように口を開いた。
「仲のいい兄妹でしたよ。礼儀正しくて、しっかりしてて。
光里さんが亡くなった後のお兄さんは、そりゃあもう、いつ後追い自殺してもおかしくないっていう感じの憔悴ぶりでねえ」
聞きながら部屋の中をひと通り眺める。
物があまりなく、きちんと片付けられた部屋だ。掃除も行き届いている。
その六畳2間の奥の部屋に、小さい折り畳みの机があり、白木の位牌と骨壺、ろうそく立てや線香立てなどが置かれていた。
違和感を覚えたのは、骨壺だ。
白い布が取り除かれている。普通、骨壺は箱に納められ、布で包まれて置いておくものだ。それが、布が取り払われ、箱からも出されていた。
近付いて見ると、テーブルにかけられた白いクロスに、灰のようなものが少し落ちている。
場所からも色からも、線香ではなかった。
「遺灰?」
何か予感がして、骨壺を開ける。
「あ。ない」
「空っぽだよう」
骨はどこに行ったのか?
散骨か?しかし、墓に入れるにしても散骨するにしても、忌明けを待ってするものだろう。
「面倒臭い予感がする」
「奇遇だねえ。ボクもだよう」
僕達は、揃って溜め息をついた。
夏休みを前にしての最後の苛めとばかりに、その子は繁華街の路地裏でクラスのグループに囲まれていた。
「出しなさいよ」
カラオケと食事のためのお金を出せと言う。
「もう、お小遣いもお年玉もない。ごめんなさい」
委縮して、そう小さい声で答えるその子に、皆が詰め寄る。
「聞こえなーい」
「親の財布からでも抜いて来れば?」
「そんな……」
「じゃあ、その辺でウリでもして稼ぐ?」
「こんな根暗ブスじゃ無理だって」
それで、囲んだ皆はその子を嘲笑する。
通りを歩く通行人も、何人かは気付くが、誰もそのまま、見なかったようにして通り過ぎていく。
絶望するその子のそばを、フッと誰かが通った。知らない青年、ただの通行人だ。
ああ。この人も助けてくれない。
そうその子が思った時、囲んでいたグループの子達が次々と、ある者は胸を押さえて膝を付き、ある者は通りへ走り出て車道に飛び込み、ある者は頭を抱えて倒れ込んだ。
「え!?何!?何なの!?」
その子は狼狽えたが、すれ違った通行人が足を止め、冷たい目で彼女らを見下ろしているのに気が付いた。
「あなたが?
それより救急車を――」
「こんな奴ら放っておいたらいい。クズで、生きてる価値もない」
苦しみながら助けを求めるように手を伸ばす彼女らにか、それを見下ろす青年にか、恐ろしいものを感じて、その子は小さくあとずさった。
店を出てフラフラと歩く彼は、先輩や上司に、
「酒が付き合えなくてサラリーマンが務まるか。なあ!」
「ほら、しっかりせんか。たったこのくらいで情けない」
と言われ、気持ち悪さと集中できない頭で、
「すみません」
と繰り返していた。
いろんなハラスメントがあり、これもアルコールハラスメント、アルハラに当たるとはわかっているが、訴える先もわからないし、訴えた後も不安で、我慢に我慢を重ねていた。
だが、生来アルコールに弱い質なので、毎回死ぬ思いだった。
と、見知らぬ通行人の青年とすれ違う。
その途端、上司や先輩達が次々と、胸を押さえて蹲り、戻し、倒れて行く。
「え?ええっと、係長?先輩?」
彼は酔いと気持ち悪さにフラフラしながらも、それがただ事ではないと思った。
「れ、れんわ」
回らない舌で救急車を呼ぶべくスマホを取り出し、青年の冷たい目に気付いた。
しかし青年は、興味の失せたような目をして、そこを立ち去った。
その証言に、唸る。
「若い男、ねえ」
「何かするでもなく、すれ違っただけなんだよねえ?」
その青年は、生き残った被害者の証言から、渡良瀬優介さんと確認された。
だが、どうやってそういう事象を起こしたのだろうか。
「無くなった遺骨……食べたのかな」
「変化が始まってるのかねえ。このままじゃ……」
「渡良瀬優介さんを至急確保しよう。被害が広がりかねない。
それに、急げばまだ間に合うかも知れない」
「防犯カメラで追えるといいけどねえ」
すぐに手配を始めた。
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